【3-22】 一度剣を取られた以上は

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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 帝国暦384年3月18日、ブレギア国主 筆頭補佐官・ドーク=トゥレムは、ウルズ城塞 防御指揮官・ノルフ=ビフレストを引見した。


【3-20】 風見鶏

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330662308708520



 2度目となるこの会見には、黄金の髪うるわしき若君の姿が見えない。ビフレストはわずかに落胆した。


 同時に、腕を組みこちらを見下してくる黒癖毛かつ瘦躯の男――その手強さを皮膚に感じる。数多の戦場の空気に触れて来た赤銅色の肌の感覚に狂いはない。



 開口一番、トゥレムは強烈な皮肉を見舞ってくる。

「いまの貴城の所属先は、どちらですかな」

 

 節操なく毎年のように従属先を変えてきたウルズ城塞をあざけっているのである。この若者の鋭い両目は、窮状に陥ったからといって泣きついてくるな、と語っている。どうせまた、帝国に寝返るのだろう、とも。



 使者が身分の高い者に代わったところで、トゥレムの応対が先日の会見と変わるところはなかった。この日もまた両者の会話は嚙み合わない。


 飲み水を満足に得られず、衰弱していく領民たちの姿が、ビフレストの脳裏に浮かぶ。

「せめて、城内の子どもたちだけでも、御慈悲にすがりたく……」


「『一度剣を取られた以上は、最後まで刃の交換といこうではないか』と、我が主人も申しておる。貴城だけでは心もとなくば、帝国に援軍でも求められたら良かろう」


 筆頭補佐官は、相手の口上くじょうを遮るように言い捨てると、大天幕を出ていった。呆然と立ち尽くす髭の使者を尻目に。


 ビフレストの右手には、城壁内の街に暮らす子どもたちの写真が数枚握られていた。しかし、それらを披見し、温情にすがる機会は得られなかった。



 城塞内には水がなかった。湖からの水路を石橋ごと破壊されてからは、たちまち枯渇するようになった。


 数年前、ラヴァーダ率いるブレギア軍に水の手を断たれてからは、湖だけでなく付近の小川からの引き込みを設けた。


 そして、城内に貯水用の樽を多数設置し、有事の際は、湖および小川からの流水を溜めておくことができるようにしていた。さらに、降雨を受けとめる貯水かめも各所に設置するなど、万全を期していたはずだった。


 だが、城主・ドラル=ウルズとその取り巻きは、冷めやすかった。それら樽や甕を飲用に耐えうるよう維持するには、多大な手間がかかるが、それを忌避したのである。


 手入れをしなければ、夏場は水が腐るし虫も湧く。それらをそのまま放置した。



 おまけに、ウルズ城塞にとって誤算があった――干ばつである。


 この年、晩秋からという記録的長期間、降雨が確認されていない。小川からの流水は完全に途絶え、水道橋を通じての湖からの流入すら激減した。


 いつの間にか貯水甕には水ではなく土埃つちぼこりがたまるようになっていた。



 再び湖からの水にのみ頼ることになったウルズ城塞だったが、その送水用架橋をブレギア軍は木っ端微塵に砕いてしまった。


 いまでは、貯水甕にたまった微々たる雪を溶かし、城兵領民は何とか渇きをしのいでいる有様だ。


 城塞には新式の無電はない。城内のトン・ツーでは、旧都・ノーアトゥーンまで届かなかった。


 帝国軍への援軍要請のため、城塞からは伝書鳩まで飛ばしたが、旧都からの反応はなかった。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 鳩舎には飛ばすべき鳥はもういない。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


筆頭補佐官は非情だが、ウルズ城主とその取り巻きも大概だ、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ビフレストたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「最後まで刃の交換といこうではないか」お楽しみに。


「……どちらに行かれるおつもりで」

癖のある黒髪に神経質そうな声音――老将たちはその顔を見なくとも、それが筆頭補佐官であることを誤認することはなかった。


「補佐官ごときが邪魔だ。そこをどけ」

馬を押し進めようとしたブイクに、トゥレムは変わらず冷厳に応じた。

あるじより、誰であっても通すなと言われております」

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