第2話 彼を必要とした悪女の話

「いいわね、お前は今日からヒルシュ男爵家の姓を名乗りあの馬鹿を誘惑しなさい」


 そう居丈高に命令してきたのはフィリアとさして年齢の変わらない美しい少女だった。

 確か名前はアレクサンドラ。ヴァーレ公爵家の令嬢だと名乗っていた。


「レオナルド第一王子に愛され、彼を骨抜きにしなさい。そして王妃になりたいとねだるのよ」

「何故ですか?」


 意味不明な指示に質問した途端頬を張られる。

 だがこれは自分が悪いとフィリアは反省した。

 孤児院から適性のあるものを引き抜き教育し、王家の影へと仕立て上げる。

 価値のない命として扱われ、王家の為に使い潰される存在。

 その中の一つがフィリアだった。


 だが自分は王家の影なのに何故公爵家の小娘が主人ぶっているのだろう。

 そんな気持ちをフィリアは押し殺す。答えは簡単だからだ。

 アレクサンドラの作戦に王と王妃が賛同しているからだ。


 彼らは自分たちの子供を破滅させようとしている。

 もう一人の子供の幸せのために。

 この時点でフィリアは無意識に標的となる第一王子に憐れみを抱いていた。


「あんな低能馬鹿が私の婚約者なんて相応しくないの。出来の悪い王子のサポートとして完璧な私が選ばれたわけだけど、気づいてしまったの」

「はあ……」

「あんな愚鈍な男が王になったら国が滅んじゃうってね。ルーカス様の方が相応しいわ。私は未来の王妃としてちゃんと国の事を考えているの、そう教育されてきたのだから、なのにあのレオナルドったら……」


 いつも優秀な私を女の癖に生意気だという目で見てくるのよ。

 そう不快そうに言う黒髪の少女の言葉をフィリアは重要な部分以外聞き流すことに決めた。

 彼女が言葉通りに完璧で優秀な令嬢なら婚約者を励まし上手く持ち上げ適切に指導し、王に相応しい人間に出来るのでは?という疑問は黙って置いた。


 貴族学校に貧しい男爵家の令嬢として潜入する。

 そして第一王子レオナルドに近づき彼の恋人になる。

 目につきやすい場所で親密な様子をアピールし生徒たちに目撃させる。


 レオナルドをけしかけ卒業パーティーの日に婚約破棄を言い出させる。


 

 これがアレクサンドラが立案し、国王夫妻と第二王子そして彼女の兄が絶賛した作戦らしい。

 レオナルドが王になる前にこの国は滅ぶのではと思ったがフィリアは黙っておいた。


 作戦が適当なのは失敗した時はフィリアが死ねばいいと考えているからだろう。

 実際そのようにアレクサンドラからは命じられていた。

 いや作戦が成功しても自分は始末されるだろう。

 第一王子を誘惑し騒ぎを起こし王家に泥を塗った大罪人として。

 それが国の為になるのだと言われて、処刑される。


 私の命に価値は無いのだから。

 フィリアは命令に頷いた。



□□□



「婚約破棄は私が一人でやっておくからフィリアはその間に逃げると良いよ」

「……は?」

「隣国アウルに亡命してもいいかしれない。これは路銀の足しにしてくれ」


 母上の形見のアクセサリーや宝石だ。

 そうずっしりと重い皮袋を手渡されフィリアは目の前の青年を凝視した。


 彼はレオナルド、半年後に貴族学校を卒業するこの国の第一王子である。

 フィリアは命令通り男爵令嬢としてこの青年に接触した。

 そして一か月後には正体を看破されていた。

 だが彼がそれをフィリアに話したのは何故か今年に入ってからだった。


「賢くはないけど図鑑を読むのは好きなんだ。ヒルシュ男爵家は貴族名鑑に載っていなかった」

「確かにそうだけど、なんで私が王家と公爵令嬢に雇われているって気づいたの?」

「だって君が私に関わり始めてから生徒会室から締め出される機会が激増したからね」


 あそこは元々アレクサンドラのサロンみたいだったけれど、ルーカスがキング役に抜擢されたようだね。

 苦笑いで語るレオナルドは落ち着いていて穏やかだ。

 嫉妬深く怒りっぽいというアレクサンドラから聞かされた情報が当てはまらない事この上ない。

 そのことを告げると金色の髪の美青年は寂しそうに言う。


「彼女は優秀だけれど、自分より少しでも劣っている人間は使えない愚か者だと判断する傾向がある。ルーカスもだね。一時期はあの眼差しで見られるのが悔しかったけれど、諦めたんだ」

「諦めた?」

「そこで二人を妬んで動けば、彼らの想像通りの愚かな第一王子になってしまう。だから何も感じないことにした」


 結果わかりやすい愚行をしない私に焦れて君を派遣したのだろうね。

 申し訳ないと詫びるレオナルドにフィリアは驚きを通り越して呆れる。


「そこまでわかっているのにどうして何もしないの?」

「だって王たちが許可したのだろう。なら国を乱したくない。必要とされない私が消えればいいだけだ」



 優しく正義感の強い者達は私を庇うかもしれないが、それは王家の力で圧し潰されるだろう。

 穏やかに説明する青年の、その冷静さがフィリアは何故か許せなかった。


 必要とされない、だから周囲の願い通り愚かな王子として破滅する、それが皆の願いで国の為だから。

 なんでそんな覚悟を平然と持てる人間が、馬鹿王子として扱われなきゃいけないのか。

 アレクサンドラたちは作戦前から既にレオナルドを愚か者だと見下していた。


 嫌だ、あんな奴らの思い通りにこの人を犠牲になんてしたくない。

 フィリアは気が付いたら言葉を発していた。 


「ふざけないでよ、あなた、自分が必要ないなんて、じゃあ、じゃあ……私に頂戴よ」

「えっ」

「私はこんな国よりレオナルドの方が大切だし必要なのよ!皆がいらないなら私がもらうから!!」


 そう口に出した途端フィリアの頭はすっきりした。

 要らないのだレオナルド以外。この国なんてどうでもいい。

 だから王命とか知った事ではない。


 けれど作戦自体は微妙な範囲で成功させることにした。

 レオナルドは自殺という形で彼らの望み通り破滅させることにする。

 ぐちゃぐちゃになった男性の死体を用意して、シャンデリアに細工する。 

 そうすることで逃亡したレオナルドと自分たちの追跡を防ぐ目的があった。

 アレクサンドラたちの粗末な計画の暴露はフィリアが提案した。

 そうしないとレオナルドが自死を選ぶ程絶望したと周囲に納得されないからだ。


 両親と弟と婚約者、彼らに邪魔者として陥れられた王子として死を選ぶ。

 それがレオナルドの第一王子としての最後の仕事だ。

 残された者たちが自認通り優秀ならその惨事を自らの功績で消すことぐらい容易いだろう。 


 フィリアは汚れ仕事は慣れっこだった。

 死体は自分が捨てられていたスラム街に落ちていたのを回収して利用させて貰った。

 自分の身代わり用も用意できた。

 相変わらず酷い有様の街を見て、王家に対する忠誠は完全に消滅した。


 その後はレオナルドを連れて全力で隣国アウルまで逃げた。

 暫く駆け落ちした恋人として農村で暮らしていたらある日国王がやってきた。


 元勤め先ではなく、アウルの国王だ。

 彼は亡き姉によく似たレオナルドを見て涙を流した。

 そして国籍と住んでいた家より立派な屋敷を提供してくれた。

 上手く行き過ぎて胡散臭い程だったが、国の為利用する様子はなかった。


「姉の分まで幸せになって欲しい。それ以外は望まない」


 そう告げる中年男性の言葉が本心かはわからない。

 だが言葉だけでも叔父としてレオナルドに優しくしてくれたことにフィリアは感謝した。


 穏やかな暮らしの中で、捨てた国の王家が破滅していく報せを他人事のように聞く。

 子供はつくらないと二人で相談して決めた。

 争いの種を生み出さないこと、それがアウル王家に対する誠意だとレオナルドが言ったのだ。

 フィリアもそれに同意した。


「私はレオナルドがいてくれればそれでいいし」

「私もフィリアがいてくれたらそれだけで幸せだよ。だから、学校でも中々言い出せなかったんだ」


 少しでも長く君と一緒に居たくて。

 アレクサンドラの狙い通り篭絡されてしまったね、

 照れながら言う夫にフィリアは抱き着く。


「それはお互い様よ、私だって標的だったあなたを愛しちゃったんだから。罪な人ね」


 愚かな第一王子と言われた青年と彼を誘惑した悪女と呼ばれた架空の男爵令嬢。

 二人はそっと寄り添いお互いを大切に抱きしめながら接吻を交わした。

 

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