01:最後の召喚士(Ⅱ)


広場は毎週ルベルの日に行われるルベルマルシェで人がいっぱいだった。

魔法を操って飴細工を作るパフォーマーの人、地面にシートを広げてそこにアクセサリーを並べる商人、訪れる人たちを勧誘する宗教家の声。


ルベルマルシェは週に1度行われるため顔見知りのお店もいっぱいあるけれども、それでも初めて見る不思議なお店もいくつかあって目移りしてしまう。

特にぼくの目にきらきらと輝いて見えたのは龍人が沢山住む国ザラーム帝国で作られたと書いてある『ショーユ』や『ミソ』『スイートチリ』だ。


「ザラーム帝国って独自の文化が発展してるんだよね……」


その上南北に大きく広がっているため、南と北では料理の種類が全然違うらしい。

しかも他の国の料理とはかなり変わっているため、纏めて『宝卓ほうたく料理』と呼ばれることが多い。


目の前に並ぶ液体のラベルには『ウスクチショーユ』『タマリショーユ』『ナンプラー』などと聞きなれない単語が共通語の草花そうか文字で書かれており、瓶詰の方は『トーバンジャン』『アカミソ』『コチュジャン』『ゴマミソ』と聞いたこともないものが詰められていて見ているだけでワクワクする。


「どんな味でどんな料理に使われてるんだろ……。図書館にレシピ本あるかな?

 試しにどれかちっちゃいの買ってみようかな……」

「おや、坊ちゃん料理好きかい?それだったら鰹節とか大葉なんかもお勧めだよ」

「カツオブシ、オーバですか?」


屋台で店番をしていた龍人の男性がぼくの独り言に反応して別のものも勧めてくれた。

どっちも黒龍族の地域で食べられる食材で、カツオブシっていうのは木屑みたいになった魚で、コンブっていう固まった海藻と一緒にとったダシが黒龍族の地域の料理――『和食』の基本となるらしい。

大葉っていうのは独特の爽やかさを持つハーブの一種なんだとか。


「この国に近い場所――北の方は寒い辛い料理が多くて、初心者は麻婆豆腐とか取っ付きやすいかな。中央はちょうどいい気候だし和食が主だった料理なんだけど、色んな文化が入ってくるから美味しいご飯を魔改造しがちなんだよね。南の方は暑いから爽やかでスパイシーな料理なんだけれどその料理に使うパクチーが今回売り切れちゃったんだよ。すまないね」

「人気商品なんですね」

「いやー。おじさん的にはパクチー苦手なんだけど、好きな人にはたまらないらしいよ」

「へぇ……!」


今度来た時にあったら買ってみよう!と思いつつおすすめされたカツオブシとコンブそれにショーユとミソも購入した。

おすすめはミソシルで、ダシにミソをといて海藻を入れると美味しいらしい。

ショーユは塩焼きした魚にかけて食べるとたまらないんだとか。


思ったより色々買ってしまったけれども、これで料理の幅が広がると思うと顔のニヤけが止まらない。

他にも面白そうな調理器具とか、美味しそうな野菜が売っていないか見に行こうとしたら、ぐっと肩を引っ張られた。

よろけつつ籠を抱えたまま振り返れば見知った人が居て思わず顔が強張る。


「随分と楽しそうだな、スフィル」

「ジークくん。それに皆……」


思わず俯けば、彼らのニヤニヤする気配が何となく伝わってきて嫌な気持ちになった。

僕に声をかけてきたのは5人。

その中でもリーダー格なのはジーク君。

ぼくより1つ年下なのに中級魔法まで使える凄い子だ。

頭もよくて困っている人をよく助けているから街の人達から好かれている。

ぼくみたいなバッドアップルの子にも平等に優しくしてるなんて、偉い子だと皆はう。

けれども、ぼくにとっては怖い人だ。


「丁度会いたかったんだ。向こうで話せるよな?」

「……う、うん」


嫌だ。本当は行きたくない。

持っていた籠をぎゅっと握りしめる。

けれどもここで逆らえば後で何されるか分からないし雇ってくれているバルドリーノさん、それに住まわせてくれている大家さんに迷惑かけたくない。


重たい体を引きずって云われるままマルシェから外れて裏通りへと進んだ。

裏通りはお日様が届かないから、あんなに暑かったのにここはひんやりしていた。

広場の賑わいも妙に遠く静かに感じるし、3階建ての建物に挟まれている所為かそれとも道幅が狭い所為か物凄く圧迫感がある。

他の子が表通りへの道を塞ぐように立ち塞がり、思わず緊張から体に力が入った。


「そう緊張するなよ」

「……!」


ぽんと手を置いて、親し気に話しかけるけれども

ジークくんの目は冷ややかで、口元は嫌な笑いかたをしている。


「なあ、スフィル。どうせ今日暇なんだろ?だったら俺達と遊ぼうぜ。

 マルシェに行って立ち食いして、その後で魔法の稽古。……な?楽しそうだろ」

「……っ」


前もこんな事があった、バイトしてるからって皆の分を払って魔法の稽古だって、お前に打ち込んだら魔力が溜まって使えるようになるかもしれないって云って、痣が残るくらい当てられた。


(怖い……嫌だ……)


今日もそんな日になるのかな。

久々にマルシェに被ったお休みの日。

バッドアップルなのにちょっとワクワクしていたから罰があったのかな。


(でも、嫌だよ。助けて、誰か……)


バッドアップルを進んで助ける人なんていないと分かっていても心の奥底で助けを求めてしまう。

強張った顔で縮こまるみたいに体に力が入ったのが気に食わなかったのかジークくんが舌打ちをする。


「おい、ジークがバッドアップルなんかに声かけてやってるんだぞ」

「返事くらいしろよ」

「まあ、お前なんかに拒否権ないけどなー」


けらけらと笑う声が嫌で逃げ出したいのにその後他の人に迷惑が掛からないか、後で酷い目に合わされないか怖くて足が動かない。


暫く罵られるぼくを見ていたジークくんだけれど、じれったく思ったのか

急に人差し指をぼくに向ける。


「『雷の精霊に命ずる。古の契約に基づき雷光の理を紐解けTi: fulgur』――」

「っ!!」


あれはジークくんが得意にしている雷魔法の呪文だ。

何度も経験した痛みを思い出して体が震える。

雷の精霊が反応しているのか、周囲にバチバチとなる音と共に、青白い光が瞬く。

怖がるぼくと一瞬目が合ったジークくんはにやにやと笑った。


「『電気のvis electrica』――っ!?」


それは一瞬の事だった。

雷魔法が完成する前に、何故か上から人が降ってきて、ジークくんを蹴ったのだ。

何が起きたのか、その場にいた誰もが理解できなかった。


降ってきたのはまだ子供で、ぼく達とそう年齢が変わらないと思う。

缶バッチをつけたキャスケットが落ちないように帽子を押さえていたその子は立ち上がるとニヤリと笑った。


「わりぃ、わりぃ。オレ足癖悪いんだよなー。思わず蹴っちまった」


まるで悪びれていない中性的な声に見合った中性的な顔立ち。

深い森みたいな色の髪は肩口で切りそろえられていて、左目の下に泣きボクロがあるけれどもそれ以上に蜂蜜色の目が楽しそうな光を帯びていて、そこに目が引かれてしまう。


(知らない子だ……)


見たことがないからこの辺の子ではなさそうだし、カーゴパンツに海竜を模っているぽい青色の民族衣装、白い上着を腰に巻いていて足元は赤いスニーカーと独特な格好をしているから居たら目立ちそうだ。


(それになんでだろう。キラキラ光ってる気がする……)


物理的にではないけれども、キラキラしていてその子から目が離せなくなってしまうような不思議な感覚。

ぼんやりとするぼくとは違ってはっとした、ジークくんはその子を睨んだ。


「お前、誰だ!!」

「それな!めちゃアニメの三下っぽい台詞だぜ!!」

「は!?」

「お前、いきなり現れてジークに向かって何云ってんだ、生意気だぞ!!」


怒った他の子が殴りかかってきたのを、ひょいっと避けてよろめいたところを

とんと背中を押して転ばせた。

その間にとびかかってきた子の下をくぐり着地したのを狙って横から軽く押して転ばせる。

最後の2人はその辺にあった棒や廃品で出ていたっぽいフライパンを持って殴りかかるけれども2人共足払いをして転ばせた。

皆あの子に触れることも出来なかったし、凄く手加減されてるし全く相手にされていない。レベルが全然違う……。


ぼんやりとその光景を見ていると、ふとその子と視線が合った。

その瞬間にっと向日葵ひまわりを連想させる笑顔を浮かべて、ぼくの手を引っ張る。


「ほら、ぼーっとすんな!つっ走れ!!」

「えっ!?えーーー!?」


引っ張られるままに足を動かす。

もつれそうにならないって事は、多分ぼくの走るスピードを考えて調整してくれているんだと思う。

この子1人だったらあっという間にいなくなれるんだろうけどぼくと一緒に走っているから後ろから怒号がどんどん近づいてくる。

その度にその子は近くにあったゴミ箱を倒したり進路を変えたりして時間を稼いでくれた。


何で助けてくれるの?君は誰?

聞きたいことはいっぱいあるけれども、この子が一生懸命助けてくれることに答えたいからとにかく足を動かすことに集中する。


「お、あったあった。ここの隙間な。行くぞ」

「あっ。はい」


たどり着いたのは隣が料理店の細い通路で、5mくらいにわたって木箱が置かれている。

恐らく仕入れた材料が入っていたもので、後で回収しに誰かが来るんだろう。

人1人分がやっと通れる程度の隙間を残し、通路がほぼ塞がれている。

先に進み始めたその子の背中を追うようにしてぼくも後に続く。

ちょっと横歩きしないと歩きにくいほどの隙間で、途中完全に塞がってる!と思ったら屈めばなんとか通れそうな隙間が空いていた。


「ここ抜けたら表通りに出られるぞ」

「はっ、はい!」


後ろでは人1人分くらいの隙間しかないからジークくんとその友達は荷物が邪魔になって足止めをくらっていた。

きっとこの子はこれを狙っていたんだろう。

急いで潜り抜けると目の前に手が差し伸べられる。

ぼくより少し小さな手を取ると、思ったよりも力強く引き寄せられてびっくりした。


「よっし、行くぞ!!あとちょい頑張れ!」

「わっ、分かりました……!」


これで逃げ切れる、そう思った時後ろから何かを呟く声と共にバチッと聞きなれた音がした。

振り返ったらジークくんが今まで見たことのないほど真っ赤になって怒っていて大きく口を開いて呪文を唱えていた。

それに比例するように、時々手元から雷みたいな光が瞬く。


何回か見たことがある、あれはジークくんが使える中で一番強いって云ってた魔法。

――中級魔法だ!!


「危ない!!」


気が付けばぼくは、一緒にいるその子を庇おうと飛びついていた。

ぼくの声で振り返ったその子は驚いたように目を見開く。

けれども一瞬で目を鋭くすがめると、その目が一瞬青く輝いた。


「なっ!?なんで、魔法が……!?」


後ろでジークくん達が驚く声と共に、その子に軽々と抱き止められてしまった。

振り返ると中級魔法は発動していなかった。

頭に疑問符を並べるのはぼくだけではないようでジークくん達も理解できなくて焦っているようだった。

そんな中ぼくを助けてくれたその子が呆れたようにため息をつく。


「お前らなぁ、さっきは見逃してやったけど許可されてねえ一般市民の攻撃魔法は普通自警団の説教部屋行きだ。表通り付近で中級魔法とか死傷者が出たら取り返しがつかねえんだぞ」


云われた重みにジークくん達は苦い顔をして押し黙った。

そうなんだ、普通の人って攻撃魔法を使っちゃ駄目なんだ。

そういうのは学校とかで習うんだろうけれども、知らないぼくは思わずぱちぱちと瞬きを繰り返してしまう。

もしそうならこれに懲りて痛いことをするの減ってくれたらいいなって小さな希望が芽生えた。


そんな気持ちにひたっているとジークくんの後ろの路地裏からこっちに走ってくる音が聞こえてくる。

狭いし何かと音が響くんだよねぇなんて呑気な事を考えていたけれども現れた人を見て思わず凍り付いた。


やってきた人は黒髪に銀色の目、どちらも黒龍人の特徴なんだけど問題はその恰好。

きっちりと着た白いトレンチコートに腕章。

犯罪者を捕まえたり、場合によってはその場で極刑が許されていたりする人々。

世界最高法律機関メルア、その執行部--カルマの制服だ。



――執行部、またの名をカルマ。

どの国にも属さない中立組織、世界最高法律機関の部署の1つで世界規模の事件の捜査や冒険者では手に余るモンスターの討伐を請け負っている人たちだ。

その地域の自警団よりも上の権限を持っている精鋭でもあり事件があった時は心強いんだろうけれども、どうしても投獄されるとか場合によってはその場で殺されるかもしれないってイメージが強いからその制服は尊敬よりも畏怖の念が強い。


たぶん悪いことなんてしてないけれど、バッドアップルのぼくも固まる。

けれども法律に違反していたっぽいジークくん達はそれ以上に硬直しているし青ざめている。


あと数メートルまで執行部の人が近づいたとき、ひっと喉の奥から引きつった声を出してジークくんが尻餅をついた。

その場にいた誰もがそのまま捕まると思ったけれども彼はさして苦労した様子もなく、とんっと地面を1度蹴ると障害物を軽々と飛び越えてそのままぼくの前に着地した。

その表情はムッとしていて、何故か怒っている。


(ぼく、何かしちゃった……?やっぱり孤児でバッドアップルだから?それともやっぱりこんな変な目の色だから?)


考えれば思い至る節がぽんぽん出てきて不安になる。

執行部の人はそのまま右手を高く上げた。


(ぶたれる……!!)


思わずぎゅっと目を瞑ると、隣からすぱーん!と良い音が聞こえた。

え?と思って薄目を開けると、帽子を押さえてあの子が蹲っている。


「痛ってーな!何すんだよ柳沢!!」

「それはこっちの台詞だ!聞き込みの最中に急にいなくなるな!こっちがどれだけ探したと……。極秘任務中だってこと忘れたのか!?」

「……え?」


極秘、任務中……?

そう云えば同年代っぽいのに、ぼく達と運動神経とかが全然違っていた。

それに考えたくないけど、その腰には白い上着が巻いてある。

嫌な予感に身を震わせると、柳沢と呼ばれていた執行部の人がじろりとその白い上着を睨んだ。


「しかもまた制服腰に巻いてるのか。……あー、これ袖部分皺になってるぞ。アイロンがけするのどれだけ大変だと思ってるんだよ」

「仕方ねーだろ、あちーんだから」

「上着を別のにすればいいだろ」

「これはオレら海竜守の誇りだっつってんだろ!あといつもいつも口うるせー!お前はオレのオカンかよ!?」

「俺のお小言が多くなるのは、お前が隊長の自覚を全然養えてないからだ!」


近いはずなのに意識の遠くで云い合いが聞こえる。

ああ、やっぱりこの子は執行部だったんだ。

助けてくれてありがとう、って云わなきゃいけないのに怖くて足が後ろに下がる。

それに気が付いたのか、すっと蜂蜜色の目がぼくを捉えた。

かと思えば一瞬でぼくの手をとる。


「それよか柳沢!スフィル・レファルゼ、ゲットだぜ!」

「……え」


向日葵みたいに明るくにぱっと笑うその子とは裏腹にぼくの表情は死んだ。

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黄昏の月 黒宮ヒカル @tokeiusagi-no-mayoiyado

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