第3話

入学して初めての文学の授業だった。

「隣、いいか?」

「あ、うん、どうぞ」

 二分ほど遅れて講師がやって来た。

 先日、スナックで話した人だった。

「はい、こんにちは。近代文学講読を担当する及川 龍之介です」

 及川先生が、俺を見て笑いかけた気がした。


 授業は恙なく進んでいった。

 俺は教室を移動する前に、及川先生に話しかけた。

「ここの大学の講師だったんですね」

「そうだよ、また会えて嬉しいよ、織田智則君」

 俺のリアクションペーパーを見て、名前を確かめてから言う。

「あの、すみません。質問があるのですが」

 俺と及川先生の間を縫って、生徒が話しかけてくる。

「何だい、ええと、瀬名治君」

「芥川の『地獄変』についてなのですが……」

 長くなりそうなので、先生に目配せをし、俺は立ち去った。


「お前、けっこう真面目な方?」

 隣の席だった奴が話しかけてくる。

「まあ、普通に」

「じゃあ、これから仲良くしようぜ。同じ文学部だからよ」

「ああ、うん」

 大学は友達を沢山増やした方が得な気もして、連絡先を交換した。

「坂口士郎だ。よろしく」

「織田智則、こちらこそ、よろしく」


 大学から出ようとしたところで声をかけられた。

「織田くーん」

 及川先生だった。質問していた生徒も付いて来ている。

「今から、るぱん行くんだけど、どう?」

「行きます」

 特に予定もなかったので、一緒に夕飯を食べることにした。


「そういえば、授業後、何を話していたんですか?」

「『地獄変』の話だね。あそこに猿の「良秀」が出て来るんだけど」

「そんなのいましたっけ」

「ふん、そんなレベルで文学部受けたのか」

「悪いかよ」

「まあまあ、これから学んでいくんだから」

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