第4話 推理


 その日、僕の実家に泊まった明石は、夜に携帯電話で警察署と連絡を取っていた。わざわざ外に出て、僕らから事情聴取した刑事と話してたようだ。


「どうやら、つまらないことになりそうだ」

電話を切って帰ってきた明石は、ため息をついた。

「予想が当たった。被害者は6年前に認知症高齢者グループホームから行方不明になった男性らしい。死亡推定年月は、行方不明後間もなくだろう」


「それじゃあ、たまたま行方不明になったその人が、無差別殺人犯の餌食になったっていうのか?」

「そんな都合のいいタイミングで起こる犯罪はないだろう」

「えっ? だって君がそう言ってたじゃないか?」

「そんなことを言った覚えはない」

「いや、言ってたって。確か『動物殺しがエスカレートして殺人になったケースがある』って」

「だから、無差別殺人とは言ってないだろう」

「同じことじゃないのかよ?てか、そうじゃないとしたら、犯人は誰なんだ?」


 明石はもう一度ため息をついた。

「刑事さんにも言ったんだが・・・十中八九、家族だな。その家でもし犬を飼っていたら、95パーセント以上の確率だ」


その確率計算の根拠は何だ?明石はこう見えて、結構適当なことを言うことがあるからな。


「おそらくこういうことだろう。ふもとに移転してからもまだ山頂に神社があった15年位前、被害者は既に認知症を発症していた。そして、家族の誰かが大切に飼っていた犬を連れて、散歩がてら山頂の神社に参拝に行った。認知症のその男は、神社が移転したのを失念していたのだろう。そうして持ってきた食べ物を食べて、眠くなったのでそこで一眠りした。その時に、犬が勝手に走り去らないように柱に縛り付けたのだろう」


 何てことだ。その先は僕にもわかる。男性は目覚めた後、犬を連れて来たことを忘れて一人で帰ってしまったのだ。


「犬もおとなしく寝ていたんだろうな」明石は続けた。「家族は日中家にいなかったんだろう。それで、犬が逃げ出して行方不明になったとでも思った。だが、12年前に遠足で登山した小学生が、君と一緒に動物のミイラを見た。その事を聞いた家族は、おそらくそれが飼っていた犬だと思ったに違いない。その時既に男がグループホームに入所していたかどうかは不明だが、男の仕業だという疑いは持たれただろうな」


「それでその事を恨みに思って、グループホームを抜け出して家に帰ってきた男を、御山おやまの山頂に連れ出して殺したと?」


「短絡的すぎるな」

明石は三度目のため息をついた。

「人はそんなに簡単に殺意を抱かない。もっと切実な動機があったに違いない。そもそも、男がなぜグループホームに入ることになったのか? 平日の日中に介護できる人がいなくなったか、最初からいなかったのだろう。それで入所となった後、家族はもう一度犬を飼うことにした。家族と言ったが、もしかしたらもう世帯員は一人しかいなかったのかもしれない」


 僕はもう、先走って推理するのをやめた。どうやったって、明石には勝てそうにないからだ。


「6年前、グループホームを抜け出した今回の事件の被害者は、家に帰ってきた。たまたまその日が休日で、犯人は家にいたのだろう。玄関戸が開く音がして、誰が来たのか見に行ってみたら、被害者が犬を連れ出すところだった。犯人は驚いたが、被害者がどこへ行くのか確かめたいと思った。すると案の定、被害者は犬を連れて富越山とみこしやまに登っていった。たまたま有志の人たちが藪刈りをした後だったのだろう、山道は登りやすかった」


 そこで明石は僕を見た。続きがわかるかと言わんばかりだ。

「えーと、でもその時には神社は解体された後で、記念碑しか残っていなかったはずだよな? 被害者は混乱したんじゃないか?」

僕が言うと、

「そうだろうな。それで?」

「いや」僕はを上げた。「僕は聞き役に徹することにするよ」


 明石は四度目のため息をついて続けた。

「被害者は、疲れたからその辺の木に犬を繋いで、横になって寝てしまった。それを見た犯人は、15年前の悪夢が、この先何度も身に降りかかることになると思い知ったんだ。それが『切実な事情』だ。単純な復讐心ではない。犯人は犬を連れ帰ると、拘束具と杭とハンマーを持って再び山に登り、犯行に及んだ」


 そこで明石は珍しく笑みを浮かべた。

「おそらく拘束具というのは、犯人の性癖のために用意されていたのだろう・・・まあ、僕の推理はだいたいこんなところだ」




 次の日、明石の携帯電話に警察から連絡があった。


「はい・・・ああ、逮捕になりましたか。・・・いや、お礼はいりません。・・・感謝状?そんなものはいりません。今日、帰りますし。・・・だから、そちらの手柄ということでいいんじゃないですか? ・・・それスカウトですか?・・・でもこちらは僕の地元じゃないんで・・・まあ、卒業が近くなったら考えてみます」


明石のやつ、本当に県警からスカウトされたらしい。


「君はやっぱり警察に就職した方がいいんじゃないか?」

 僕が言うと、明石は本当に嫌そうな顔をした。

「組織捜査って、上からの命令でしか動けないんだぜ。僕に合ってると思うか?」

「そうか、じゃあ君は番記者の方が合ってるかもな。それで名探偵でもあるという。もし僕の就職が決まらなかったら、ワトソン役で雇ってくれよ」


「探偵というより、『推理士』とでも名乗ろうかな」

 その時、明石は珍しく声を上げて笑った。


   (終)

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【推理士・明石正孝始まりの物語】神体山(しんたいさん)殺人事件 @windrain

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