【1-24】 寂しさと嫉妬と

【第1章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330660761303801

【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

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 宿老衆筆頭・アーマフ=バンブライは、子息・スリーヴとともに、まだ床に就いていないようだった。


 親子とも略式軍装のまま、若き主君たちを幕内に招き入れた。


 小さな天幕である。レオン一行が幕をくぐると、やや息苦しさを覚えるほどであった。


 幕内には、小さなテーブル1脚に椅子2脚、簡易ベッド2台、それに使い古された木炭ストーブ1基――父子の性質を表現するかのように、質朴しつぼくかつ武骨な調度品が置かれていた。


 テーブルには、先ほどまで読んでいたのだろう、表紙の汚れた兵法書とランプが置かれている。


 老将軍の長男は、ストーブの上からすすけたケトルを外すと、銅製のカップにお湯を注いだ。そして、口元に微笑をたたえながら、深夜の訪問者たちにそっと手渡していく。


 香ばしい珈琲の香りが、若者たちの鼻腔をくすぐった。



 帝国後方軍が動くとの報を聞かされるや、バンブライは垂れ気味の目をわずかばかり大きく開いた。白い眉も同時に上下する。


「さすが若君、よくぞ敵の動きを察知されましたな」


「……ラヴァーダが、斥候騎兵を預けてくれていたから」

 レオンは老将軍から目をそらし、つぶやくようにして応えた。


 バンブライはレオンの剣術指南役である。しかし、レオンが師事するよりずっと昔に、彼は父王によって見出された。


 若君の歳に倍する年月を、先代国主・宰相とともに歩んで来たのである。その長い年月において、彼等の間でつちかった親交、築かれた信頼の厚さは測り知れない。


 ゆえに、幼き頃・剣さばきのみょうを、そして今日こんにち・索敵の妙をバンブライに褒められても、父王や宰相に複雑な思いを抱くレオンは、素直に喜ぶことができない。


 まして、索敵には宰相の手助けがあったとなれば、なおさら――。


「さようでございましたか、宰相が……」

「さすがでございますなぁ、父上……」

 老将とその息子は、かみしめるようにしてうなずいている。


 このやり取りだけで、質朴な親子がラヴァーダへ寄せる信頼の厚さ――それが十分すぎるほど伝わって来るではないか。


 幼いころより蓄積された寂しさと嫉妬とが織り成す感傷――それが、胸の奥に湧き起こるのを、レオンはいやというほど感じざるをえなかった。



 動き出した帝国軍後詰ごづめの意図について、若者たちの間で導き出した推論――それを、レオンはバンブライに披露した。


「おそれながら、それがしも、皆様方と同じ推察をいたします」

 老将も静かに断言する。後方の帝国軍は、旧都・ノーアトゥーンへ引き揚げると見せかけつつ迂回うかいし、ブレギア軍の左翼を狙うのだろう、と。


【11月6日3時】ヴァーガル河の戦い 地図③

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330669097651566



「そうか……」

 胸の奥に生じた感傷を封じながら、レオンはほほのほころびを殺すことに失敗した。


 筆頭補佐官ドーク=トゥレムの知恵とはいえ、用兵面の思考において歴戦の勇将に賛同されるのは、やはり嬉しいものなのだ。


「闇夜の迂回に成功した敵の大軍が、我が軍の最左翼側面を狙い、ヴァーガル河を渡ってくるのも、そう遠いことではありますまい」


 若君と補佐官たちは、この小さな天幕ではじめての同調者を得た。たったの2名だが、宿老衆いち・理知的な父子の賛同ほど、心強いものはない。


 レオンは、愁眉しゅうびを開く思いだった。



 しかし、目の前の老将軍の顔は晴れない。

「……問題は、外ではなく内にあります」


「うち?」


「はい。帝国軍への対処法を提案したとしても、御舎弟ごしゃてい……ジャルグチ様以下、御親類衆の皆様が、素直に応じるとは思えません」


「……」


「それでは、どのような作戦を立てても無駄です」


 バンブライは、兵法書を手に取るも開かない。節くれだった指で表紙を撫でながら言葉を紡いでいく。


「敵はここまで見事な部隊移動をやってのけるほどの指揮官です。我らが足並み揃わぬ状況では、歯が立ちますまい」


「敵の指揮官が、誰だか分かるか」


「おそらくは、先ごろまで東部方面征討軍の総司令官を務めていた人物――ズフタフ=アトロン大将かと」


 後詰の兵馬が到着した折、そこに「コガネムシ」の旗印がひるがえっていたと聞く。帝国の名門・アトロン家の紋章である。


 アトロン何某なにがしとは、帝国軍最古参の将軍であり、バンブライはその長い戦歴において、何度か彼の部隊と干戈かんかを交えていた。


 そして、その都度、の人物が繰り出す用兵の妙に舌を巻いてきたという。



 老将は書物を脇に置いた。そして、腰を労わるようにして背中を伸ばしてから続ける。


ブイク・ナトフランタル左翼を担う戦友たちを見殺しにするわけにはまいりません。かくなる上は、やや乱暴なやり方となりますが……」


 若者たちが身を乗り出す。



 ストーブの薪が大きな音を立てた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


バンブライ将軍の物静かな様子が好きな方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「塵間のコガネムシ」お楽しみに。


「西進は擬態ぎたい……彼らの狙いはヴァーガル河を下り、我が軍の最左翼をやくすところにあると思われる」


甥に言葉を遮られた叔父は、不快そうにあばた面をゆがめる。


「レオン殿はまだ若い。軍事に関しては我々の采配を学ばれるとよかろう」

ウテカは大儀そうに老眼鏡を外すと、甥に向けて言葉を投げつけた。小僧、これ以上しゃべるな、とばかりに。

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