第49話 連綿

「ねえ、お母さん、おばちゃん、今度の連休にさあ、あの島に行かない?わたし、ずっと行ってみたかったんだよね」

 お店の方でコーヒーを淹れながら、わたしは二人の母親に声を掛けた。


「もう秋だよ」

 おばちゃんはすぐ文句を言う。でも、『あの島』だけで話が通じることに疑問を呈さないくらいには、わたしと柊ちゃんが、美帆と麻友の中にいたことを信じてくれている。

「ふふーん、今のあの島は、夏の海水浴だけじゃないんだよ。いい感じのグランピング施設ができてるって、柊ちゃんが調べてくれたの」

「グランピングってなあに?」

「キャンプの進化系」

 お母さんの質問に、なぜかおばちゃんがスマホを見せながら答えている。

「へええ、おしゃれなのねえ。昔と全然違う」

「そもそも二人とも、もう水着なんて着れる年じゃないんだから、夏の海なんて行ってもしょーがないでしょ」

 なんて、余計なことを言ってしまい、わたしは二人から頭をはたかれる羽目になった。


「島に行く前に、にも行きたいなあ」

 8mmカメラの方に視線を向けてお母さんが言った。

美帆おかあさん、また、麻友おばちゃんを撮るの?もう、そのカメラ使わないんでしょ」

「違うわよぉ、透子と柊ちゃんを撮りたいの」

 お母さんは、そう言って、最新かつ高額のスマホをわたしに見せびらかした。お母さんは30年振りにカメラマンを気取り始め、暇があると慣れないスマホをいじっていて、時々わたしや柊ちゃん、お店の中とかの風景を撮影している。スマホの画面を見るときは、老眼鏡を付けたり外したりで忙しいけれど、それはそれで楽しそうだ。でも、あんまりスマホばっか可愛がってるとカメラが妬くぞ、美帆。




 波の音を直接聞くのは久しぶりだった。

 連休は秋晴れ。フェリーに乗って島に行くわたしたちにとっては、台風がスマートに休みを避けてくれたのはありがたかった。


 美帆が最後に麻友を撮った砂浜、映研が合宿をした島がうっすらと見える、あの海辺を柊ちゃんと二人で並んで歩いた。

下原先輩おとうさん、お元気だった?どうだった?」

「10年振りだからねえ、なんかもう、おじいさん一歩手前、あはは」

「透子って、照れ隠し下手すぎ」

「うるさいよ、柊ちゃんのくせに」


 海に来る前に、わたしは一人でお父さんに会ってきた。決まり悪かったけれど、あの体験で、わたしはお父さんがわたしを愛してくれていたことを思い出して、無碍にするのは間違いだと悟った。だから、海に行く前にこっそり一人で会いに行き、ずっと無視してしまったことを謝罪して、また会う約束をしてきた。お父さんは、わたしの振る舞いを許してくれたし、お母さんが元気かどうかを心配してくれた。ていうか、わたしを見てからずっと涙目で、ずっとわたしのこと気に掛けてくれてたみたい。

「透子」

 お父さんが、まだわたしが小さな子供であるかのように、頭をぽんぽんと優しく叩くように撫でたときは、不覚にも泣きそうになった。

 わたしは、不器用で鈍感で、人の気持ちに過敏な下原先輩おとうさんが、実は、大好きだったんだな、って改めて気付いた。


「いい子いい子」

 柊ちゃんがわたしの頭を撫でる。これ以上は子供扱いされたくなくて、わたしはその手から逃げようとして、砂に足を取られる。

 お母さんの撮った映像『Still love her』の中では、転びそうになった美帆を麻友が抱き止めていたけれど、柊ちゃんは、そんなことをしてくれない。

 よろけているわたしの手を取ってバランスを取らせると、浜辺の側にいるお母さんとおばちゃんに手を振った。大丈夫、透子は転ばないよ、と言うように。

 お母さんは、スマホを構えたままだったけれど、おばちゃんは手を振り返してくれた。


 海は、美帆が麻友を撮った30年前とほとんど変わらない。でも、記憶と違って、目の前に立っているのは麻友じゃなくて、柊ちゃんだし、わたしも一緒に並んで立っている。

 柊ちゃんと手を繋いだまま、また、海辺を歩く。30年前の美帆と麻友みたいにはしゃいで走り回ったりはしない。だって、わたしと柊ちゃんは、あの頃の二人よりちょっと大人だもの。

 その分、柊ちゃんが時々わたしの耳元に唇を寄せたり、肩を抱き寄せたりする。お母さんとおばちゃんの前でイチャイチャするのは、恥ずかしいんだけど、柊ちゃんは何も気にしない。困る。


 ふと振り返ると、おばちゃんがお母さんの顔に、自分の顔を寄せて、スマホを覗き込んでいる。50歳をすぎた二人は流石に昔みたいにベタベタはしないけれど、おばちゃんが麻友だって隠さなくても良くなった分、二人の距離は明らかに近くなった。とても自然に。昔からそうであったかのように。



 美帆のそばに麻友がいる



 それだけでわたしも柊ちゃんも嬉しくなる。

 とても、とてもとても嬉しくなる。








 島への旅行から帰ってきて、半月くらいが過ぎた。

 先に家に帰っていた柊ちゃんが、リビングのテーブルにノーパソを乗せている。何してるの?って聞いたら、ん?って顔をされた。

「美帆さんから、パソコンの方にメールが来た。添付データが大きかったみたいでスマホじゃ送れなかったみたい」

「何のデータ?」

「んん、なにか映像みたいだけど」


 映っていたのは、わたしと柊ちゃんだった。

 旅行で海辺を歩いてるとことかを撮ってるのは知ってたけど、それだけじゃなくて最新スマホを買ってから、いつの間にやらあちこちで撮り溜めていたらしい写真や動画データを混ぜて編集したものだった。

 昔から美帆おかあさんは短いカットを印象的に入れ替えて繋げるのが得意だ。それは8mmからデジタルデータに進化しても変わらないらしい。アップの後にロングがあって、指とか耳元とかの超アップから海の風景へと繋いでいく。小さな透子の写真と、今のわたしの笑顔の写真が潜り込んでいる。

 わたしたちだけじゃなくて、8mmの映像をデジタルデータにして、色褪せた昔の冬の海の映像が、現代の秋の海の映像の中に時折混ぜられている。……一瞬だけ、麻友が映っていたので、顔が緩んでしまった。

 BGMは多分80年台のJポップのバラード。


「美帆さん、すっごいな。やっぱりカメラに愛されてる。素人とは思えない」

 柊ちゃんが画面を見ながら、ため息混じりに呟いた。

 本当、芸が細かい。なんて思っていたら

「あ」

「やられた」

 最後のカットは、島の岩場で、わたしと柊ちゃんがキスしているところだった。これは、覗き見の仕返しに違いない。笑っちゃうしかない。

 そこから、海、そして空へと画面は飛び上がるように移動し、ブツンと切れるように真っ暗になった。

 まるで、わたしと柊ちゃんが、美帆と麻友の中に入る時の暗転のようだと思った。


「終わり?」

 柊ちゃんがそう言ったけれど、真っ暗な画面の中、音楽はまだ流れている。

「や、まだみたい。多分タイトルが」

 前は、Still love her というタイトルが付けられていて、美帆から麻友に、伝えられなかった想いが込められていた。

 今度はなに?


 タイトルが映し出される。



 それは、美帆からのメッセージだ。

 きっと、わたしと柊ちゃんへの。



 そして、麻友への。









 Lovin' You










(了)









 ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


「わずか8mm幅の恋」

 これにて、おしまいとなります。最後まで読んでいただけて、本当にありがとうございました。心から感謝します。


 うびぞおは何がやりたかったんだ?

 と興味を持たれましたら、近況ノート「『わずか8mm幅の恋』を書き終えたこと」を覗いていただければと思います。長いから、お暇があった時にでも。

https://kakuyomu.jp/users/ubiubiubi/news/16817330665596726851

 次回作は未定です。でも、多分、何かを書きます。また、カクヨムで「うびぞお」を見付けたら、読んでやって下さい。今後ともよろしくお願いします。



 うびぞお

 2023.10

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わずか8mm幅の恋 うびぞお @ubiubiubi

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