【4-9】 杯と愚痴と 上

【第4章 登場人物】

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 帝国暦386年2月16日、レオンの2代目国主就位に伴う儀式は無事に終わった。

 

 だがこの頃、先代・フォラ=カーヴァルが抜擢した古参の重臣たちと、同じく先代が子息の下につけた若い親衛隊――両者の対立は、決定的となっていた。


 前者――ブレギア建国前から前国主を支えてきた宿老衆――の名前は、エルドフリーム攻略後から遠征軍リストのなかに見られなくなりつつある。


 戦場では慎重論ばかり口にする老人たちが、後者――新国主の補佐官衆――にとってわずらわしくなったのだ。


【3-28】 煤けた鍋

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「戦場の寒風がお体にさわりますゆえ」

 ジジイどもは大人しく留守番していろ――筆頭補佐官・ドーク=トゥレムの言葉に、宿老たちを労わる気持ちなど伴っていない。



「ろくに国元へ将兵を戻さず、連日出兵を繰り返すとは」

「民の暮らしを知らぬ愚行よ」

 クェルグ=ブイク、ベリック=ナトフランタルは、首都ダーナの酒場で、杯と愚痴を交わしていた。


 さすがに2月末の大号令には、彼らも召集されたものの、後方の予備隊配置であった。


「若造どもが、いくさを何だと心得ておるのか」

「まるで駒取りゲームか何かをしているつもりのようじゃ」

 老将2人の自棄酒やけざけは、連日のように続いていた。馬乳酒を喉奥に流し込んでは、補佐官衆への悪罵ばかり吐いている。


 シイナ国侵攻に備え、東のトゥメン城塞にて国境警備の任に就いたままのボルハン。与えられたばかりのエルドフリームの統治に忙しいブルカン。


【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章

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 宿老衆のうち首都不在の「ブレギアの双璧」は、当然のことながら戦友同士の飲みの場に参加できない。(寡黙なボルハンが参加しても、愚痴の吐き出し合いに役立つかどうか不明だが……)。


 任務に忙しい2人はともかく、バンブライ父子も、そうした酒席には顔を出さなくなっていた。彼等は帰国後、隠者のように首都の自邸に籠るようになってしまったからだ。


【1-24】 寂しさと嫉妬と

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 陽が傾き、飲屋には多くの酒客が集いだしていた。背の低い丸テーブルを囲むようにして、若者たちは片膝を立てて座り、杯をあおる。


 この草原の地は、帝都・ターラから大海を渡り北西へ進むこと8,000キロ先に位置し、その風習は中央のそれと大いに異なる。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

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 ブレギアは、帝国からの亡命者によって建てられた国家であるが、その生活様式は、草原の民としての風習も色濃く残っていた。この国では床に絨毯を敷き、その上に直接すわり、食事をとるのである。



「新しい国主様は期待できるな」

「レオン様についていけば間違いない。戦うこと敵なしだ」

「ヴァーガル河では、帝国軍のまっただに単身乗り込んだそうじゃないか」

「何たって、あのエルドフリームを落としたんだぞ」

 若者たちの卓からは威勢の良い声が飛び交う。


「ただでさえ忙しい春先にまた出兵か」

「なんの!息子の分もまだまだワシが働いて見せる」

「うちの婆さんも寝てる場合でねぇと、また馬の世話を始めたぞ」

 年配者が囲う卓も、10歳以上若返ったかのように快活な笑い声が飛ぶ。


 凍てつく外気など嘘のように、店内は活気と熱量に満ちていた。この国の将来は明るい。


 横並びの席に小さく座る2人の老将を除いて。


「……」

 ブイクは無言のまま杯を置いた。


「……出るか」

 ナトフランタルは自分に聞かせるように呟いた。



 卓上に小銭を置くと、2人は静かに酒場を後にした。


 店主の御礼の言葉も、心なしか冷たいように感じられる。再来店を促す言葉は続かなかった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


老将たちの居場所がなくなりつつあることに気が付かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


バンブライやブイクたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「杯と愚痴と 下」お楽しみに。


「こんなことであれば、先代が身罷みまかられたとき、わしもお供つかまつるべきであったのう」


「この国は、帝国やシイナに挟まれ、1日たりとて寧日ねいじつはございません。ブイク将軍の力がなくては困ります」


父親のような年齢の宿将たちに対し、ラヴァーダは役職地位に関係なく敬語を使う。この秀麗な宰相は、老将たちの存在がなければ、自らの戦績は残せなかったものと痛感しており、敬服の念を常に持ち歩いているのだ。

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