【完結】その日、馬鹿で有名な第一王子が完璧と名高い公爵令嬢に婚約破棄を宣言した
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第1話その日愚かな王子は死んだ
「アレクサンドラ・ヴァーレ公爵令嬢、君との婚約を破棄させてもらうよ」
貴族学校の卒業パーティー。
様々に着飾った貴族令息や令嬢たちが見守る中、その宣言は行われた。
声の主はこの国の第一王子レオナルド。金髪碧眼の見栄えのいい青年だ。
そして告げられた女性はアレクサンドラ・ヴァーレ公爵令嬢。艶やかな黒髪と紫の瞳が美しいレディ。
二人は五年前から婚約関係にあり、今年貴族学校を卒業後結婚することが定められていた。
睦まじくダンスを踊るには少しだけ離れた距離で相対する美男美女。
この場にいる噂好きな生徒たちは知っていた。二人の仲が結婚前から既に冷え切っていることを。
しかしそれでも突然の婚約破棄劇に驚きと興奮を隠せない様子だった。
将来王となるレオナルドは血筋と外見以外は凡庸な青年。
その反面公爵家の紅薔薇と名高いアレクサンドラは血筋と美貌に恵まれながら勉学でも非常に優秀だった。
彼らは元々不釣り合いな二人として有名だったのだ。
愚かな王子と完璧令嬢のカップルが破局する瞬間を見物人の何人かはニヤニヤと笑って見ていた。
今この場に居る生徒たちの殆どは二人と同年齢だ。三年間同じ学び舎で過ごしてきた。
だから両名の関係についてほぼ同じ認識をしている。
才色兼備を絵に描いたような婚約者をプライドばかり高いレオナルドは嫌っている。
その癖生徒会での自分の仕事はアレクサンドラ嬢に頼り切りである。
自分の一歳下の弟、銀髪碧眼で眉目秀麗なルーカスが生徒会入りしてからは生徒会室に寄り付くことすらしなくなった。
それは同時期に入学した男爵令嬢のフィリア・ヒルシュと遊び惚ける為だと。
大輪の花のようなアレクサンドラ、鈴蘭の花のように愛らしいフィリア。
優秀で派手な婚約者より、身分が低く頼りなげな少女をレオナルドは可愛がった。
それはアレクサンドラへのコンプレックスの裏返しと、気高い婚約者の気を引き嫉妬させるため。
けれどフィリアは他の生徒からは評判が悪い。顔と体を武器に成り上がりを狙う悪女と嫌われていた。
その手管にまんまと騙された愚かな第一王子、レオナルド。
美しい公爵令嬢にパーティーの場で婚約破棄を告げる男を生徒たちの大半は冷たい目で見ていた。
あるいは喜劇を見るように、期待に唇を歪ませて。
誇り高く美しいアレクサンドラは生徒たちの予想通り毅然と佇んでいた。
「婚約破棄……それは王命でしょうか?」
静かに問いかける婚約者にレオナルドも穏やかに答える。
その様子にアレクサンドラは僅かに眉根を寄せた。
温度が低すぎる。彼女の無意識の呟きを聞き返すものは居なかった。
「いや、まだだ。王たちは今外遊に出ている。だが必ず命令は下されるだろう」
「それは王子である貴方の判断することではございません。レオナルド様」
アレクサンドラの指摘にレオナルドは微笑んだ。
彼は婚約者に比べ凡庸で王の資質に欠けると噂されるが外見は先代王妃譲りの美しい青年だ。
中身が愚か極まりない浮気男だと知っている見物人の令嬢たちもその笑みにはしっかりと目を奪われた。
「当たり前だ。この婚約破棄は元々王と君たちの計画なのだから」
「……は?」
公爵令嬢の真っ赤に塗られた唇がぽかりと開く。第一王子はそれを少し悲しそうに見つめた。
「私の隣にフィリア嬢が居ないのをおかしいと思わなかったかな? ……命令した内容と違うと」
「レ、レオナルド様……」
「いいよ、公爵邸の中と同じように馬鹿王子と呼んでくれて。ねえ、クラウス公爵令息」
君たち兄妹の中での私のあだ名はそれで合っているよね。
急に話を振られ、アレクサンドラとよく似た顔立ちの美青年が真っ青になった。
彼はクラウス・ヴァーレ。
アレクサンドラの実兄で一昨年貴族学校を優秀な成績で卒業していた。
女性からの人気は非常に高いが自他ともに認めるシスコンである。
「君たちは私が驚くぐらい親密だからね。君も出来損ないの私が身分を笠にアレクサンドラの婚約者でいることが気に入らなかったのだろう?」
「そ、そんなことは……心外であります」
氷の貴公子と名高いクラウスのしどろもどろの弁明をレオナルドはあっさりと無視した。
そして新たな爆弾を投下する。
「君はアレクサンドラと血が繋がっていなければ彼女を妻にしようとしただろうね」
「なっ」
「でも妹君の方は拒むだろうけれど。彼女には今愛している男性が別にいるから」
「……は?」
「私の弟、ルーカスだよ。もしかして知らなかったのかな?」
妹と同じように口をぽかんと開ける公爵令息を第一王子は無表情に見つめた。
そして正面にいる婚約者へ向き直る。
「公爵令嬢である君を冤罪で陥れ追放すれば男爵令嬢のフィリアを妃に迎えることができる、か……」
私はそんなことを本気で考え実行する程愚かな男だと皆に思われていたのだね。
レオナルドの寂しげな呟きにアレクサンドラは苛立ちを返す。
「恐れ入りますがレオナルド様、それは事実ではありませんか。だから婚約を破棄したいのでしょう?」
「違うよ。私は王と現王妃の意向を受けて君と婚約破棄をするんだ」
それが私の周囲にいる者たちの願いみたいだから。
一瞬泣き笑いのような表情を浮かべレオナルドは話し始めた。
「君は自分と同じぐらい優秀なルーカスと結婚したかった。しかし同時に王妃にもなりたかった」
「か、勝手なことを仰らないでください」
「何より王と現王妃は私ではなくルーカスを王の座に就けたかった。愛し合う二人の血を受け継いだ子供を」
第一王子の発言に生徒の保護者が何人か険しい表情をする。
レオナルドの母は隣国アウルから政略で輿入れしてきた姫だった。
彼女がレオナルドの出産後亡くなりその喪が明けた途端王はすぐに新たな王妃を迎えた。元伯爵家の娘だ。
それがルーカスの母で現王妃のカミラだった。
「でも腹違いの弟の方が優秀だからという理由だけで彼を王にしようとすれば隣国アウルが黙っちゃいない」
あの国の王は私の叔父だからね。淡々とレオナルドが話す。
彼を小馬鹿にするような視線は見物人の生徒たちから消えていた。
「身分違いの恋を無理やり押し通そうと婚約者を冤罪で陥れる馬鹿な男。こんな人間が王になれば国は潰れる……」
「……レオナルド様」
「そう大勢に思わせるぐらいじゃないと駄目だと君たちは考えた、筋書き自体は君が考えたのかな?」
「わ、私ではありません!」
ヒステリックにアレクサンドラが叫ぶ。
常に完璧な彼女に憧れていた生徒たちは驚いた顔をした。
「だがそういう物語が子女たちの間で流行っていると聞いたけれど」
冤罪で悪役にされた優れた貴族令嬢が愚かな婚約者を断罪し、彼女の味方となった男性と恋仲になる。
何冊か読んで笑ってしまったよ。言葉通り笑みを浮かべるレオナルドをアレクサンドラは睨みつける。
「大抵令嬢より地位の高い男性が彼女を愛しているんだ。君は公爵令嬢だから相手は王子位が適切なのかな」
「殿下、物語と現実の区別をつけてください!」
「先月の舞踏会でルーカスと君がこっそりテラスでダンスしていたことは知っているよ。ロマンチックだね」
美男美女だからさぞかし絵になっただろう。
そう語る第一王子の顔に嫉妬は全く浮かんでいなかった。
「レ、レオナルド様こそヒルシュ男爵令嬢と……」
「今話をしているのはルーカスと君の関係だよ。それに相手が浮気していれば自分も同じことをしていいのかな?」
第一王子の指摘を無視して公爵令嬢は叫んだ。
「話を逸らさないでください!二人が生徒会活動をさぼって下町や空き教室でイチャイチャしていたことは有名です!」
「君って公爵令嬢として教育を受けた筈なのに言葉遣いが時々崩れるよね。それで有名って誰に?どこでだい?」
「だ、誰って……それより男爵令嬢を連れてきてください!彼女は常々レオナルド様と自分は恋仲であると言いふらしていました!」
この場にいる生徒たちが目撃者です!
そう大袈裟な仕草でアレクサンドラは輪になって二人を見つめる令息令嬢たちを指し示す。
レオナルドはその様子に溜息を吐いた。
「先程から気になっていたけれど……ヒルシュ男爵家なんてこの国には存在しないよ」
「……っ?!」
「少なくとも昨年と今年の貴族名鑑には載っていない。だからフィリアは男爵令嬢じゃない」
君たちは急に近寄ってきた女性の身分も調べないような愚かで無防備な王子だと私を判断していたんだね。
虚しそうに言う第一王子に生徒たちの保護者として参加していた年配貴族たちがざわめく。
それを無視してレオナルドは婚約者に語り掛けた。
「彼女は王家、いや国王の影の一人だろう? 国籍すら与えられず汚れ仕事を任されるものたちだ」
「まさか……影の存在を知っていたのですか?!」
「これでも第一王子だからね、出来は悪いが王子教育はこれでも真面目に受けていたんだよ」
それでもルーカスや君と比べて愚かであるという評価は事実だけれど。
暗い目で呟くレオナルドに対し、そういえばと生徒の一人が話し始めた。
「試験後張り出された結果でレオナルド殿下の成績はクラスでは中の上でした……」
「確かに、アレクサンドラ嬢は首位だったから差はあるけれど」
「成績優秀者専用の組の中でだから、噂になる程悪くは無いような……」
どうして自分たちはレオナルド第一王子に対して暗愚な印象がこれ程強いのか。
今更その事実に気づき始めた生徒たちが不気味そうに呟き出す。
「王家とヴァーレ公爵家が組んで情報統制をはかったからね。私には味方もいないし簡単だっただろう……君と違ってねルーカス」
そうレオナルドは扉の近くで腕組みをしている銀髪の青年に呼び掛けた。
二人は顔立ちは微妙に似ているが髪の色が違う。
ルーカスと呼ばれた青年は険しい表情で動かなかった。
「君は愚かな私が断罪したアレクサンドラを颯爽と救う役割かな?似合いそうだね」
「……何のことでしょう、兄上」
「君が王になるといいよ。私はもうこの国も父も君もこの女もいらないから」
レオナルドはそう告げ、アレクサンドラを突き飛ばした。
「きゃあああっ!無礼者!」
公爵令嬢が騒ぎながら尻もちをつく。
「サンディ!……出来損ない王子の癖に妹になんて真似を!」
アレクサンドラの兄、クラウスが怒りに満ちた声でレオナルドを責める。
その無礼を咎めることもなく第一王子は微笑んだ。
「うん、だから出来損ないの邪魔者王子は退出させて貰うよ……やってくれ、フィリア」
彼が最後だけ小声で呟いた直後、轟音と共に室内が暗闇に包まれる。
レオナルドの真上にあった巨大なシャンデリアが落下したのだ。
連動するかのように他の照明も消える。
濃い血の匂いがパーティー会場に漂う。
やがて明かりがともり、その原因に気づいた者たちが次々に悲鳴を上げた。
レオナルドの名を呼ぶものも居た。
しかし答えが返ることはなかった。
「……ふ、ふふ、弱い男。だから駄目なのよ」
へたりこんだアレクサンドラがそれでも薄く笑う。死人に口なしという言葉を頭に思い浮かべて。
兄のクラウスはそんな彼女に戸惑いながら恋人のように抱きしめた。
シャンデリアの残骸を注視していたルーカスは二人の様子に気を払うことはなかった。
そしてその翌日、第一王子レオナルドの事故死が王室から貴族と民たちへ報じられる。
更に数日後川で少女の水死体が発見されたが身元不明のまま忘れ去られた。
卒業パーティーの惨劇から半年後、王太子となったルーカスと公爵令嬢アレクサンドラの婚約が発表された。
しかし二人が期待する程周囲には祝福されなかった。
この優秀な美男美女の婚約は踏みにじった犠牲者の血の上に成り立っていることが水面下で噂になっていたのだ。
□□□
「あなた、アレクサンドラ王妃とその兄が処刑されたみたいよ」
アウル国の辺境にある小さな屋敷。
柔らかそうな茶色の髪をした女性が新聞を片手に夫の執務室を訪ねる。
「兄と共謀してルーカス国王の殺害を企てたんですって!」
「それは……ヴァーレ公爵家も取り潰しになるのかな。愚かなことを」
企みが常に上手くいくとは限らないのに。
二十代後半の金髪碧眼の男性が穏やかに言う。
「婚約破棄の件だって早々に見破られてたのにね。しかしあなたの国の王家って血生臭いわねレオナルド」
先王とその妃も変な死に方したし。
フィリアと呼ばれた女性の言葉に男性は緩やかに首を振る。
「あそこはもう私の国じゃないよ、今の私の母国はこのアウルだ」
「そういえばそうね、勘違いしていたわ」
「ルーカスが待てなかったのだろう。彼は優秀だが、人の上に立つこと……自分が一番になることに異様に拘っていた。だから私の婚約者も欲しがったんだ」
兄よりも優秀な弟にふさわしいトロフィーとして。レオナルドの言葉にフィリアは首を傾げる。
「でもそれって、つまりお下がりってことじゃない? 私に学が無いからかもしれないけど……兄の婚約者を妻にとか気持ち悪くないのかしら」
「ルーカスは兄である私から略奪がしたかったのだろう。愚鈍で有名な私の隣にいた時なら彼女は賢く美しく完璧に見えただろうし」
「でもそんな理由じゃ手に入れた時点で満足して要らなくなりそうね。確かに処刑前から夫婦仲は悪かったみたいだし」
「それもあるけれど……アレクサンドラが本当は誰のお下がりか気づいたかもしれないね」
あの兄妹は優秀だというなら親密さを隠す努力をすべきだった。
当時を思い出し元第一王子は溜息を吐いた。
「そんなこんなで結局仲違いしたのね……なんて頭の悪い人たち、自分を賢いと思ってるバカの集団ね!」
辛辣な妻の言葉にレオナルドは苦く笑った。
そして、そんな場所から抜け出せた幸運に感謝すると呟く。
「王命を裏切って助けてくれた君にも、新しい国籍と住む場所を与えてくれた叔父上にも感謝しないとな」
「そうね、私を影という道具扱いせず甥の妻として認めてくださった陛下には感謝しないと」
「私は君にも感謝しているよフィリア、命がけでアウルまで攫ってきてくれた君に」
「だってあいつらが嘘ついたからね。第一王子は馬鹿でボンクラだから簡単に虜にできるって。本当詐欺だわ!」
周囲に虐げられて自尊心を無くした王子は居たけれど馬鹿王子なんていなかった。
そう茶色の瞳に強い輝きを宿しフィリアは言う。
「こんなに真面目で寂しがりやで可愛い人なのに、皆がいらないっていうから私が貰うって決めたのよ」
そう得意げに元王家の影だった女性は言う。そしてレオナルドの金の髪にキスをした。
国を捨てた二人の男女は穏やかに微笑みあう。
隣国の王が自分の優秀さを示そうと、彼らの国アウルに攻め込んで返り討ちに遭うのはその三年後のことだった。
第一王子の婚約破棄騒動以降、身内間の争いで血に塗れ続けた王家は貴族や民からの求心力が低下していた。
それを武功で挽回しようとしたのだが叶うことはなかった。
アウル国王は自らの甥を謀略で自害まで追い詰め、更に友好国への侵略を目論んだルーカスを決して許さなかった。
「愚かな王、ルーカスよ。言い残すことはあるか」
「私は愚か者ではない!兄と一緒にするな!!」
最期まで自らを省みることなく第二王子だった男は短い人生を断頭台で終えた。
父母を殺し、妻を殺した若き国王の死を悲しむ者は誰もいなかったという。
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