【3-20】 風見鶏

【第3章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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 帝国暦385年3月18日、ウルズ城塞から再度の使者が、ブレギア軍総司令部へ派遣された。


 揉み上げからあごにかけてたくわえられた豊かな髭、旧ヴァナヘイム軍軍服の堂々たる金モールからして、先日の使者より身分の高い者であることがうかがえる。


 しかし、全身を覆う虚脱感は隠しようもなく、何よりその両目は血走っていた。


 使者は、要塞防御指揮官として奮戦したノルフ=ビフレストであった。



***



 ビフレストは、アトロン総司令官の言いつけを守り、防御網に拠って散々ブレギア軍を悩ませた。


【3-11】 アトロン防御網

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 防御網を突破されたあとも、彼は血路を開き、有事の際のルートから城塞内へ駆け込んでいる。それは己の命を保つためではなく、武装済の水道橋と連携して第2次防衛戦を展開するためだった。


 城内に戻ったビフレストを、領民たちが出迎えた。


 防御指揮官の無事を喜びながらも、誰もが不安そうな表情を浮かべている。城外の旗色が悪いことは、敵味方の喚声だけで彼等に伝わっていたようだ。


 子どもたちは、問わずにはいられない。

は、やはり強いの?」

「領主様がまた上手く交渉して、切り抜けてくれるよね」

が帰ったら、また領主さまはお祭りをしてくれるよね」


 ビフレストは大丈夫だ、と1人1人の小さな頭を撫でていった。


 草原の人たちは、君たちが生まれる前、我々のために病院を整え、食べ物を配ってくれたんだ。だから、そのような呼び方をしてはいけないよ、と優しくながら。

 


 自身の名字ファミリーネームを冠した水道橋には、十分な数の砲兵と銃兵を配置していた。さすがのブレギア軍も二の足を踏むはずだった。


 少なくとも、ブレギアの宰相・キアン=ラヴァーダの時のように、苦もなく橋上を制圧されることは免れそうだ。


 その名宰相も、はるか東方・トゥメン城塞に居ると聞く――防御網攻防の際、寄せ手のキレのない様子から、それは間違いなかろう。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 武装橋を前に及び腰になった草原兵の隙をつけば、防御陣を取り戻すことができるかもしれない。


 そのまま時を稼げば、敵は時間切れを迎えるはずだった。兵牧・兵農分離が進まないブレギア軍は、畜産や麦作のため春に本国へ引き揚げねばならないからだ。


 ビフレストが危惧する最悪の事態としては――。



 しかし、防御指揮官の提案に、城主・ドラル=ウルズは生返事ばかりであった。


 途中から鼻毛を抜きはじめた城主が、窓外に向けてぽつりと吐き捨てる。

「存外、帝国は役に立たなんだわ」


 ヴァーガル河では一敗地にまみれ、この城塞に砲兵と銃兵だけ残したまま逃げ帰っていった。防衛網の構築こそ見事であったが、いまやそれらも突破されている。


 再三にわたって旧都ノーアトゥーンへ援軍要請の無電を叩いていた。


 もっとも、ウルズ城塞が保有する旧式無線機では、有効範囲は短い。その手前・ギャラール経由で旧都に呼びかけてきた、というのが正しいだろう。


 いずれにせよ、帝国軍が援軍を差し向けるような気配はない。



「水道橋の鉄壁さを見せつける……頃合いだな」


「……城主、まさか」


「蛮族どもの戦意が崩れたところで、講和の話を持ち掛ける」

 城主・ドラルは、両目に不敵な色を浮かべてうなずく。ブレギアのは、早晩国許くにもとに帰らねばならんのだろう?と。



 確かに砲兵・銃兵によって固められた水道橋は、下手な城塞以上に攻撃力を発揮することだろう。


 防御網突破に散々苦戦したブレギア軍が、それ以上の圧倒的な存在を前にしたらどうなるか。


 滞在時間が無い上に厭戦えんせん気分に支配されるに違いない。そんな相手に講和の話をぶら下げれば、間違いなく飛びついてくるだろう。


 城主の意向を汲んだサムエル=ニーズ、ニクラス=ホッグなどの腰巾着こしぎんちゃくどもが、講和の算段について、打合せをはじめていく。散々ブレギア軍を悩ませた防御指揮官など邪魔だ、と言い出しかねない態度で。



 ウルズ城塞の首脳陣は、交渉ばかりを重視するようになって久しい。処世術に長けるのと反比例するように、実戦への備えを怠っていった。


 城内の貯水作業も目に見えて手を抜いている。かめや樽も、夏場に藻やボウフラまみれになったまま、放置してあった。


 これでは、雨や雪をいくら貯めたところで、飲料用には適さないだろう。



「あの者たちは、どうするのです。アトロン将軍が残していってくださった、帝国将兵たちは」


「あぁ……」

 つい先日まで、「この城塞の生命線」とまでうそぶいていた者たちに対して、城主・ウルズは、さしたる関心も示さなかった。


 それどころか、

「そうじゃ、あやつらの将校の首を2、3用意しておけ」

と言い出す始末である。への手土産には、ちょうど良いとばかりの口ぶりだ。


「ついでに、『あやつらの指示によって、ブレギアと戦わされていた』というシナリオはどうじゃ」

 用済みとなった連中について、有効活用方法を見つけたかのような言い回しだった。



 ――またか。

 防御指揮官のなかで、何かが音を立てて切れた。


 この男の一族は、盟約や人命を何だと思っているのか。ウルズ父子とその血族の命を守るため、節操なき方針の転換ばかりを繰り返す。


【3-9】 水道橋

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 その都度、用済みになった関係者を、ビフレストは始末させられてきた。



 これでもう何度目だろうか。講和など申し出たところで、我らが大人しく従属の身に甘んじると、ブレギア首脳陣が信じるとでも思っているのか。


 哀れな帝国兵の首などではなく、あんたの首を寄越せと言ってくるのではなかろうか。



 ビフレストが頬髭ほほひげを怒らせ、城主に迫ろうとした時だった――砲声が殷々いんいんと鳴り響いたのである。


 弾着音が炸裂し、地響きはこのウルズ城まで震わせた。


 轟音は、水道橋の方からだった。


 城主とその腰巾着たち、それに防御指揮官は、城塞の主廓しゅかくを飛び出し、姿勢を低くしつつ城壁に駆け上った。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


城塞側の「洞ヶ峠を決め込む」姿勢に驚かれた方、ビフレストの苦しい立場を分かっていただけた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ウルズ城塞首脳部たちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「鶏鳴」お楽しみに。

ウルズ城塞側から、水道橋崩落の様子を描きます。


「余るほどの砲兵をようしていたのであれば、先の防御網での攻防戦で用いていたはずです……」


この期に及んでも、城主は防御指揮官の言葉など聞いていない。


「おのれ、に撃ち負けるか」

城主の歯ぎしりを助長するかのように、石橋上からの反撃は精度を欠く。


その間にも、ブレギアの砲弾は着実に水道橋を揺さぶる。

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