僕の連載する小説が出版されることになったけど、編集者のセンスが無さすぎて全てが終わった話
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打ち合わせ
『初めまして。私、株式会社 遠連社の矢倍と申します。
先生が連載している小説の面白さに思わず目を奪われました。
弊社からこの小説を、ぜひ書籍で出版させて頂ければ幸いと思い、連絡させていただきました。
詳細をご連絡させていただきますので、下記のメールアドレスまでご連絡下さい。毎月20日と30日に、打ち合わせをしましょう』
そんな連絡を受けたのが、 ちょうど一週間前の話だ。
どうしてイオンのお客様感謝デーに合わせて打ち合わせをするのかはよく分からなかったが、大手出版社からのメッセージに興味を持った僕は早速そのアドレスに返信メールを送り、担当の矢倍(やべ)とかいう人とやりとりを行った。
そしてやりとりを行う中で、今日、『登場するキャラクターの名前が良くない。話し合いたい』という連絡を矢倍から受けたため、指定された待ち合わせ場所である駅前の喫茶店を訪れていた。奥の席で、すでに矢倍が座って待っていた。
「これはこれは。足元がふらつく中ご足労頂きすみません」
「別にふらついてないですが」
見た目は僕と同じく30代前半くらいの、いかにもサラリーマン然とした綺麗なスーツに身を包んだ男。矢倍は自分の対面に座るよう僕を促す。
僕はうながされるまま、矢倍に向かい合う形で席についた。
「先生も忙しいと思いますし、僕も忙しいので、早速ですが本題に入らせていただきます」
挨拶も早々、言わなくて良いことも言った矢倍はカバンからノートパソコンを取り出す。
「まず最初に、主人公の名前。佐藤直幸(さとうなおゆき)とありますよね」
PC画面には僕の小説が表示されていた。
「はい」
「異世界SFバトル作品の主人公。しかも高校生の名前にしては『地味』ではないでしょうか?」
「地味、ですか…」
いまいちしっくり来ていない僕を見て、矢倍が再び口を開く。
「はい、良く言えばクソダサい、悪く言えば醜悪です」
「良く言えばが良くない事あるんですか?」
そんな僕の問いかけは無視して、矢倍が話し続ける。
「名前は覚えやすさが命です。......例えば炎を使うキャラがいたとして、先生ならどんな名前にしますか?」
「えっ......、柴田亮平、とか?」
「駄目ですね。それじゃあサラリーマンにしか見えません」
言って、矢倍はパソコン画面をこちらに向けた。
「こんな感じだったらどうでしょうか」
そこには大きく人名が表示されていた。
『
「どうですか。こうやって火を連想させる言葉を使えば、「炎使いのキャラだ」と印象に残りませんか」
「確かに、言われてみれば......」
僕には思いつかない、格好良い名前だ。
「もちろん、これはいち編集者の意見なので、納得できない場合はこのままの名前でいこうと思います」
「......」
僕はしばらく黙ったまま考える。
「いえ、矢倍さんの言うことを、全面的に信頼させていただきたい」
「ありがとうございます。それでは一緒に考えましょう」
言って、矢倍はパソコンを操作し始めた。
「先生の小説は全て読ませていただきました。その上で改善案を考えてあります」
さすがは一流出版社の人間だ。 信頼できる。
「まずは主人公の名前案ですね」
言って、編集者は 画面をこちらに向ける。そこにはデカデカと、主人公の名前案が表示されていた。
『
「んんん〜〜〜?????」
思わず、うなり声が口から漏れた。
なんだろう。使われている漢字は格好良いはずなのに、うーん。なんだろう。頭の先から爪先までを、何か良くないものが駆け巡るような、そんなむず痒さを感じるのはなぜだ。
「いやあ、どうですかねえ?」
僕は渋るような声を出す。
「いえ、先生より私の方がこの業界には詳しいので。私を信じて下さい」
矢倍の自信に満ちた表情に、思わず「これでも良いのか?」と思ってしまう。
「一応、他の案も見られますか?」
「もちろん」
言って、矢部はエンターキーを押す。画面には別の名前が表示された。
『
「じゃきも......なんですかこれ?」
「『じゃきみもうごくれんたがらす』です」
「よくスラスラ言えますね」
「不満ですか? キャラクターの良さが伝わりやすい良い名前では?」
「今の所、あなたが『鴉』という字を格好良いと思ってる事だけ伝わってきました」
「それじゃあ、シンプルにこういうのはどうでしょう?」
矢倍がエンターキーを押す。
『
「んんんんんんんんんん」
なんか恥ずかしいよ。一番恥ずかしい。皇(すめらぎ)も零(ぜろ)も、一番恥ずかしい。
僕の煮え切らない表情に気づいたのか、矢倍が新しい案を出してくる。
「まだまだ案はあります。名前にキャラクターの性格や設定を反映させたものです。この主人公は、世界を守る英雄となりますよね」
「はい、この世界を守る偉大な人物として崇められます」
それを聞いて満足そうな表情を浮かべた矢倍は、パソコン画面をこちらに向けた。
『
「おかしくないですか?」
「はい? おかしくないですが?」
「なんで自信満々なんだよ。どこから湧いてんだその自信は」
思わず語気が荒くなる。
「だって、名字(みょうじ)と名前の境目(さかいめ)すら分からないですよ」
「そんなの、普通に太郎が名前ですよ」
「じゃあ『この世界守っ』
「はい。 主人公の妹の名前は『小野世界守っ
「苗字の割に名前が普通だな」
まるで話にならない。原作に妹など出てこないし。僕は頭を抱えた。
「先生落ち着いて下さい。まだまだ考えてありますよ」
担当者がエンターキーを叩くたび、書き溜めた名前案が画面に表示されていく。
「次の名前は、主人公が神様からチート能力を授かるというのが分かりやすいようにしました」
言って、矢倍はこちらに画面を見せた。
『
「どうでしょうか?」
「ダメでしょうが」
主人公の名前に使うべきではない漢字だけで名前が構成されている。
「すっごい字面が弱そうですよ。血を吐くって書いてるし」
「じゃあ少し古風な名前にしましょう」
矢倍はテンポ良くエンターキーを叩く。
『
「すみません。伊勢志摩(三重県)の船の名前かなにかですか?」
「おっ、良いツッコミですね」
「うるさいよ」
こちらの苛立ちを気にせず、矢倍は「次が一番格好良いですよ〜」と言いながらエンターキーを叩く。
『
「良いわけないでしょうが!」
「なんか、寿限無みたいで良くないですか?」
「良くないよ。名前じゃなくて戒名だろこれ」
僕は矢倍のパソコンをこちらに引き寄せる。
「ちょっと貸してください」
そうして自分で、エンターキーを連打した。すると矢倍が書き溜めた主人公の名前案が続々と表示された。
『
『
『
『
『
「あの、死ぬほど泥酔した状態で考えました?」
「いえ、深夜なのにバキバキに目が冴えてました」
「それも良くないだろ」
僕が露骨に不審な表情を浮かべると、やっとそれに気づいたのか、矢倍が申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません......。実は僕、男のキャラが嫌いなので、男の名前を考えようとすると吐きそうになるんです」
「ちゃんと仕事出来てます?」
「でも、毎週ゴミ拾いのボランティアには参加してます」
「でもじゃないが」
街がゴミだらけで良いから、僕の小説を良いものにしてくれ。そんな絶望的な気分を抱いていると、矢倍が突然大声を上げた。
「あっ! 名前といえばですけど」
「なんですか?」
「えーっと、序盤でモブキャラがあれをするシーンの話なんですけど......」
「あれってなんですか?」
「なんだっけー。あの、女の名字を変えるやつ」
「結婚のことですか?」
「それです!」
「そんな言い方絶対ダメだろ。令和だぞ」
時代錯誤にも程がある。
「その結婚について、現実とは違う制度にしたほうがファンタジーっぽくないですか?」
「どういうことですか?」
「結婚って、現実では
「あっ、この人、男尊女卑だ」
「この作品では、男女がお互いの苗字を交換するってどうです?」
「別にモブキャラしか結婚しないんで、どうでも良いですけど......」
そう答えると、どうでも良い、を良い方に捉えた矢倍が嬉しそうな声をあげる。
「ありがとうございます! じゃあ結婚するモブ男女の名前を変えても良いですか?」
「どんな名前にですか?」
「夫が雁木俊、妻が弥馬真理って名前です」
「変える必要あるんですか?」
そう聞くと、矢倍は今日一番の自信に満ちた表情で、PC画面をこちらに向ける。
「見てください。結婚して名字を「交換」すると、なんと......」
『雁木俊 弥馬真理』
↓
『
「面白いでしょ?」
「なにしてくれてんだよ」
これを説明するために無駄にパワーポイントで画像を作んなよ。これを作ってる時間も、お前には給料が発生してるんだぞ。
「お気に召しませんでしたか? この小説で一番面白いシーンになりますよ」
「私の小説のことナメてます?」
露骨な怒りをぶつけたおかげか、矢倍が真面目な顔でこちらに向き直る。
「すみません。失礼しました......。では次に、ヒロインの名前を考えましょう」
「こっちはちゃんと考えて下さいね......」
「もちろん、ヒロインは作品の華です。こっちはふざけた名前なんて付けませんよ」
「さっきまでおふざけだと認めましたね」
責め立てる視線に気づいているのかいないのか、矢倍は全く気にせず話を進める。
「先生の原案の名前は高橋良子ちゃんですね。この名前もダサすぎで目が痒くなって来たので変えましょう」
「変なアレルギー持ってんな」
「えーっと、この子は確か、最初は奴隷ですよね」
「ええ、支配階級の敵に捕まっている所を主人公が助けます」
「なるほど。今風の名前に変えたいので......『どれみちゃん』なんてどうですか?」
「へえ? まあ良いんじゃないですか」
どうでも良いんじゃないですか? と言いそうなところをなんとかこらえる。僕の返事を聞いて満足そうな顔を浮かべた矢倍は、パソコンの画面をこちらに向けた。
『
「こうですね」
「おかしいでしょうが。そんな、奴隷になることが運命付けられた名前してる奴がいないでしょうが」
「この名前には親の『奴隷になっても美しく振る舞って欲しい』という願いが込められています」
「親は娘が奴隷になることを願わないんだよ」
「他には少し少年漫画チックな、読者の期待を煽る名前はどうでしょう?」
矢倍はエンターキーを押し、画面をこちらに向ける。
『
「悦地って、なんか嫌だよ」
「でも『えっちちゃん』ってなんか響きが可愛くないですか?」
「バーカ」
思わず小学生並みの罵倒が飛び出す。
「あと、この子は確かツンデレなんですよね?」
「ええ」
「だったらそれが伝わる名前にしましょう」
『
「と、まあ」
「『とまあ』じゃねぇよ。このまともじゃない文字数に少しは疑問を抱いてくれよ」
僕は再び矢倍のパソコンを奪う。そうして画面を次々に送っていった。
『
『
『
「亜ー! じゃねぇよ!」
もう駄目だ。ふざけてるなら最悪だし、真面目に言ってたとしても最悪だ。
いい加減本気で怒ってやろうかと考えたその矢先に、突然矢倍の携帯が鳴り響いた。
矢倍は「失礼」 と言って立ち上がり、懐からスマホを取り出しす。そうして通話を一言二言おこない通話を切った。
「失礼ですが、そろそろ次の予定がありますので、このあたりで失礼します」
呼び出した本人のお前が自分の都合で打ち合わせを打ち切るのは、本当に失礼だろ。 僕は内心で毒づいた。
「それでは、次回は7の付く日に打ち合わせをしましょう」
「パチスロがアツい日に打ち合わせする理由あります?」
明確な不快感を覚えつつ、僕は去り際に矢倍が差し出す名刺を受け取った。
あんなヤバくて狂った人の名刺なんて持っていたくないな......。僕はため息をついた。そうしてもらった名刺を一覧する。
編集者
「び、びゃーー!」
驚きのあまり、僕はその場で悲鳴をあげた。
その後、家に帰った(どうやって帰ったかは思い出せない) 僕は謎の吐き気に襲われ、しばらく40度ぐらいの熱が出続けた。
原因はもちろんわからないし、今も寒気が消えてない。
あと、出版社に電話で問い合わせをしたところ、矢倍来輝という社員は存在せず、そもそも僕の小説を出版する予定はないそうです。神はいません。
僕の連載する小説が出版されることになったけど、編集者のセンスが無さすぎて全てが終わった話 me @me2
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