狂っていたのは、誰でしょう?

主人公の丈くんは、中学時代にとある高校のパンフレットを見て進学先を決めます。そこに映っていたのは、見た目秀麗な一人の女子先輩。丈くんは高校に入学して後、その先輩――鈴蘭さんと出会うことができるのですが、鈴蘭さんには歪んだ秘密があって……。

というのが、本作の簡単な紹介です。

もうここで明らかだとは思いますが、丈くんは非常にパワーのある青年なのです。パンフレットで一目惚れ、入学したら即特攻、「そのうち絶対つきあえる!」とまで想像しておられます。物語において元気な主人公というのはよく見ますが、ここまで力強く、そして爽やかな主人公も珍しいのではないかと思います。実際、私は彼から力をもらうことができました。本作を読んだ他の読者様も、きっと同じ気持ちになることでしょう。彼の行動の一つ一つに、核融合のような瞬きを感じられるのです。

そんな彼が好きになった、鈴蘭先輩。この方の登場方法は見事ですよ。登場「シーン」ではありません(シーンもすばらしいですが)。登場「方法」なのです。つまり丈くんが鈴蘭のことをたくさん想像してくれますので、読者も丈くんと同じように鈴蘭先輩のことを想像します。どんな人だろう。どんな喋り方をするのだろう。どんなことが好きで、どんなものに心引かれる人なのだろうと。丈が現実の鈴蘭に近づくにつれ、読者の心も丈と一体になることができます。これは非常に心地よい読書体験でした。皆様も鈴蘭先輩に会う前に、たくさん想像をしてみてください。そうすると、ファーストコンタクトがめちゃくちゃ嬉しくなります。丈に続き、鈴蘭先輩も実に魅力的なキャラクターだといえます。

ただ、この鈴蘭先輩には歪んだ秘密があるのです。それが、本レビューにおいて「狂って」と表現したものとなります。一つ注釈を入れておくと、鈴蘭は「右も左もわからない」状態にあるわけではありません。幼少期からの成長において、少しだけボタンのかけ違えがあり、それが今の彼女の特性に繋がっているというわけです。その性質がゆえに、彼女は大きな苦境に立たされているのです。この物語の売りのガジェットはこの点にあると言えます。
それに加えて私は、彼女の周辺の人物に注目していただきたいと考えています。なぜなら、私が最も惹かれたガジェット・設定はその点にあるからです。
彼女の周辺にとある人物が出てくるのですが、その人物の行動やせりふに深く注目してください。どのような性質があるか、そしていかに狂っているかをよーく観察してください。全ての答えは、クライマックスにあります。私はクライマックスを読んだ時、「ああ!」と納得感を覚えました。この物語は、「全ての登場人物にとっての物語だったのだ!」と。そう感じたのです。こういうことは日常にたくさんあると思います。だけどみんなはそれを言語化しないだけで、ほんとにたくさんあると思うのです。クライマックスを読まれた時、このレビューを少しだけでも思い出していただけると幸いです。書いた甲斐があるというものです。

そして冒頭の丈くんの話に戻りますが、彼のパワーを思い返せば、どうもシナリオそのものも突き動かしている気がするんですよね。本作は全体的にシナリオのテンポが良いのですが、特に序盤がめちゃくちゃ早くて気持ちいい! これはひとえに丈くんのパワーによるものでしょう。普通の物語なら「クライマックス」に充てるであろうことを、彼は序盤でやってのけます。

大事なことなので、もう一度言います。

彼は、クライマックスを序盤でやってのけます。

これ、すんごい気持ちいいですよ。他の作品と一線を画していると思いますよ。しかもですね……うーんと、これ、言葉を選ばないとネタバレになっちゃうので悩むのですが……めちゃ簡単にいえば、「クライマックスの結末が定まらないのに対し、自らの行動で無理やり結末を引き寄せようとする」わけです! すげえなぁと思いました。リアルでこれやれる人間って何パーセントいるんだろう? ほんと、気持ちいいっす。

本作は、まぎれもない「青春小説」です。
心を丁寧に描く、作者。
愛を描く鬼才である、作者。
また名作が一つ、この世に生まれてしまったようです。
青春小説という、妙なる形で。