【3-21】 鶏鳴

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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 飛雪が行き交う城壁の先では、驚くべき光景が広がっていた。


 視界の先から、次々と砲弾が舞い上がっては、水道橋付近に飛来する。


 主廓しゅかくを飛び出し、城壁の上まで駆け上がった城主・ドラル=ウルズとその取り巻きたちは、大いに息を切らしながら――防御指揮官・ノルフ=ビフレストのみ呼吸を乱すことなく―― 一様に眼前の光景に見入っていた。


 まさか、ブレギア軍が水道橋に砲撃を加えようとは――いまのところ、架橋の手前や後方に弾着が見られるが、間違いなく敵の砲兵は石橋そのものを狙っている。


め、この城の存在価値を損ねることにすら知恵が及ばんのか」

 肥えたニーズは、息を整えるのももどかしそうだ。橋を破壊したあと、水源確保もままならないウルズ城塞をどう切り盛りしていくのか、と聞きたげだ。



 いまは平時でない――優美な石造りゆえの文化財的観点など後回しだ。


 いまは有事なのだ――水源の観点からして、石橋はこの城塞にとって命綱に他ならない。



 ビフレストは人知れず首を左右に振る。

 ――恐れていたとおりの事態になってしまった。


 ブレギア軍は橋どころか、この城ごと破却せしめるつもりなのだろう。城塞の存在価値など、もはやどうでも良くなったのだ。


 先年の帝国・ヴァナヘイム戦役では、城塞都市が丸ごと破壊され、焼き払われ……廃城となる事態が相次いでいる。石造りの本廓ほんぐるわや城壁たりとも永遠の存在とはなりえないのだ。


第1部【13-11】正規兵と特務兵 上

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第1部【13-44】火計 6

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 城壁上にたたずむ彼等に構うことなく、ブレギア砲兵は試射・修正射を終えつつあるようだ。砲弾は、徐々に水道橋に吸い込まれていく。


 風雪に視界を遮られはっきりしないが、一定数の射撃が済むと、第2、第3、第4と、別の砲陣から射撃が始まる。


 城壁からも砲弾が飛び出すが、爆音虚しくすべて敵陣営の手前に落下する。いかに諸元調整を試みても、散開し小さな的となったブレギア砲兵を狙うのは難しい。


め、一体どれだけの砲兵を展開させているのか」

 城主は口汚さのなかに、不安を隠しきれていない。



 ――違う、騎砲だ。

 

 ブレギア軍において、砲兵多数などという話をビフレストは聞いたことがない。


 おそらく砲車を軍馬に曳かせ、撃っては移動――ヒットアンドアウェイを繰り返しているのだろう。結果、相当な数の砲陣を敷いていると、城主以下に思い込ませることに成功している。


「余るほどの砲兵をようしていたのであれば、先の防御網での攻防戦で用いていたはずです……」


 この期に及んでも、城主は防御指揮官の言葉など聞いていない。


「おのれ、に撃ち負けるか」

 城主の歯ぎしりを助長するかのように、石橋上からの反撃は精度を欠く。


 その間にも、ブレギアの砲弾は着実に水道橋を揺さぶる。



 隣接する城壁では、城主・ドラル以下、城方の首脳陣に出来ることはなかった。ブレギアの砲弾が外れることを祈るばかりであった。


 彼らの願いも虚しく、水道橋は相当な数の砲弾を浴び、黒煙に包まれはじめていく。


 石橋が断末魔の唸り声をあげている。


 煙に追い詰められ、行き場を失った帝国兵が、1人2人と飛び降りはじめる――千尋せんじんの谷の底へ。


 ビフレストも敵が水道橋を破壊するという発想は持ち得ていた。だからこそ、水源もろとも廃城へ持ち込まれぬよう、防御網で食い止めようとしていた。


 だが、そうした方針も、戦局推移の流れに置き去りにされた。



 城方の主だった者たちは、ある者は座り込み、ある者は四つん這いになって、土埃をあげて崩落する石橋を眺めていた。


 ビフレスト自身も戦意が崩れ落ちていくのを感じた。



 次に城塞へ襲い掛かってくるのはブレギア軍ではない。


 「渇き」である。


 城内には老人女子供が多数避難している。水をなくして籠城など、とてもおぼつかない。


「こ、こ、こ、こう、講和だ、講和の使者を出せぇッ」

 城主・ウルズは、城壁上に座り込んだまま、鶏のように叫んだ。


 ――この男は、この期に及んでまだそんなことを口走るのか。


 「講和」とは、ある程度の戦況の均衡が保たれた――敵味方双方が対等な関係にある――時に可能な交渉である。武装水道橋を破壊されたいま、その均衡も崩れ去った。


 この城の命運は尽きたのである。この上は、1日も早く非戦闘民の身の安全を図るしかない。


 城主の命令に右往左往し、使者の選定に走り出したニーズやホッグ腰巾着たちを見て、ビフレストはため息をついた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


水道橋崩落について、城塞側の視点に興味を覚えてくださった方、

先を見越していても何もできないビフレストの歯がゆさ――それを感じられた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ビフレストたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「一度剣を取られた以上は」お楽しみに。


開口一番、トゥレムは強烈な皮肉を見舞ってくる。

「いまの貴城の所属先は、どちらですかな」

 

節操なく毎年のように従属先を変えてきたウルズ城塞をあざけっているのである。


飲み水を満足に得られず、衰弱していく領民たちの姿が、ビフレストの脳裏に浮かぶ。

「せめて、城内の子どもたちだけでも、御慈悲にすがりたく……」

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