黄昏の月

黒宮ヒカル

01:最後の召喚士(Ⅰ)



――ヒュゥウウウウゥウウ

――ゴゥウ……ゴゥウウ……


ぜえぜえと荒い息を吐きながら、ぼくは虹色の砂漠を彷徨っていた。

苦しくて喘ぐように呼吸するけれども、入ってくるのは砂埃ばかりで余計に息が苦しくなって朦朧としてくる。

耳元でなる風の唸り声があまりにも酷すぎるから、頭がガンガンして痛い。

目の前も砂嵐が酷くて見通しが効かないし、目を開ければやすりで擦られるみたいに痛んでまともに開けていられない。


ぼくは今日も何故か虹色の砂漠を彷徨う夢を見ていた。

きっと晴れていたら綺麗なのに、いつでもここは叩きつける様な砂嵐だ。

そんな砂漠にどうしているのか、なんでいつもこの夢を見るのかわからない。

けれどもぼくはいつもここで大切なのに失くしてしまったものを探している。


具体的に何かって聞かれたら分からないけれども、無くしてしまうと不安で泣きたくなって、ぼくがぼくじゃなくなってしまうような。

そんな漠然とした不安に襲われてしまうような……そんな大切なもの。

それを探してぼくは今日も夢の中を彷徨い続ける。


「……!」


今、何か聞こえた気がした。

音じゃないけれども呼ばれた気がした。

思わずそっちの方を向く。間違いない、絶対あっちにある。


砂嵐が拒むように酷くなっている。足が余計に砂に埋もれていく。

もつれ転び不格好でも必死にそこへ辿り着くとぼくは倒れる様に膝をついてその場を一心不乱に掘り進めていった。


掘っても掘っても風の所為であっという間に埋まっていく。

それでも諦めるわけにはいかない。

爪が割れ、そこに砂がめり込む痛みに思わず顔をしかめる。

それでも止めるわけにはいかない。

血が流れ、爪は剥げ、呼吸もままならず意識が朦朧とする。

それでもぼくは、絶対に取り戻すんだ。


大切で、本当は失くしたくなかった

『     』を。


もう少し、もう少しで触れられる。

呼んでいる、近いって、もう少しだよって感じる。

でも今日もぼくは届く直前で砂嵐に呑まれ、意識が消えてしまった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ぜぇ、はぁっ。……っ、はぁ……」


夢から醒めたぼくは、うつ伏せに転がると、むせる様に息をした。

あの砂漠は夢なんだからいくらむせても虹色の砂は出てこないし、爪だって綺麗なままだ。


けれどもあの苦しさや痛みがまだこびり付いている気がして、夢から飛び起きると毎回むせちゃうんだよね……。

やっと深呼吸が出来る程落ち着いて来て、数回めいっぱい吸い込んでゆっくり吐くを

繰り返してからゆっくりと起き上がった。



ぼくスフィルはアパートの屋根裏部屋に1人で住んでいる。

来月の誕生日で15歳になるから独り暮らししてても変ではないのかもしれないけれども、ぼくが1人で住んでいるのは単に家族がいないからだ。

小さい頃生まれる前に捨てられた子供――バッドアップルだったぼくはメイルおばあちゃんに拾われて育った。

メイルおばあちゃんは血も繋がっていないバッドアップルなのにぼくの事を本当の孫みたいに可愛がって育ててくれた優しい人だ。

そんなメイルおばあちゃんも3年前の春に亡くなった。


メイルおばあちゃんが亡くなった後は家族の人がやってきて、ぼくは慣れ親しんだ場所から出ることになった。

それを知ったバイト先の店長が、ここを紹介してくれて大家さんに交渉して住まわせて貰えるようになった。

孤児のバッドアップルが部屋を借りられることは滅多にないから、ぼくは本当に優しい人達に恵まれているんだと思う。


丸窓の外から見える景色は今日も穏やかだけれども、夏らしい空が広がっている。

きっと洗濯物がよく乾く、からりと暑い日になるのだろう。

バイトはお休みだし、掃除して洗濯したら外出しよう。

特に今日は週に1度のマルシェの日だし、珍しい調理器具やスパイスとか他の国の特産品とか売ってるかもしれないから、スーパーで買い物をするよりもそっちを見たい。

けれども暑くなるなら生ものとかアイスとかは買って帰れなさそうだ。


「ぼくにも魔法がつかえたら、持って帰り放題なんだけどなぁ……」


この世界の人はどんな種族であれ、大なり小なり魔法を使える。

みんな眷属精霊を通して適性のある属性の魔法を少しは使えるし、強い人は冒険者とか王宮付きになったりできる程の力を持つらしい。

それにどんなに力が弱くても、眷属精霊を介さず自分だけの魔力で使える小さな魔法

『生活魔法』が使える。


例えば、部屋が汚かったら『クリーン』で綺麗になるし

暗かったら『ライト』で小さな明かりを出すこともできる。


……けれどもぼくにはそれが出来ない。

どんなに練習したって魔力は感じられなかったし、どんなに魔法を想像して唱えても全く使えなかった。


――バッドアップル

この世界では赤林檎に似た、星灯せいめいの果実に一定期間複数人の魔力を注ぎ続けて子供を産む方法が一般的だ。

って云うのも昔の出産は命がけだし、異種族同士だと子供ができにくいとか出来なかったりだし、性別が同じだったり性別がなかったりするだけで、子供ができなかったりなんてことが起きていたらしい。

だから今では星灯の果実に魔力を注ぐやり方が一般的なんだけれども、その弊害としてぼく達バッドアップルが生まれた。

なんでも生物は体内で魔力を生成する魔臓器が最後に出来るらしくて、生まれる前に魔力を注ぐのを止められると、それができなくなるらしい。

初期段階ならそのまま生まれることなく死んじゃうんだけど、安定期に入ると放って置いても生まれるらしい。

だから安定期に入った後捨てられると、ぼく達のように魔法が使えない『バッドアップル』が誕生し、その多くが奴隷として捕まり死んでしまう。


魔法が使えないのは凄く残念だけれども、ぼくみたいに普通の人達みたいな生活できる子は本当にごく僅かだ。

特にぼくみたいに変な目の色だと掴まりやすいらしいから、猶更だ。

そういう訳もあって邪魔でも顔を隠す前髪は分けられないし、切る事も出来ない。

ちょっと目に入って痛いなぁ……とか、料理中髪が入らないか気になるけれども、ぼく自身この変な色の目は嫌いだから前髪で隠れるのは丁度いい。


「幸せの欲張りは厳禁だよね、うんうん。……よしっ、まずは朝ご飯食べよっ、そうしよう!」


態と明るい声を出してキッチンに向かう。

料理はぼくの数少ない趣味で、誰かが笑顔になってくれるから凄く好きだ。

メイルおばあちゃんもよく『スフィルのお料理は食べた人を笑顔にして幸せな時間をくれる。とっても素敵でとっておきの優しい魔法だわ』って褒めてくれてたし。


「……って云っても、友達もいないから食べて笑顔になるのって基本ぼくだけなんだけどねぇ~。あはは」


だけれどもバイト先のバルドリーノベーカリーで新作メニューの公募に受かれば、ぼくのレシピでお客さんが多分笑顔になってくれている。

この先友達が出来たら好きな料理を作ってあげられるし、もしかしたら宝くじが当たるくらいの確率だけど、こっ、恋人とかが出来たりして一緒にご飯作るかもだし……!!

ぼくだって、魔法が使えなくたってきっと誰かを幸せに、笑顔に出来る。

多分!恐らく!……できる、よね?


「って、ダメダメ!ネクラ禁止!!……うぅ、悪い癖だ、直さなきゃ……」


1人ぼやきながらも本題の朝食づくりに取り掛かる。


「んー。メニューは何にしようかなぁ……。メインはサンドイッチにして、スープをつけようかな……」


冷蔵庫を開けると、最近買い物に行けていなかったのもあって中ががらがらだった。

サンドイッチにレタスとタマネギに黄色のパプリカを使いたいから、今回はトマトのクリームポタージュにしようと思う。

温かくっても冷たくても美味しいし出来立てはトマトの酸味が前面に出ていて、暫くすると落ち着いて優しい味になるから2度楽しめてなんだかお得だし、ちょっと多めに作っておいても良いかもしれない。

あとはサンドイッチ用にベーコンも取り出した。

野菜だけじゃ出せない旨味が加わって美味しいよね!



そうと決めるとまずはレタスを洗って手頃な大きさにちぎって水気を切っておく。

タマネギは極薄にスライスして空気に晒して独特な辛み成分を飛ばす。

黄色のパプリカも薄く切ってレタスと一緒に置いておいた。


「ブラックオリーブもあれば良かったんだけどな」


って云ってもないからどうにもならないけど。

水を張った鍋と、ちょっとしっかりめに塩コショウしたベーコンを並べた小さめのフライパンを加熱台と呼ばれる調理用の機械の上に置く。



この世界の人はどんな種族であれ、大なり小なり魔法を使えて生活魔法は小さい子でも使っている。

けれども魔力は無尽蔵じゃないし、生活魔法だって魔法だから魔力は消費される。


そこで登場するのがこれ!機械だ。

機械は精霊石をエネルギー源とする事で、魔力なしでも動かす事が出来る。

つまり、魔力がないぼくでも使えるのだ。

因みに火・水・闇属性の精霊石を使った加熱・冷却台と呼ばれるものがあって、温める事は勿論、氷水なしに冷やすことができるものがある。

……勿論、凄くお高くて夢のまた夢だけど。


――じゅわぁああああ……

ベーコンがデコボコしてちょっとカリカリしてきたところで火を止める。

これでサンドイッチの具材はそろった。

けれど早めにパンにはさんじゃうとしけったりするかもしれないから、念のため最後に挟むことにする。


今度はスープ作り。

沸騰したお湯にトマトを入れ暫く待つと皮がペロンと捲れるので湯剥きする。

パスタソースとかだとあんまり気にしないけど今回はスープ。

結構口当たりとか気になっちゃうから湯剥きは避けて通れない。


「あ。タマネギも入れよう」


突如思い立ったタマネギを冷蔵庫から取り出すとみじん切りにしてざくざくと角切りにしたトマトと一緒にフライパンでよく炒める。

火が通ったトマトはそのうちヘラで潰せるくらい柔らかくなるからこれで粗越しのソースが出来上がりだ。

そこにコンソメキューブと牛乳を入れると一気にスープ感が増してくる。

これで塩コショウを入れて味を整えて完成!でもいいんだけど、今回は舌触りに拘りたいためミキサーを使って滑らかにした。


「そろそろ風の精霊石買わなきゃだ」


ミキサーにはまる小さくなった淡い緑色の石――風の精霊石をみてぽつりと呟く。

あと数回使えば消えてなくなってしまいそうだ。

今日マルシェを見た帰りに店に寄った方がいいかもしれない。


ミキサーの中身をザルで漉しながら鍋へと移し、塩コショウで味を整える。

味見すればトマトの酸味が効いているけれどもまろやかで美味しかった。

できるなら冷たい状態で飲みたかった……!と思うけどぼくには無理なので素直に諦めて夕飯の楽しみに取っておく。


今日のメインディッシュ、サンドイッチに使うパンは昨日の売れ残りで貰ったクロワッサンだ。

パン屋はどうしても食品廃棄されちゃうパンが出てきやすいから従業員が持って帰る事も少なくない。

美味しいパンを持って帰れるから、ぼくとしては凄くありがたいけど。

パン切り包丁で切れ目を入れると、レタス、タマネギ、パプリカ、ベーコンの順で乗せる。

ドレッシングやソースをつける事もあるけれども、今回はベーコンにしっかり味をつけてあるのでそのまま食べるつもりだ。


「よしっ、完成!」


トマトの赤みを帯びたスープと、クロワッサンから覗くレタスの緑、パプリカの黄色が食欲をそそる。

見た目も綺麗で美味しそうな朝ご飯が出来たと思う。

できた途端ぐきゅぅ……と鳴り響くお腹の音に慌てて手を組む。


「森羅万象を司る世界樹に感謝を、世界を彩る御柱たる聖霊に祈りを!」


気持ちちょっと早口に食前の祈りをしてから食べ始める。

スープもまろやかだし、酸味が効いていて美味しい。

サンドイッチは使ったパンがクロワッサンなのもあって贅沢な感じだ。

だけれども……。


「……やっぱり、物足りないな」


お腹が、とかじゃなくて気持ちが。

ずっと1人で生きてきたり納得して1人だったりしたなら、そんな風に思わなかったかもしれないけれども1人だけのご飯はやっぱり寂しい。

今ここにメイルおばあちゃんがいたら、今日も美味しそうだわって笑ってくれたのに。

自分だけの為に美味しいご飯を作って、1人で食べて。

それも1つの幸せの形には違いないんだろうけど、やっぱり僕は寂しいなって感じてしまう。


「……早く、慣れないとだよね」


サンドイッチと共に、この気持ちをぐっと飲みこんだ。

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