死ぬより、君のかき揚げを食べたい

NoRa

死ぬより、君のかき揚げを食べたい

「はっふ...!年のめはやっぱり年越し蕎麦そばと、喜介きすけ君の作ったかき揚げに限るわぁ...ビールも最高!!」


私は左手の箸でかき揚げを掴み、右手に握ったビールを高らかに持ち上げた。ビーーーールさいっっっっっっっっこう!!海鮮系のかき揚げに合わないわけが無かろうがい!!


「毎回そう言ってくれてありがと、作った甲斐かいがあるよ。あっビールこぼさないように気をつけてね」


そう言ってはにかむのは、まもなく交際一年目の喜介きすけ君である。笑顔が素敵な大学3年の男の子だ。


黒毛のショートヘヤーで吊り目気味の三白眼。人によってはとてつもなく目つきが悪く見えてしまうが、微笑んだ時のその優しさを私は知っている。


幾度となくその笑顔に救われてきた。ありがちな展開だけれどね。


でも私が最初に惚れたのはそこではない。惚れた理由はありがちではない。まぁ、かき揚げに惚れたと言うのだから、ありがちではないと思いたい...

ある種のバイアスかもしれないけど。


それは去年の大晦日に始まる。


..................................................................................................................................


「あっ...あのっ!!ぼ、僕のかきゅ揚げをっ!食べませんかっ!?」


声を裏返しながら訳分かんない事を話しかけてくるガキがいた。見た感じ20代前半くらいだろうか。てか、かき揚げ?なんで?変態か?いきなり他人に食わせるものか、それ?


突然の出来事に意味が分からず、いぶかしげに顔をのぞいてみた。


うわうわ、完全に犯罪者の目つきだろ...、てか、でっか!

おいおい、私だって172センチはあるんだぞ...しかも今ヒール履いてるから177はあるはずだ。


その私が完全に見上げているのだから、身長たっぱは優に180を超えている。だがその見た目にそぐわず、話し方は臆病者のそれなのだ。


だがまぁ雨降る夜のバス停で、一人虚顔うつろがおの女に話しかけてくるその度胸は褒めてやろう。


「ごめんなさい、今そんな冗談に付き合えるほど余裕ないんで」


横目で一瞥いちべつしては、私なりの精一杯の冷酷さを込めた一言を放つ。

本当に今は余裕がない。明日なら余裕しかないだろうけど。


冬の雨と相俟あいまって、場の空気は現実的にも雰囲気的にも冷え切ってしまった...と、思っていたのは私だけだった。


「そこをっ!お願いします!あなたに食べてもらいたいんです!!」


彼は大きなリュックを背負いながら深々と頭を下げる。

しつこいな、見知らぬ人によくここまで..........................


そう思った瞬間、シナプスが全て繋がったかのように記憶が復元されていく。


—————あぁ、こんな馬鹿デカいガキなのに忘れてた。


自分に呆れ返ってしまう。なんで、でかい岩みたいな男を見えてなかったのだろう。ん〜、違うか。


最近私は周りをんだ。いつも只々ただただ日々に嫌気がさして、絶望のふちばかり見ていたからだ。


改めて澄んだ頭で見てみる。やっぱりだ。


こいつ、いつも一緒の時間帯に乗ってる人だ。


ゴミみたいな目つきをしながら、親切心を振りまき慈善行為に酔いしれる典型的な偽善者だ。


老人どもが立っていれば見え透いた敬老精神さらけ出して席を譲るし、妊婦が買い物してたら、旦那の如く荷物を持ち、なんなら家まで送っている。


きっとその一環で私に声をかけたのだろう。


でもそれは必要ない。だって今日これから私は、この物語に終止符を打つ。そんでThe END。覚悟決めた大人なめんな、ガキ....


あぁ、いけない、卑屈ひくつ的な考え方は元よりだけど、今日は酷い。

終わりよければ全て良しだ。最後くらい人に優しくしておこう。でも、まぁ、自殺はキリスト教だったら地獄行きだけどね。


「はぁ...あのさ、しつこいって。まじで...いらねぇって言ってんの分かんない?君さ、他の人にもくだらない優しさ振りまいてるでしょ、偽善者ってゆーんだよ」


................................................................え?はい?


自分でも想定外の発言に驚いてしまう。彼も目をまん丸にしているじゃないか。


なのにどうして、止まらない、なんで、なんで、なんで、違う違う違う。こんなこと言いたくない。


「そんなつもりは...」


「うざいんだよ、君みたいなさぁ!ゴミみたいな正義感持ち合わせてぇっ!誰かを救える様な気でいるやつがさぁ!」


うつむき始めた彼にこれでもかと言い投げる。自制心で閉めてた蛇口を開けたかのように、卑屈が流れ出す。逃げてくれ、逃げてくれ、あんなこと言ったけど君は優しいから、きっと本当にいい人なんだ。


なのになのに...


「私が辛そうに見えた?は?頼んでもねぇのに慰めようとでもしたの?わけわっかんねぇ!私のなにが分かんの?お前にさぁ!!」


どこかで聞き覚えのある言葉を脊髄せきずい反射で投げかける。あぁ、追い詰められた人間は皆、似たこと言うんだな.。


「わたしにやさしくすんじゃねーよ!!!!!!!!!!」


もはや慟哭どうこくのような叫びを地面に投げつける。


それでもただ雨は、叫びを沈めるように激しく降り続く。


言ってしまった。私にとっては初対面の年下に。それもいきなり。


一瞬の快楽の後に襲いくるのは形容し難い自己嫌悪感と、やっぱり明日の仕事内容だった。


こんなになっても仕事のこと考えちゃうのかぁ、私...嫌だなぁ。


彼はそんな私の心が落ち着いたのを見計らったように声を掛けてくる。


「僕は...あなたの事を何も知らないです。確かに偽善活動と言われれば、否定できるだけの根拠もありません。でも、死を覚悟した人の表情は分かります」


はっとした私は彼の顔を見る。雨のせいかどうか分からないが彼の瞳からは水滴が伝っており、只々こらえる表情をしていた。


強く握り締められた大きな拳には、何を掴んでいるのか分からないけど、失ってはいけない何かを彼なりに持っているようにさえ感じた。


私たちはその場ではもう声を出すことはなく、狙ったかのようにやってきたバスに乗る................................


やはり彼は優しかった。嫌味なく窓側に私を座らせ、気まずくなっても外を見れるようにしてくれた。さらに自分の着てたロングコートを、そっと私に掛けてくれたのだ。ドアの開閉時に滑り込んでくる風を浴びないようにしてくれたのだろう。


まるで行動に意図がないかのように自然な動きで、

日頃から人に優しくしてるんだな

と、私に信じさせるには十分だった。


疲れと優しさにやられたせいで、気がつくと眠りに落ちてしまった。

私の降りるバス停で彼は起こしてくれて、なぜか一緒に降りた。


一瞬なんで私の降りる場所を知ってるんだと恐怖を覚えたが、2年近く同じバスに乗っていれば、嫌でも覚えるかと気づいた。


トコトコ帰路に着くと、彼は『付いて行ってもいいですか?』と、まるで身体目的の男のような発言をする。でもきっと本当に心配なだけだろう。1時間くらいしか一緒にいないけど何故か分かってしまう。


もし只、弱った女に付け込んで抱こうと考えてるならそれでもいい。あれだけ迷惑をかけたんだ。彼になら抱かれてもいい。


ずいぶん雨も弱まり私が部屋の前に着いた頃に、彼は『スーパーにちょっと行ってきます!!』と、携帯であたりのスーパーを検索して向かってしまった。訳もわからず部屋に入り、着替えて彼の帰りを待つ。


本当にゴムを買いに行って抱く気なのか?とか考えをせているとチャイムがなり、覗いてみると彼だったので部屋にあげる。


彼の手提げ袋には、揚げ物用の鍋と油、そして恐らくかき揚げの材料だなと想起させる物が入っていた。


「遅くなってすみません、キッチンお借りしてもいいですか?」


「あ、うん、いいよ?うん」


何を作る気なのか想定はついているのに、まるで知らないふりをするのは何故だろう。自分でも良くわからないけど、とりあえず久しぶりに自分の家で食べ物の良い香りを嗅いだ気がする。


仕事に追われ続けてた私は、食事と言えるものを数年近くまともに取っていなかった。おかげでメイク乗りは最悪、髪も荒れ始めて益々ますます誰も助けてくれなくなり、結局死に急ぐ始末。


おまけにルックスが良かったから女性陣には妬まれて、身長のせいで男性陣には距離を置かれた。おまけに性格も悪い意味で素直だった為、上司からは腫れ物扱い。ま、もう今ではどうでもいいんだけど。


一通り卑屈を巡らせてるが矢先に、『どうぞ』と、優しい声に導かれるように白い丸皿に乗ったかき揚げが運ばれてくる。


「あ、おいしそう...」


無意識に言葉が出てしまった。そんな呟き一つ彼は聞き逃さないようで、木漏れ日の様な笑顔を見せてくる。


「塩かめんつゆで食べると美味しいですよ」


「じゃ、塩で...」


ハグッ、ハフハフ、ハグッ、ングッ....


あまりの空腹状態に、味わいながらもひたすらお腹に取り込んでいった。

美味しい美味しい、なんて美味しいんだろう。

私の感動は、今の辛さとの激しい差で定調和のように涙が出てくる。


「お゛い゛じい゛い゛い゛い゛!....ひっぐ、うぇぁ、あぁぁ...!!」


とても情けない声を、駄々をねる子供が如く垂れ流す。

だけど彼はそんな姿を見ても引くことはなく、大きく筋肉質な手で私の背中をさすってくれる。


止まりそうもない涙はほほをつたうどころか、滝のように流れ落ちた。


ごめんなさい、ごめんなさい。謝りながら泣く私を見て、彼も泣き出してしまった。


こんな夜中に、泣きじゃくる大人二人は異様な光景かもしれないけど、それでも今日は、今日くらいは許されても良いと思う———————




私たちは一通り泣き終わり、ご飯も食べ終わるとお互いのことを話し合った。


彼には大切な祖父母がいて、蕎麦屋を営んでたこと。特に祖母の作るかき揚げが大好きでたまらなかったこと。ある時、経営不振と認知症が重なって祖母は自ら命を断ってしまったこと。祖父はそれに続くようにがんで亡くなったこと。あと二浪して大学に入って、今は二年生であること。


その他も沢山の話を聞いて、私も話した。


会社の業務のしわ寄せが全部自分に回ってきてること。家族と仲が悪く、相談できる相手もいないこと。そして今日命を断つつもりでいたこと。そんな私をあなたが救ってくれたこと。


後はひたすら溜め込んだ不平不満を語り明かした。


聞き上手な彼は時折ときおり相槌を打ちながら返事をしてくれて、また泣きそうな私にそっとハンカチを渡してくれる。


久しぶりの温もりにやられた私は、堪える間もなく再び涙をこぼしてしまった。


いつもなら自分の弱さに嫌気が差す私だけど、今日に限ってはその弱さも彼の優しさに触れる為だったのかな、なんてロマンス思考を巡らせてしまう。


「あのさ....」

「どうしました?」

「またかき揚げ食べさせて...あと、バス停ではごめんなさい」


ここまできて威厳もクソもあったもんではないけど、一大人として謝罪はしておかないといけない気がした。そうでないと本当に終わってしまう。人として大切なものはやっぱり持っておきたい。


でも、彼の反応は予想通りのものだった。


「いくらでも食べさせますよ、あと謝らないでください。ギリギリに立った時はみんなあんな風になりますし、僕もいきなりでしたしね」


そうなんだ。彼はどこまでも優しくて、やっぱりながら話すのだ。それは年相応でありながらも、どこか悟ったような大人の雰囲気を纏っていた。


するとこんな私の身に、数年ぶりの心臓を握られるような気持ちが生まれる。


おっとまずい、これは非常にまずい。ちゃんとした大人として振る舞った矢先にこんな事思ってはいけないのに、弱った所に付け込まれすぎたのか。


あまり縁のない感情だけど、それでもやっぱり確かに覚えていて素敵な何かの始まりなんだ。


この言葉は言っても良いのか?ただの感想にしては余りに想いが乗りすぎている。


心拍数が秒針を遠く追い越して、高揚する心が冬の静寂を黙らせてしまう。

煩く鳴り響いてる心臓が、彼にも聞こえてしまう様な気すらして...


嗚呼、どうしよう。

            



—————————————彼が素敵だ



..................................................................................................................................


昔の思い出に浸っていた私と、甘酒を買ってきた喜介君は初詣に来ていた。もちろん彼の運転で。


だいぶアルコールも抜けて、ほろ酔い感覚でいたので気分は上々。

馬鹿みたいに人が集まってくるので、なかなか進まなくて困ったもんだ。


何より大変なのは、彼が色んな人に声をかけられること。

それはメンチを切られているとかではなく、至って単純明快な話。


色んなところで親切心をばら撒いてるので、それへの感謝感激雨霰な訳である。その親切心は私と付き合ってからも変わらず行っている為、私としては複雑なような嬉しいような...


別に特別扱いを受けたいとかそんな訳ではないけど、謎のもやもや感があるのだ。う〜ん、やっぱり特別扱いされたいのかも。えへ、女の子だもん!


そんなこんなで列は進み私たちの番になる。


私は5円で御縁があるとか全く信じてないタイプなので、容赦無く10円玉を投げ込む。その点律儀に5円玉を投げ込む彼は、やっぱり可愛いなぁ。

じゅるり、よだれが出てしまう。うふ、可愛くて尊死してしまうわ!


その横顔をじっと見ていると、彼はお辞儀を始める。

それにつられて私もお辞儀をする。というか、二礼二拍手一礼の流れを守っただけ。彼は何を願ってるのだろう...そんな疑問もほどほどに、後ろも詰まっているので、さっさと私たちは撤収して何となく海に向かった。


「うひゃ〜、さっみぃ!!」


冬の海風は冷気を纏って、陸に流れ込んでくる。


「まったく、風邪ひかないようにしてね」


そう言いながら、彼はそっと着てたコートを私にかけてくれた。


「なんかさ、初めて会った時もバスの中でコートかけてくれたよね」


ふと、思い出したことを呟く。


「そうだったね。あの時は僕も必死で、コートかけた後も臭くないかなとか心配だった...」


「う〜ん、ちょっと臭かったかも」


「ねぇ!そこはそんなことないよ!とか言うところだろ!」


子供のようなじゃれあいに、夜の海で笑い合った。

こんな未来が訪れるなんて誰が予想できたのだろう。

幸せは生きてなきゃ訪れないって、その通りかもしれない。


「喜介君はさ、さっき何を願ったの?」


こんなこと聞くのは野暮だと知っていても、酔ってるのもありつい聞いてしまう。


「とりあえず、今年も健康でありますように...かなぁ。幸せのためにはまず健康だよ。」


「そーだよねー、確かにそれが一番大切かも」


意外な答えが返ってきて驚いた。彼のことだから...いや、思い込みはいけない。思い込みが過度だと、自分の知らない一面が見えた時にそのギャップで辛くなるんだ。


でも、でも、うん...ちょっと悲しいような。

あぁ、いつからこんなに私はめんどくさくなっちゃったんだろう。


自己嫌悪に走りちょっと涙が出そうになると、彼は急に抱きしめてきた。


「本当はね、一生一緒にいれますように...って願ったんだよ」


至って穏やかな口調で彼は話す。


「うぁ..うぅん、何だよこのやろう!!めっちゃ心配させやがって!!」


「さっき臭いって言われた仕返しだよ」


「こっっの....もぅ、いじわる」


「ごめんって、もう泣かないで、ね?」


気がついたら、ポロポロと涙が出ていた。

喜介君には多分一生敵わない。なんか、そんな気がする。


彼は私に強すぎる。


「そういえばさ、そっちは何を願ったのか聞いて良い?」


これは答えなくては。

人に聞いておいて自分のは答えないってのはずるい気がする。


だけど言うまでもなく分かりきったことのような事を伝えるのは恥ずかしい。こう言うのは日常の中で伝えていくような気がする。


でも新年だから。


今言わなきゃ、きっと後悔する。


だからこそ大声で答えてやるんだ。


何より私を救ってくれた君に。


「死ぬより、君のかき揚げを食べたい!」












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