【4-16】 銀髪の若者の自嘲――留学生

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

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「ブレギアより参りましたルフ=ラヴァーダと申します。よろしくお願いします」


 そこは、幼年学校とはいえ最高学府の系列――帝国貴族の子息子女が多数だった。学年は年齢ではなく入学年でくくられ、数歳の差はあるだろう男子・女子が同じ学級に机を並べている。


 女子おなごじゃない……のか。

 銀髪きれい……ゴホン、あの白い外套マントは何?ダサい。

 せがれが何で帝都に来んだよ。

 草原に帰れよ野蛮人が。


 だが、いくら治外法権の学び舎とはいえ、草原の国からの留学生は、冷笑・失笑をもって迎えられた。


 基礎学力からして群を抜いており、記憶力において他を圧倒した彼は、入学早々あらゆる科目にて成績首席を独占する。それでいて、ちょっぴり運動は苦手。


 何より、女子に見まごうばかりの容姿とあっては、クラスの中心人物たちから目を付けられないはずがなかった。田舎者が調子に乗りやがって、と。



 ――売り切れている。

 昼休み、売店でルフは途方に暮れていた。棚という棚には、パンの姿形もない。ビスケットなどの菓子も完売だった。


 こんなことなら、ネエヤの作ってくれたお弁当を持って来るんだった、と後悔しても遅い。三重箱が大きすぎてとても食べきれないよ、と下宿先に置いてきてしまったのだ。


 ネエヤは、さめざめと泣いていたけど、そもそも重すぎて学びまで運べないとあっては、仕方なかろう。



 こうした事態が数日続いた。だがそれは、貴族子弟たちによるパンの買い占め――自分に対する嫌がらせであることに気が付くまで、さして時間を要さなかった。


 ルフは昼休みの間、空き教室でひっそりと書物を読むようにしていた。北原からの蛮族とさげすむ声や視線を避けるようにして。


 ところが、その日の昼は廊下に級友たちがたむろしていたことで、ルフは空き教室から戻れずにいた。自分を指しているであろう悪口で、彼等は相当に盛り上がっていたため、出るに出られなくなったのだ。


 昼休憩終了の予鈴が鳴って、ようやく級友等は歩み去った。ルフも空き教室を抜けると、そこには大きなゴミ箱が置かれていた。


「……」

 そのなかを見て、ルフは事情を理解する。


 そこには、たくさんのパンが捨てられていたのだった。すべて手つかずのままだった。



 ネエヤ手製のお弁当は、一向にダウンサイジングする気配がない。風邪気味の自分を気遣って、さらに果物などを付けるから、重箱群はいよいよ弁当の領域を超えつつある。


 作り手に、校舎まで運んで欲しいと願い出てみたが、足腰の鍛錬のため自分で運びなさい、という。


 こん棒のような腕を見せつけながらは付け足す――甘やかしていては、ラヴァーダ宰相お父様に叱られます、と。


 教科書をすべて下宿先に置いてくれば、三重弁当を持ち運べなくもなかった。しかし、腕の疲労ひどく、1限の講義はペンが握れないという弊害が生じた。


 朝食を多めに食べて来ることも試してみたが、朝からフルコースをたいらげないとなのかと聞きたいくらい、ここでもネエヤが張り切ってしまう。



 今日も昼食抜きかぁ――腹の音で羞恥と悲哀とがうやむやになる。


 途方に暮れたルフは、空き教室に移動しながらも、本を開かずしてそのまま机に突っ伏し、眼を閉じることにした。昼寝をすれば、いろいろと考えなくて済むかもしれない。


「……ッ」

 銀髪の少年は、鼻先に良い匂いを知覚した。夢だろうか――それにしては甘くそれでいて香ばしいかおりは、リアルである。


 すみれ色の瞳を開くと、そこにはベーコンサンドがあった。


 黒髪を七三に分け、縁なし眼鏡をかけた生徒が、無言のままそれを差し出している。


 確か、クラスメイトのファーディア=モイルさんだったか。「これを食べろ」ということなのだろう。


 ――いただきます。

 ルフは、小さな口をもって、それへかぶりついた。遠慮がちに。


 ベーコンと葉野菜を挟んだだけのシンプルなものだったが、これほど美味しいサンドイッチを咀嚼そしゃくしたのは、初めてかもしれない。


 少年は銀髪を揺らし、ガツガツと食べ進めていく。じんわりと浮かんでくる涙は、押しとどめようもなかった。


 モイル生徒の指まで噛んでしまったのだろう、さすがに彼も手を引っ込めていた。

 


 昼食時以外でも、モイルはいろいろと手を差し伸べてくれた。特に、運動が得意ではないルフにとって、体育で2人組を作る際、パートナーになってくれるのはありがたかった。


 彼のおかげで、帝都留学1年目を無事に過ごすことができたと言っても過言ではない。


 寡黙で無表情――何を考えているのかよく分からないモイルは、学級で独自のポジションを許されていた。そのなかに入ることを許され、ルフはひと息つくことが出来たのだった。


 周囲の反応は変わっていった。同じ他国からの留学生たちが、少しずつルフの下に集まり始めたのである。


 勉学の面では、周囲の生徒を一掃するほどの成績を残していったことで、彼に試験対策を乞う者が後を絶たなくなった。



 もう大丈夫だ、と言わんばかりに、七三眼鏡の生徒は翌年には学び舎から姿を消した。


 モイルが帝国陸軍幼年学校へ転籍した――ルフがそれを知ったのは、しばらくしてのことである。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。

帝都に渡り、心労多かったルフが、モイルのおかげでどれだけ救われたか……感情の起伏が少ない2人から読み取っていただけた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


銀髪の若者の乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「帝国正規軍との殴り合いを欲す 上」


キアン=ラヴァーダは、手にした便箋へすみれ色の視線を落としている。


帝国暦386年3月、ヴァナヘイム領へ侵攻中のブレギア軍――この夜も底冷えに沈む宰相の天幕には、カンテラが1つ灯されている。春の到来は、まだ先のようだ。


灯火の下、彼が読み込んでいるのは、子息からの手紙だ。

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