第52話 戦いの行方 その二



「お嬢様、そろそろ客人がお見えになります」


「そう、やっと来たのね」


 『愛欲と豊穣』の女神はまるで悪戯を見つかった幼子の様に、ニヤリと笑った。





   ※※※※※※






 森に囲まれた館は静まり返っている。開け放たれた門の中からは濃厚な死の気配を感じさせた。


 ここまで来ても、生者はおろか動物さえ見ていない。それがいっそ不気味を思わせる。


 誘われているのは誰の目にも確かだ。


 アレス様と同じように捕まえたいのか? それとも排除しようと考えているのか?



「我には分からぬ、女神は何をしたいのじゃ」


 苛立ちを見せるイネスが混乱しているのは、この場になっても悪意を感じることが出来ないからだ。



 待ち構えているのは確か。


 けれど目的が分からない。


 ローザに不安がつのる。



「ん、考えてもいっしょ」


 イネスはポケットから何かを取り出すと口に放り込んだ。



「あらそれなに?」


「食べる?」


 はぐはぐさせながらイネスが差し出した。


「アレス様のコンペイトウね」


 受け取った金平糖に目を細めると口の中に入れる。


「……おいしい」


 ふんわりとした甘みと、芯まで通るような優しさが詰まっている。そんな味だ。



 ああ、何も心配すること無い。そう思った。


 女神なんてなによ! さっさと殴り飛ばしてアレス様と帰れば良いんじゃない。張り詰めた心を解されて口元に笑顔を見せるローザ。



 そう、隣ではオレンジのしっぽを揺らすイネスがいる。


「早く帰って、ばあちゃんからおやつを貰うのじゃ」


「そうね」


 さっさとアレス様を見つけて帰れば良いんだ。


 ローズウッドに帰ろう。ローザは思った。





   ※※※※※※






 門をくぐる瞬間。何かをすり抜けた感触がした。一転首筋をぴりりとした感触が走る。



「お出ましだ」


 緋色のマントを翻し、ルオーが大太刀を抜き放つ。それに呼応するかのように、黒染めのククリの戦士が一斉に得物を構えた。


 いつの間にか屍人に囲まれている。ざっと数えて二十。



「屍人か、悪趣味な」


 反りのある得物を担ぎ上げて、ルオーはドヤ顔で一歩足を踏み出す。



「さっ、ローザ様ここはお任せ────────ぉおおって!」


 名乗りを上げるルオーの後ろから飛び出した影。剣先がきらめき、そこは一瞬で戦いの場となった。



「ちょ! 待て!」


 空気を読めとばかりに静止の声をあげるが。



「ここはお任せを。仮にも王の守護者と呼ばれた我ら、この場では決して遅れはとりませぬゆえ」


「左様、神を相手にせよと言われれば少々頼りにならぬ我々ですが、なに、あの程度の屍人なら道を切り裂いてまいりましょうぞ」


「若様、先手は貰います!」


 不適な笑顔で、ここは我らの出番とばかりに口角を上げるククリの戦士。



「待て待て待て! あわわわわ!」


 慌てて自分もと飛び出したルオー。が……ルオーは出遅れた。



「戦場で遅れを取るとは笑止」


「若様もお若い」


「無様ですな」


 毒舌もなんのその、ノリノリで叩き伏せていくククリの戦士たち。



「くそっ! くそっ! くそっ!」


 哀れルオー。それでも、まったくの出番なしの展開に、ククリの大将か? と、声が出なかったのが、せめてもの救いであろうか。






   ※※※※※※






 不憫なルオーに屍人を任せ館に入る。


 静まり返った邸内は行く手を阻む姿は無い。誘導されるように奥に誘い込まれた。



 最奥の間。常なら誰かが扉を守っているのだろう。けれど誰もいない。いやここまで誰とも会っていないのだ。


 罠、罠、罠。


 頭の中では警鐘が鳴り響いている。



 何だろう嫌な予感がする。そうローザは感じていた。一歩ごとに引き返したくなるような。


 けれどフレアが、どんな方法を考えているのか、まだ分からなかった。不安と後悔がごっちゃになった気分。


 ともすれば吸い込まれそうになる。



「ローザ」


 スカートの裾を引かた。


 はっとした。


 自分を見つめる瞳には不安の色も無い。


 思わずオレンジの髪を撫でてしまう。揺れるしっぽ。



「ふふふ、大丈夫よ」


 自分は弱い。けれど大丈夫だ戦える。


 だってアレス様が待っているから。


 ポケットから赤い石を取り出す。


 硬く握り締め「ごめんね」と呟いた。


 アレスから貰った赤い石は淡く光った。答えるように。





   ※※※※※※





「ようこそ────────って!」


 顔を会わせた瞬間、ローザは精霊石を握りつぶした。アレスから貰ったお気に入りの精霊石は、手の中で急速に膨れ上がりローザの中に吸い込まれていく。


 圧倒的無敵感。アレスに包まれた瞬間の快楽。





「ふふふ……あはは」


 手に平から意識するだけで炎が燃え盛る。ぐっと拳を握り締めて「ぬぉおおおおおおおおおおおおお!」無意識に咆哮が出た。



「むっ! 無詠唱ぉおおおお! なのぉ!?」



 迸る火炎。


「いけぇええええええええっ!!!」


 それを驚くフレアに問答無用と叩きつけた。



 続いてイネスが目に付いた精霊たちを動かす。


 赤青の精霊が渦を巻き襲い掛かる。波状攻撃。一切の手加減なしの戦力だ。



「ちょ、いやぁあああ────ん」


 だが二人の攻撃は失敗に終わった。



「ひゃっ! ほっ、むむむ、メっ! だよ!」


 ローザの放った炎の渦は無造作に払われ、その隙を狙ったイネスの魔法はひと睨みされ、臆した精霊たちによって発動すらしない。



「もう! 野蛮すぎる! 何なの! 話ぐらい聞きなさいよ! ちょっと! そこ! 精霊さんは動かない!」


 きっと精霊を睨み付け動きを止めると、若干の涙目で「ねえ!? 聞いてよ!」と叫んでいるが。



「殴ってから聞くのはどうかしら?」


「同感じゃな。倒してから聞けば問題ないじゃろう」


「聞いて無い? ええええぇ? もしかして? 怒ってる?」


「「あたりまえ!」」


 二人は同時に切り捨てた。



 戦闘継続の流れのままにローザは右手に氷の刃を生み出した。フレアの懐に体を寄せ、溜めた勢いでの刺突。



「うひゃぁ!」


 身を捩ってかわす。


「ほぉわぁああ!」


 かわした先にはイネスの渾身の蹴りが鞭のようにしなる。


 ほにゃっと、くねる仕草でそれも交わすと。



「遅い!」


 振り向きざまにローザの左手を鳩尾に叩きつけられた。


「やんっ」


 しかし。


 アクロバティックな動きでかわすフレア。



「ほっ、へっ、はっ」


 奇妙な声でどこかコミカルな仕草でかわしていく。


「あああっ! もぅ! 脳筋なんだから」


 フレアの抗議の声も聞き流し。



「どこが神なのだ? 無様な姿だな。だが、その動き、仮初の……偽りの姿に見える。まだ底が見えない」


 連続の挟撃を交わされて、むっとした顔を見せるローザ。



「ならば、曝け出せばよい。なに、こんな時アレスなら笑って前に出よう」


 アレスが聞いたら「それ! 違うから!」と涙目で抗議をしそうなセリフ。



「あら、そうですね、アレス様なら……うん、うふふ」


 ちょっとその姿を想像したのか? 再びのやわらかい笑顔がこぼれた。


 それを見て。



「あ、あのぉ? 宜しければお話を」


 チャンスとばかりに声をかけるが。



「ねえ? イネス。今のはちょっと雑だった? かしら」


「ふむ、ここの精霊などに任せたのが適当だったかもしれぬ。おっ! そうじゃ、上書きすれば問題なかろう」


「聞いてねぇ────え!」






   ※※※※※※






「ねっねっねっ? お話しましょう?」


 しきりに問いかけるフレアを無視して。



「まあよいわ」


 フレアの聖域に集う精霊は使いづらいと、イネスはポケットから小瓶を取り出した。どう見ても入りそうなサイズでは無いそれ。一体イネスのメイド服はどうなっているのだろうか? 疑問に思うが。



 とぽとぽと床に零していく。手のひらサイズから驚くほどの液体が流れ出て、床には大きな水溜りを作った。



「いやぁん! 濡れちゃうじゃない! それ! なに?」


 室内だからと抗議の声に、きっと睨み付けた。きちんと蓋をしてポケットに仕舞うのは、「ゴミはポイ捨て禁止」とアレスに言われているからだ。だからイネスは必ず仕舞う癖がついている。



 濡れた指先をぺろりと舐め、邪悪な笑顔で両手を床に突いたイネス。


「くくく、ちょっとばかし、ローズウッドの精霊は癖がある。だが……それがいい!」


 そう語るそれは、ローズウッドで温泉を作った精霊水。しかも精霊の泉から直に汲んだ源泉百%。超天然精霊水で、アレスの魔力百二十%注入バージョンだった。



「目覚めろ!」


 瞬間、イネスの呼びかけで目を覚ました精霊が、フレア目掛けて飛び出した。


「あわわわわ! きゃ──!」


 飛び掛る水が急激に膨張し気化する。



 水は水蒸気になれば体積が約千数百倍になる。それを強引に精霊の力で押さえつけ対象を覆い、急激に気化膨張させた。


 その中で、止めは土の精霊と火の精霊が暴れることで反応。内部は灼熱のマグマに変わった。



 界面接触型水蒸気爆発。



 契約したアレスの知識から無断拝借した結果。暴力的に威力が上がった。現象として水蒸気爆発と呼ぶには凶悪すぎるそれ、アレスが聞けば卒倒するかもしれない。



「で・す・と・ろ・い」


 無邪気な声の裏側で「そんな汚い言葉教えてないよ」と釈明するアレスの姿が見えるようだ。



「ぱちん」イネスの指が合図を鳴らす。


「────────っ!」



 破砕。



 フレアの周りを水蒸気の膜が取り囲み爆発した。


 擬似的に作られたマグマ水蒸気爆発は、周りを囲む精霊によって内部に力が収束する。自然に発生すれば成層圏まで届く爆発。それがすべて内部にフレア目掛けて襲い掛かった。




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ハーフエルフという存在 鐘矢ジン @kenta19640106

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