【4-22】 ザブリクの3日囲い 下

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817330655586386797

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 補佐官たちが振り返ると、そこには、力まかせにテーブルを蹴倒した新国主の姿があった。


 瞬発的に上がった息を整えようとしているが、金色の髪は乱れたままである。

「……城下の村落を焼き払え」


「「「「ハッ」」」」

 若い主君の命を受けた同世代の部下たちが、さも当然だといわんばかりに受命する。彼等から指示を受けた伝令官たちは、総司令部から散らばっていく。



 帝国軍が見捨てた街や村を見せしめのため焼き払う――示威行為が、ここのところブレギア軍では行われていた。前年のバルドル城塞郊外を皮切りに。


 それは帝国正規軍との戦いの機会をなかなか得られない、レオンの腹いせ行為というのが実情であった。


【4-6】 越年の出兵

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330662314405258



 たまらず、宿老衆筆頭・アーマフ=バンブライが進み出る。


 この度の遠征では、先代から仕える諸将も参陣することが命じられていた。しかし、配置は後方備えであり、大天幕での軍議に列席こそすれども、意見を求められることはなかった。


 それでも、老将たちは黙々と従っていた。しかし、村々に火を放つという凶行に際し、齢76の宿将筆頭が進み出ていた。

「若君、おやめなさい」


 久しぶりに発せられた諌止かんしの声に、レオンの部下たちは、変人奇人でも見るかのような視線を一斉に向ける。


「今年は春の到来浅く、寒さの厳しい時期が続きそうです。家屋、食糧を失えば、領民たちはさぞ困りましょう」

 バンブライの声に呼応するかのように、寒風が天幕を叩いている。


「だったら何だというのです。帝国の領民ですぞ」

 やれやれと言わんばかりに、国主補佐官筆頭・ドーク=トゥレム25歳が両手を拡げて見せる。


「敵国領民だからといって、それを痛めつけて良いという理屈にはならんだろうて」

 71歳のベリック=ナトフランタルも、不愉快そうに反対意見に加勢した。


「しかも、相手は降伏の意思を示しておるからのぅ」

 剣を置き兜を脱いだ相手に、火を付けるというのはいかがなものか、と68歳のクェルグ=ブイクも続く。


「老将軍、何をおっしゃいますか。わがブレギアの武威を示すことこそ肝要ではありませんか」

「さよう、さよう。帝国などにくみしている民衆に、目にものをみせてやるまでのこと」

「『帝国軍頼むに足らず』を、大陸中に広めるのです」


 トゥレムに続けと、ムネイ=ブリアン、マセイ=ユーハ・ダン=ハーヴァ等20代前半の補佐官衆が次々と加勢する。


 領内の諸都市が、外敵によって蹂躙じゅうりんされても帝国軍は手を差し伸べることすらしない。田舎城塞の領民どもに、帝国などいかに頼りにならないかを思い知らせるべきだろう、と。


「たとえ敵国であっても、領民を痛めつければ、今後、彼らは我らに従わなくなるだろうが」

 若い幕僚たちの言葉に譲ろうとはせず、ソルボル=ブルカンが声を張り上げる。草原生まれの67歳の将軍は、旧ヴァナヘイム領の新領地・エルドフリーム城塞からブレギア軍に合流していた。


【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16818023214098219345



「……そういえば、リューズニル城塞では、苦労させられましたなぁ」

「さよう、さよう。あの城塞を痛めつけてくださったのは、いつの時代でしたでしょうか」

 筆頭補佐官・トゥレムは、黒癖毛をわずかに揺らす。それに呼応するように、次席補佐官・ブリアンが肩をすくめてみせるが、脂肪分がやや多い首はそれほど沈んでいない。


 彼等は、10年前に大規模な略奪を実行した城塞の名前を出すことで、老将たちの時代の失策だとあてこすっているのだ。それがために、領民たちの徹底抗戦を促し、昨年自分たちは苦労させられた、と。


 もっとも当時、略奪を指示・実行した御親類衆筆頭・ウテカ=ホーンスキンは、この軍議も欠席を決め込んでいたが。


【3-5】 ブレギア軍 つまずきと焦り

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330662302655627



 顔を赤らめ、立ち上がろうとしたナトフランタルの腕を、バンブライが片手で押さえる。


 若い補佐官たちと老将軍たちの主張は、平行線のままである。



「……もうよい。トゥレム、明朝風上より火を放て」

 御年20の国主・レオン=カーヴァルは、うるさそうに手を振ると、大天幕を出ていった。後は筆頭補佐官に任せる、と。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ここでもまた若輩者と老人は衝突したか、と呆れられた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


補佐官衆と宿老衆の乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「帝国宰相」お楽しみに。


東の窓からの朝陽が逆光となり、帝国宰相の眉間の皺を強調する。


海戦も洪水も蛮族対策も――どれもこれも帝国は後手を踏んでいた。


報告官が己の職務を可能な限り早く放棄したいと願うほど、今朝の宰相閣下の御機嫌は悪そうである。


「折からの西風にあおられたため、延焼被害は甚大となっております。街の8割が焼かれ、家屋を失った民衆は万を超えるとのことです――」


持ち主が受け皿の上へ乱暴に置いたため、ベリーク産の白磁のカップがヒステリックな音を奏でる。

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