【4-15】 銀髪の若者の自嘲――離合集散

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

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 ルフ=ラヴァーダは、オーク大学の研究室にて、個別授業用のレジュメを作っている。


 来週は、帝国宰相の御令嬢に、彼の故国の成り立ち――ブレギア国史を講義する予定だ。


 草原の国の歴史について学びたい、と令嬢の方から希望があったからだ。



***



 ブレギアは、帝国からの亡命者たちによって生まれた国家である。


【1-3】 小覇王――虚像と実像と

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330657005975533/episodes/16817330661486008861



 帝国での権力闘争に敗れた先代・ファラ=カーヴァルたち――彼等が草原ヘールタラに持ち込んだのは、形こそ小規模なれど帝国と同じ各領主による連合国家であった。


 ところが、その権力構造そのものは、騎馬民族にさしたる抵抗なく受け入れられた。ヘールタラの地で連綿れんめんと繰り広げられてきた生存競争と、根底のところでは大差はなかったからである。



 有史以前、定住の地を持たない遊牧民たちとはいえ、一族の切り盛りに成功した強き一族・富める一族が、草原の各所に生まれていった。それらの傘下に、弱き一族・貧しき一族は、時に力ずくで組み込まれ、時に自主的に膝を屈していった。


 そして、膨れ上がった強き一団と富める一団は、家畜を育む未踏の草原をめぐって、時に武力で衝突し、時に毒殺の応酬を繰り広げた。


 敗れた一団は即座に、勝った一団も長くは続かずに瓦解した。離散微塵みじんとなった者たちは、別の一族を頼り、再び強き一族・富める一族が生まれていった。


 強き一団は、草原にとどまらず、隣国のヴァナヘイム、シイナの領域をかすめ取るほどに勢力を拡張することもあった。両国の反政権側と手を結び、現政権を脅かすことも度々である。


 度重なる侵攻に頭を悩ませたシイナ国は、石造りの関所を連ねた建造物――長城でそれを食い止めようとしたほどだった。その総延長は、3,000キロを超えたそうな。


 しかし、騎馬民族は気まぐれだ。国家的土木工事が完成する前に、一団は瓦解していった。


 長城は現在も一部はその姿を保っており、帝国暦384年にシイナ国がブレギア領侵攻を企てた折にも、登場している。


 もっとも、ブレギア宰相・キアン=ラヴァーダによる逆撃の前に敗走したシイナ軍が、からくも長城へ逃げ込んでいることについては、割愛しよう。


【4-4】 宣伝効果

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 騎馬民族による離合・集散は、千年以上という途方もない月日の間、イーストコノート大陸北限の地で、飽きもせず繰り返された。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

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 時代は下り、いまから200年ほど前――茫漠ぼうばくたる大海原を越えて、帝国という名の整理された権力がこの大草原に届くようになる。すると、それまでも一応は存在した街道・都市の輪郭が色濃くなっていく。


 諸都市を通じて、中央経済圏への接触が容易であることが分かると、要領の良い者は、遊牧生活を捨て、諸都市の周囲に定住し、その近郊で放牧を営むようになる。


 草原が育む軍馬の精悍せいかんさに魅せられた帝室も、この地に官吏を送り込み、御牧みまき(帝室用達の場)まで設けていく。



 草原での生存競争は、やや複雑味を帯びた。


 古くからの遊牧を続ける者、遊牧を捨て都市近郊で放牧を営む者、帝国という新鋭の秩序と兵器を持つ者、三者による離合・集散・衝突が繰り広げられていく。


 生存競争は、科学力と物量と老獪ろうかいさを有する帝国が、次第に優勢に進めていく。そして、帝国中央政権の代理人として、草原での競争を有利に進めたのが、カーヴァル家であった。


 ヘールタラの民の了承などなしに、帝国本土ではカーヴァル家に、草原の土地への搾取さくしゅ権と人民への生殺与奪権が与えられた。もちろん、中央への毎年の捧物を義務付けられた上で。



 それからさらに数十年の年月が過ぎた。


 帝室による御家乗っ取り工作の末に、カーヴァル家の養子として、時の皇帝八男が送り込まれる。その頃には、遊牧の民よりも定住放牧の民が多数を占めるようになっていた。


 第八皇子・フォラ=カーヴァルが、帝国と同じ領主たちによる連合国家体制を持ち込んだ時には、ヘールタラの地には、その下地が出来ていたと言えよう。



***



 ――嗚呼、いけない。


 1回の講義分としては、また内容過多になってしまったようだ。


 これでは、御令嬢が、また舟を漕いでしまう――口をわずかに開けて金髪を前後に揺らす様子はとても可愛らしいのだが。


 背後に立つ世話役の七三眼鏡は、主人を起こすのに手段を選ばないから心配だ。


 先日は、どこからともかくシイナ国発祥の大きな扇ハリセンを持ち出してきた。慌てて止めたものの、あのまま振り下ろしていたら、御令嬢の金色の頭はもげていたかもしれない……。



 ルフは、その七三眼鏡の男に思いをせる。


 ――モイルさん。

 


 銀髪の若者は、羽根付きのペンを脇に置いた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブレギアの国の成り立ちについて、コナリイと同じように眠くなってしまわれた方、

🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


銀髪の若者の乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「銀髪の若者の自嘲――留学生」


「ブレギアより参りましたルフ=ラヴァーダと申します。よろしくお願いします」


女子おなごじゃない……のか。

せがれが何で帝都に来んだよ。


そこは、幼年学校とはいえ最高学府の系列――帝国貴族の子息子女が多数だった。いくら治外法権の学び舎とはいえ、草原の国からの留学生は、冷笑・失笑をもって迎えられた。

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