地下アイドル・ショウダウン

@gallipoliharuhi

第1話

 歓声が響き、手を打ち鳴らして小人たちは熱狂を表現する。

「裏取り!」「わかってる!」「引けっつてんだろ!」

 巨人たちの叫びと、小人の群れの声援…いや罵声が混じり合いハーモニーを奏でる。


 そう巨人だ。体長9メートル近いこの鋼鉄の塊を他に何と表現しよう。しかし、小人は…よく見ると人間たちだ。確かに彼らは興奮とアルコールに酔いしれ、放送禁止用語をそこかしこから叫んではいるが、彼らは人間だ。巨人が大き過ぎたために小人に見えていただけだ。


 では、この巨人たちは?金属の輝きをまとい、その閉じた口から叫び声を上げる巨人たちは?

 黒い巨人の一人が白い巨人の一人に向け、侍が使うような日本刀を頭の上に構え、その背部へ…


一気に振り下ろした!


 ごう、となまぬるい空気を切り裂くとほぼ同時に、がりがりと白い巨人の体内に暴力が押し入ろうとする音が辺りに響く。何せ全長4メートルを超える日本刀だ。聞く者の脳をきむしるような金属音が興奮状態の小人たちの体を恐竜に出会ったネズミのようにすくめさせる。


「チーム『ソロン』、ゾディアック、アウト」

 淡々とした声が響く。まるで市役所の呼び出しアナウンスだ。この轟音が支配する場にまるで相応しくない。観客たちが一瞬声援を送るのを止めていなければほとんどの人間が聞き取れなかっただろう。


 白い巨人の一人がコンクリートプロックにもたれ、程なく地面に倒れ伏す。そこに目をやった者は気づいた筈だ。いや気づかない筈が無い。

 その目に突き刺さる蛍光色で塗装されたコンクリートブロックにはでかでかとこう書かれていた。


「アルテミス工業presents ロボティック・ショウダウン」と。


「いやー!ありがとう!いや!ごめんなさい!ぱねー!

 感謝の裏取りですね梅澤さん!」

「もうこれは感謝を超えて大感謝でしょう」


 この真夏にきっちりとカッターシャツを着た競技の審判員が居る隣席で、解説実況者たちが更に観客たちの興奮を煽る。悲鳴、絶叫、怒号で観客たちもそれに応える。コールアンドレスポンスだ。皆が一体となり、この空間で一つになる。脳の奥底が震える原始的な快楽だ。


「殺せ!殺せ!」「さー、今回もまた『アレクサンドロス』が優」「死」

「夢を…」


巨人たちの刀が打ち合う度に、その指揮棒のきらめきへ会場のオーケストラたちは全力で応える。


 「『ソロン』、KEN」「したよこれ!決ま」「ッシャー!」

「信じて…」


 いや、一つになっていない。誰だろう?この居心地の良い空間で聞き取れない声を出す邪魔者は?皆が歓喜と絶望で心を一つにすべき時にシンフォニーを乱すやからは。


 会場入り口から見て右手側四列目で俯いている金髪の少年だろうか?違う、彼は単にスマートフォンを操作し友達と試合内容のチャットをしているだけだ。

 それでは二階席でぼんやりと試合を眺めているスミレ色のブラウスを着た少女だろうか?違う、彼女は単に彼氏の提案で観戦しに来たこの競技が趣味ではないだけだ。


 では誰が?この会場には居ないのだろうか?ゆっくりと視線を移動させてみよう。この優に五万人は収容できるであろう会場に居ないならどこに?やはり何かの聞き間違いだったのだろうか?それとも、会場の外から聞こえたのだろうか?しかし、これほど盛り上がっている試合中の会場の外には誰も…


 そこに、居た。

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