第4話



 イソノエちゃんに言われたことを確かめるべく、僕たちはレダの部屋へと向かった。地の果てまでテレポートできる相手なら、城の中をいくら探したって見つかるわけがないんだ。でも、それだとまともな勝負にならないから僕が「かくれんぼ」に勝てる方法も用意してあるって?


 いったい何を探せばよいのか、見当もつかないけど。

 レダの部屋は意地悪そうな発言からは想像もできないほど綺麗に片付けられていた。星座観察が趣味なのだろうか。壁には星座を図に表したものが沢山かざられているようだ。これは早見表はやみひょうって奴だな。僕も昔、ボーイスカウトのキャンプで使ったことがあるぞ。


 ワルそうな子が実はロマンチストだったりするのは、何だかニヤニヤしちゃうね。

 もっとも、異世界の早見表はグリフォン座だのスライム座だの聞いたこともない星座ばかりなんだけど。スライム座ってどんな形でもよくない?


 おっと今はそれどころじゃないんだ。


 僕あてのメッセージが残されていないだろうか?

 もしくは居場所をほのめかすクイズでも……。


 あったぞ。机の上にメッセージカードが!


『俺様は、お前なんかじゃ手の届かないほど遠くに居る。ザマーミロ!』


 はぁ? なにそれ!

 イソノエちゃん、話が違うんですけど?

 やっぱり城の外に出たんだな、こんなの反則だよ。

 なんてズルい奴なんだ。こんな奴にはゼッタイ勝たせたくないんだけど。


「こういう人が魔王の後継者になったら皆が苦労するじゃないか、まったく!」

「それが、レダは案外人気者なんですよ。エッジワース陛下の一番お気に入りでもあります。確かに初見だと彼は誤解されがちではありますが」


 案内人さんの思わぬ発言に僕はズッコケる。

 ええー? なんでだろう?

 良い子より悪い子の方がウケる世の中なのかなぁ。


 誤解ってなにさ? 憎まれ口を叩くけど実は良い子みたいな?

 かくれんぼで城内に居ない子が、実はズルじゃない……そんな事ってある?


 ふと窓の外へ目をやればそこにはバルコニーがあった。

 ガラス戸を開け外へ出てみると夜風がほてった顔に気持ち良い。

 レダもここから星座を観察していたのだろうか。


 そこには台座にのった望遠鏡が置かれている。

 かなりの大きさで、台座と望遠鏡の隙間すきまにはギッシリと歯車が詰まっているのが見える。台座にはレバーや時計がついており、複雑なカラクリがほどこされているみたいだ。

 案内人さんが、その機械仕掛けについて説明してくれた。


「星は時間がたつと空を移動しますよね? その望遠鏡は星に合わせて動き、セットした星座をどこまでも追いかけるそうですよ」


 へぇ、自動追跡。すごく便利だなぁ。この望遠鏡はどうやら一晩じゅう月の軌道きどうを追いかけるよう、セットされているようだ。

 

 そこで僕の頭をよぎった「かくれんぼ」の勝利条件。

 相手の姿を見ながら「みつけた」と宣言すること……だよね。

 姿さえ見えれば。


 僕は自分の想像が当たっているか確かめる為に、望遠鏡をのぞいてみた。

 あっ、なんだコレは! 

 夜空に浮かぶ月どころか、その地表で何が起きているのかまでハッキリ見えるぞ。ウニみたいにトンガリ頭の少年が、月のウサギたちに囲まれながらおもちを食べているじゃないの。あのツンツンした金髪は見覚えがある。彼がレダに違いない。


 背景は殺風景さっぷうけいな月面でも、ウサギを抱きながら満面の笑みを浮かべるレダの姿はなんとも微笑ましい。ロマンチストで動物好きなら、きっと悪い奴ではないのだろう。


「レダ、みーつけた」


 まるで僕の声が聞こえでもしたかのようにレダがあわてて立ち上がった。

 これも望遠鏡の力なのだろうか? はるか遠くの月面に居るはずなのに、レダの声が耳元で聞こえてきた。まるで電話みたい。


「この野郎、遅いじゃないか。見つかるまで城に帰れないんだぞ、こっちは。月面はさびしいんだから早くみつけやがれ」

「そう? にぎやかで楽しそうに見えたけど」

「うるさい! この程度で良い気になるなよ!」


 何となく人気の理由がわかったような気がする。

 残り時間は三時間。あとは長男を残すのみ。







 しかし、「かくれんぼ」は残り一人になってからが大変なのだ。

 城内は既にあらかた探し終えた後なのだから。

 長男のダイモスはいったいどこへ?


 僕と案内人さんは謁見えっけんの間に戻り、途方に暮れてしまった。

 見つかった他の子たちも広間に集まり遠巻きにこちらをうかがっていた。

 いよいよ勝敗が決しようとしているのだから当然か。


 誰も長男がどこに居るのかを知らない。

 もしくは、知っているけど あえて黙っているのかも。

 誰ひとり教えてはくれなかった。ヒントすらないなんて!


 時間はこく、いっこくと過ぎていく。

 僕が頭を抱えていると、案内人さんが思い出したかのように言った。


「そういえば、貴方あての手紙がありましたっけ。渡すのを忘れていました」

「え?」


 差出人はダイモス、文面はこうだ。


『私は誇りを重んじる黒騎士。誰が相手だろうと、決して逃げも隠れもしないのだ。したがって、この競技においても、最もみつけやすい場所で君を待つと約束しよう』


 おいおい「かくれんぼ」なのに、何を言っているのだろうか、この人は?

 そういえば、この広間でアイサツをした時もダイモスは騎士の鎧を着こんでいた。


 頭をおおうかぶと、金属ばんの鎧、小手も靴も純金製だった。


 歩く時もガチャガチャ音を立てて、すごく浮いていたな。頭のテッペンから爪先つまさきまで。全身が鎧で包まれていたから、素顔すがおもわからなければ、性別もうかがえなかった。長男というからには男性なんだろうけど。


 みつけやすい、目立つ場所ってどこなんだよ!?

 あんなに目立つ格好をした人が、目に付く場所に立っていたのなら、気付かないワケがないだろうに! 誇り高き騎士が嘘をつかないで欲しい。

 あーもう、僕には時間がないというのに!


 宙に浮く砂時計で残りタイムを確かめようとした、その時だ。


 僕の頭に稲妻いなづまのようなヒラメキが落ちてきた。


 砂時計の横。そこで丁寧に手を組み立っている案内人さん。

 彼は僕と目が合うとニッコリ微笑んでみせた。


 この人は、競技が始まった時からずっと僕のそばにいた。

 最もみつけやすく、目立つ場所に居たのはこの人だ。

 レダの隠れていた月よりもだんぜん目立つ、屋内だと星は見えないから。


 まさか。そんな、まさか。

 あの鎧を脱いだ中身が、案内人さんなの?

 僕の前に立って案内してくれる人を、ずっと探していたなんて。


 でも、どうしたらそれを確かめられるのだろうか?

 もし、トボけられてしまったら、僕にはどうしようもないぞ。

 何とかひっかけて、ダイモスであることを告白させられないかな?


 僕はちょっとしたトリックを試してみることにした。


「ねぇ、案内人さん」

「なんでしょう」

「実はずっと黙っていたことがあるんです、この帽子のこと」

「乳母のメトシェラ様にもらった帽子ですね」

「本当はすごく貴重な物なんですよ」

「そうなんですか? 特に魔法の品ではないようですが」

「でも貴重なんです。だって、だってですね」

「だって……?」

「エッジワース様が昔かぶっていた帽子なんですから」

「なんと! 父上が! それは気付きませ……あっ」


「もう!」

「ドジ!」

「兄貴ったら!」



「ダイモス、みーつけた」


 弟と妹の反応から、僕は自分が正しかったと確信した。

 指を突き付けて叫ぶと、案内人ことダイモスは肩をすくめながら苦笑してみせた。


「お見事、私の負けです」










 その夜、執り行われた宴会はとても盛大なものだった。


 空に大輪の花火が広がり、テーブルというテーブルはご馳走ちそうでうめつくされた。

 魔王エッジワースと五人の子ども達は、心から僕の勝利を祝福してくれた。


 養子にならないか、この城で暮らさないか、何度も誘われたけれど。

 僕の決心はゆらがない。


「そうか、真に残念だが……次の機会もまたあるだろう」


「良い勝負でした。次は体を動かすことで勝負しましょうか」

「楽しかったよ~、まったねぇ~」

「地球のお菓子に興味あるな、今度おみやげでくれない?」

「素敵な思い出を感謝します。貴方にとっても、そうでありますように」

「まあまあだったぞ、ほめてやる」


 何だか、なし崩し的に再戦が決まってない? まぁ、別にいいか。

 仲良し兄妹と親子って、どこか温かくて素敵だ。


 魔法陣を通り僕の部屋に戻ってくると、魔王城のにぎやかさが懐かしくなる程の静けさだ。両親はまだ帰っていない。

 僕の「ひと夏の大冒険」は、こうして終わったのだ。


 収穫しゅうかくはあった。

 夏休みの宿題に書くべき事が見つかったのだから。


 平和について。


 世界平和なんて単なる小学生の僕には無縁むえんの話だけど。

 僕にだって守れる平和があることをすっかり忘れていた。


 そばに居るダイモスを最後まで見つけられなかったように。

 大切なものは いつだって心の死角にはいり、みつけにくいものなのだ。


 平和にはたくさん種類がある。

 世界の平和も大切だが、家庭の平和だって重要だ。


 両親が帰ってきたら、笑顔で「おかえり」を言い、抱きついてやるんだ。


 ちょっとした発見で世界は驚くほど姿を変える。あの「かくれんぼ」で僕が本当にみつけたものは、もしかすると家族のきずなだったのかもしれない。


 うたた寝してみた夢なんかじゃないぞ。

 僕の頭には、何のへんてつもない、古ぼけた帽子が今もかぶさっているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏休みの思い出は、魔王城 の かくれんぼ 一矢射的 @taitan2345

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ