第3話 きらきら

「でも、相手に『極度の美しさ』を求めるってことは、Aさんは見た目でしか相手を判断しない人なんじゃないかいねぇ。『見た目の美しさ』で仕事をしている人なら別だけどよ。テレビに出て仕事をしているおじさんって、普段は見た目のことをとやかく言われるような人でないべ?」

「まあ、そうですね。いつもスーツ着てますし、いじられキャラではありますが、清潔そうな格好をしてます」

「そういうおじさん相手に、『毛穴の掃除とか、シワ、シミを取る施術』をしてないのを馬鹿にしてるってことは、Aさんは『私の前に来るならとことんきれいにしてから来て』って、あたしは言ってるように聞こえるんだが」


 私は頷いた。一理ある。


「そっか、言われてみればそうですね……。でも、なんか失礼な気もします。そんなにきれいにならないとダメ……ですかね」


 正直に言うと、鈴木さんは頷き一蹴した。


「うん。だからAさんの言うことなんか、気にする必要はないと思うけどね。あたしだってきれいでいたいとは思うけど、できる範囲ってもんがある。それを『越えて来い』っていうのは、勝手なことだと思うよ。金と時間をくれるんなら考えてやってもいいけど」


 鈴木さんが呆れたようにため息をつき、テレビを見ていた私と同じことを言う。それが大きな味方を得たみたいに嬉しかったので、私は小さく笑った。


「ふふっ。お金と時間がもらえるならいいかもしれませんね」

「まあ、美しいものは見た人を幸せにするとは思う。でもなぁ、Aさんの言っていることって、ちょっと太り気味の体型の人に『痩せるときれいなんだけどねぇ』っていうのと同じだと思うのよ。あ、そういえば、大宮さんの孫娘の心ちゃんが就職したらしいんだけど、あの子、ほそこいべ? 一昨日おととい会社の上の人に、『もっと太ったらいいんでねぇの?』って言われたんだと」


 五歳年下の心ちゃんとは、子どものころからの長い付き合いである。父が経営していたレストランを継ぐことを決めるときも、年下ながら優しく背中を押してくれた。


「それ、今の時代だとセクハラですよ」


 私は、「私の大切な人によくもそんなことを言えたな」とちょっと腹が立ち、抜いた草を集めてぎゅっと握ると、鈴木さんは「んだ」と同意した。


「人には体質ってもんがあるからね。どうやったって難しい部分もあるもんさ。それを知らずに平気でいうのは無神経だべ。まあ、それを分かってない連中も多いわけよ」

「心ちゃんは……、どうしたんです?」

「『放っておいてください』って言ったらしい」


 私はそれを聞いて安堵した。


「強いなぁ」

「でも腹立ったから、今日は土曜日だし、同じく会社が休みの友達とカラオケに行って来るとさ」

「いいですね。……でも、この話聞いてよかったんですか?」

「心ちゃんがあたしさ話すんだもん。ついでに『理沙ちゃんに会うんだったら話していいよ』だと。ちゃっかりしてる」

「あはは……」


 ため息をつく鈴木さんだが、私は「鈴木さんだからこそ心ちゃんは話したんだろうな」と思った。鈴木さんは人の嫌なことはしないし、話してはいけない秘密は誰にも話さない。

 そういうのは本当は難しいのだと思う。でも、だからこそ、私も心ちゃんも人生の先輩である鈴木さんについ話を聞いてもらってしまうのだ。


「理沙ちゃん」

「はい?」

「あんたは自信もっていいと思うよ。理沙ちゃんの別嬪べっぴんな部分が、料理に熱心になってることだから。それにあんたの手ぇは飾らなくったって、格好良くてすごくきれいだよ」


 私は思わず、口をぎゅっとすぼめた。なんだか分からないが、顔のあたりやら胸の辺りがかっかっと熱くなるのを感じる。暑いのに余計に熱い。

 私は急いでタオルで自分の顔をあおいだ。


「鈴木さん」

「うん?」

「あの……、心を鷲掴わしづかみされた気分です……」

「そうか。いがったね」


 鈴木さんは嬉しそうににっと笑う。


「ありがとうございます。お陰でAさんの言ったこと、気にならなくなりました。Aさんは美しくいることが一番大事なことなんだと思うけど、私はそうじゃないから。きれいには憧れはあって、できることはするけど、すっごく頑張るところはそこじゃないから」

「んだね」


 頷いた鈴木さんは、ゆっくりと立ち上がると、ふう、と息をつく。私もそれに倣って立ち上がった。するとしゃがんでいたときに腹のあたりにたまっていた熱が、すうっと抜けて、ちょっとだけ涼しくなった気がする。


「そういえば、理沙ちゃんとこで作った特製スポーツドリンク飲みに来たんだけんど。昨日、大宮さんが飲んできておいしいって言ってたから」

「え、そうだったんですか! 早く言ってくださいよ!」

「理沙ちゃんがここで話をすっからだべした」

「ごめんなさい! じゃあ、行きましょう!」


 私はそういうと、鈴木さんに持ってきてもらったトマトの袋を持って、畑の傍にあるレストランへ向かう。


 手の傷はもしかするとこれからも増えるだろうし、日焼け止めを塗っていても、私が太陽の日に焼かれるのは免れないだろう。でも、私がしたいのは「美容に熱心になって美しくなる」ことではなく、「おいしい料理を皆に食べてもらう」ことだ。


 私の今の肌はAの「美しさの基準」では0点かもしれない。でも、これは本当に頑張って自分が行きたいところへ向かっている証だから。


 私はAの考えは、否定しない。でも、肯定もしない。


 傷だらけの手と太陽の光を浴びた肌は、きれいで格好いい――私は自信をもってそう思うのだった。


(完)

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きれいで、格好いい 彩霞 @Pleiades_Yuri

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