【3-9】 水道橋

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817330655586386797

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 帝国暦385年も2月下旬にさしかかろうとしている。


 占領したリューズニル城塞の処置を手早く終えたブレギア軍であったが、彼らに時間は残されていなかった。


 本国において畜産と農業の繁忙期が迫っていたのである。


 彼らはアリアク城塞から200キロ近くも旧ヴァナヘイム領へ侵攻していた。


 アリアク城塞は、ブレギア領の西端にあり、そこからさらに首都・ノーアトゥーンへ帰ろうにも、500キロもの道のりをたどらねばならない。将兵たちの帰郷までの時間を考慮すると、もはや旧ヴァナヘイム領に滞留している場合ではないはずだ。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 しかし、若きブレギア軍首脳部は、西へ――さらなる侵攻を決めた。


 ヴァーガル河で帝国軍を追い払ったことによるは続いている。国境諸都市を切り取り放題とあっては、新国主・レオンの武名を高めるまたとない機会なのだ。



 彼らが引き揚げ前の最後の獲物として選んだのは、リューズニルから西へ20キロ進んだ先にある城塞都市・ウルズであった。


 ウルズの歴代領主は、基本的に旧ヴァナヘイムに属していたが、旧ヘールタラ――現ブレギアが意気盛んな際は、そちらになびくことで、命脈を保ってきた。


 国境地域の領主であれば、そうした処世術は致し方ないが、ウルズ家の場合、において度が過ぎている。


 先代城主・アスガル=ウルズは、ブレギア宰相・キアン=ラヴァーダに膝を屈することで許されている。しかし、そのブレギア軍が本国に引き揚げるや、再びヴァナヘイムへ鞍替くらがえした。


 嫡子・ドラル=ウルズに代替わりしても、そうした日和見ひよりみ主義が変わることはなかった。


 帝国東征軍がヴァナヘイム国に侵攻すると、忙しいことに、再びブレギアへの接近を始めている。ところが、ブレギア国主・フォラ=カーヴァルが病没するや、はたまた帝国へ走ったのである。



 城塞の規模、城主の所領規模から、ウルズはこの地域の中心的な城塞である。すなわち、同城塞の方針に応じて、周辺の中小領主も掲げる旗を替えてきていた。




 占領したリューズニル城塞の広間において、ブレギア軍首脳部による対ウルズ城塞攻略軍議が開かれている。


 複数の畜糞ストーブのおかげで、凍てつくような外気も室内では緩和されていた。


 若き補佐官たちが露骨に嫌な顔をするなか、宿将3人は再び正面攻撃の無理を説いていく。

「若君、この城の弱点は水の手です」


「水……」


「さよう。城内には、将兵とその家族たちを賄うほどの井戸がありません。もともと、地下水脈が豊富ではないのでしょう」


 山と谷が繰り返すこの地は、古来守りに適していた。しかし、時代とともに戦闘規模が大きくなるにつれ、城塞の総構えは拡がり、配置すべき兵卒は増えていった。


 城内の井戸では足りなくなり、新たに掘削するも満足な水源たりえず――ウルズ家の歴代城主は水の確保に頭を悩ませてきたという。



「そのため、北に広がる湖より城塞へと水路を引き込んで、不足分を補っております」


 彼は地図上、湖と城塞の間にある地点で指示棒を2回転させた。ここには水道橋が築かれており、湖から城塞内に水を流し込んでいるらしい。


 卓上に広げられた大地図を用いての老将・バンブライの説明は、誠に分かりやすい。レオンはうなずき、続きを促す。


再掲:【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



 湖と城塞を結ぶビフレスト水道橋は、8,000万個という途方もない数の煉瓦が用いられたと伝わる。


 有事には城塞内へ水をもたらす生命線となるが、二重石造りの巨大かつ荘厳な姿は、平時に訪れた者たちに、そうした役割を忘れさせた。


 石橋周りから湖畔にかけて視界が広がり、優美な風景を楽しめるのは、煉瓦を焼く際に、周辺の木々がことごとく燃料にされたという事情による。


 水道橋は、ウルズ地方の観光名所となって久しかった。


 この地を訪れた者たちは、橋上を散歩し、湖畔のレストランでマス料理に舌鼓を打った。橋をテーマに多くの名画が描かれ、絵葉書は五大陸に行き渡った。


 ちなみに、この石橋の名称はウルズ家 筆頭家臣の姓である。3代前のビフレスト家当主が、この優美な高架橋の建築を担ったからだ。



 観光・グルメに脱線したバンブライの話を、同じく宿老のブイクが軌道修正する。ウルズ城塞の攻略である。


 その昔、ラヴァーダ宰相閣下がこの城を攻略した際も、水の手を断ち半月とかからず降伏開城に導いたという。


「――それはもう、鮮やかなお手並みを示されました」

 昔日のラヴァーダは、この橋を早々に占領したという。老将たちはどこか自分の手柄のように誇らしげである。



 「ラヴァーダ」という姓を耳にした際、レオンの頬が一瞬だけ歪んだのを、ケルトハだけが気付いていた。御親族衆席の後方に列席していた彼だったが、旧友の表情のわずかな変化を見逃さなかった。


「糧道の次は水道ですか」

 たちまち、国主の補佐官たちによる冷めた笑いが場を占めた。


 レオンの心の機微をケルトハが捉えかけたものの、ハーヴァたちによる失笑によってうやむやになってしまった。



「敵も学習くらいしております。ひとたび雨が降れば、その水を確保できるような巨大な樽やかめを多数用意しているとのこと」


 何より、城塞の最大の弱点である水道橋の守りを固めていないわけがない。ドーク=トゥレムは、一つ大仰に溜息をついて続ける。


「過去のやり方では、さらに時間がかかりましょう」


 ご老人方は、リューズニル城塞攻略戦糧道を断つ作戦で2カ月も時間を空費したことをお忘れか――筆頭補佐官の両眼には、侮蔑ぶべつの光がありありと見て取れた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ビフレスト水道橋を渡り、川魚料理を堪能する――ウルズ地方を観光したいと思われた方、

宿老衆と国主補佐官衆に、少しずつ距離が出来ていると気が付かれた方、

🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「戦費負担と空手形」お楽しみに。


翌早朝より、レオン=カーヴァルは総攻撃を命じた。


ウテカ=ホーンスキン以下、御親類衆は砲弾の消費を嫌がり、緩慢な射撃が続く。


しかし、それはブレギア各隊とも共通する特徴であった。ヴァーガル河の会戦以降、連戦に次ぐ連戦……否、激戦に次ぐ激戦に、ブレギア各隊とも弾薬兵馬の消耗が著しいものとなっていたのである。

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