【4-17】 帝国正規軍との殴り合いを欲す 上

【第4章 登場人物】

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【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

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 キアン=ラヴァーダは、手にした便箋へすみれ色の視線を落としている。


 帝国暦386年3月、ヴァナヘイム領へ侵攻中のブレギア軍――この夜も底冷えに沈む宰相の天幕には、カンテラが1つ灯されている。春の到来は、まだ先のようだ。


 灯火の傍らには蓋の開いた通信筒――彼が読み込んでいるのは、子息からの手紙だ。


 帝国陸軍の検閲を経るため、挨拶と簡単な近況程度しか記されていないが、それでも帝都に暮らす我が子からの文は、何度も読み返してしまう。


 子息・ルフは二十歳を過ぎたばかりだが、帝都のオーク大学にて早くも助教の地位に就いていた。


 信じがたいことに、飛び級を重ね学問を修め終えた頃には、史学と兵法学の2つにおいて、「オラヴ」の称号を得ている。


 オラヴとは、「博士」や「学問の長」を意味し、その称号を有する者は多額の研究費の支給に加えて、租税のほか鉄道船舶運賃・関所通行料等すべてが免除された。軍籍に入れば、たちまち大佐相当官の地位となる。


 ちなみにルフは、「最年少オラヴ」の記録を十数年ぶりに塗り替えたと、帝都をざわつかせたことでも知られていた。親のひいき目を差し引いても、海を渡った我が子は偉業を成し遂げたと言って差支えなかろう。


【9-29】 最年少オラヴ

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 先日は、ブレギア国史も担当したと記されている――自分も歴史講義に登場するような年齢に至ったものか、とキアンは思わず苦笑する。


 もっとも、この白皙はくせきの宰相が半生を捧げて来た草原の国の実像とは――。



***



 領主連合国家体制を敷くブレギア。その頂点に立つ国主を便宜上、大国主とする。


 頂点と言いながらも、大国主もいち領主であり、であるに過ぎない。


 一方、領主たちも、各々の所領に戻ればそれぞれがあるじであり、小国主とも呼べる存在であった。領内では小国主の下、さらなる小国主――極小国主――である家臣たちを抱えている。


 大国主は従属する小国主たちを押さえつけるだけの物量とともに、外敵から小国主たちを守るだけの力量を常に求められた。


 2つの力を失ったとき、大国主はその資格を失い、滅び去る。たとえ生き延びたとしても小国主の並びに戻ることになった。


 そして、大国主の座には、次に力を有した小国主がとって代わる。


 ルフ=ラヴァーダによる先の講義では、「帝国式権力構造をフォラ=カーヴァルが草原に持ち込んだ」とした。


 だがそれは、海の向こうの大陸と同じく、草原の地ヘールタラでも連綿と繰り返されてきた秩序と言えよう。定住と移住といった生活様式の違いこそあれ。


【4-15】 銀髪の若者の自嘲――離合集散

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 草原の民は、押し頂く主人が彼らにとって、己とその一族を任せるに足る人物なのか、常に品定めを続けてきた。


 その判断の間違いが血族の破滅に直結するものであり、主人を見抜く眼は動物的な鋭さすら帯びていた。もはやそれは、生存本能ともいえる。


 主が頼むに足らぬ人物であれば、早々に見限り新たな従属先を探さねばならない。

それが草原のほか寄る辺のない者たちの、生き残る術であった。


 だからこそ、フォラ=カーヴァルは、己の気性とは真逆ともいえる「小覇王」の鎧を身に着けて、生涯戦い抜かねばならなかった。


【1-3】 小覇王――虚像と実像と

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【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


舟を漕ぐコナリイへ振り下ろすモイルのハリセンをルフが止める――個人講義だったとは、さすがの名宰相・キアン=ラヴァーダも知るまい、と思われた方🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「帝国正規軍との殴り合いを欲す 下」


先のブレイザ城やバルドル城攻略の折、帝国軍の背中――遠く剣を収め、旗を丸める後ろ姿――をレオンは見送るしかなかったそうだ。「戻って、我等と一戦交えよ」と、大声を出したい衝動にさいなまれながら。


目前で足を止めるや、さっさと引き揚げていく帝国軍を眺める度に、レオンとしては切歯扼腕せっしやくわんの想いに震えていたのだろう。

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