第9話 知らない話

 今更になって軽い気持ちで三ツ矢に近づいたことを後悔していた。返す言葉が見つからない。が、話を続けてしまっていた。

「この辺じゃやっぱ何も釣れない…か?」

 三ツ矢は顔色を変えず、答える。

「分からない。釣りなんてしてないから」

「そっか…なんも釣ってないんだったな!」

 けいすけは自分から首を突っ込んでいながら愛想笑いを返すのが精一杯になっていた。

「で、なんか用事あるの?」

「最近学校来てないのにここの河岸にいるのは良く見かけてたからさ?何か気になって…。何かあったのか?」


 返事は返ってこない。けいすけは喉を大きく動かし、生唾飲み込む。返事が返って来ようが来まいがいずれにせよ、この状況で良い予感がするなど有り得なかった。


 どれほど経っただろうか。おそらく3分程度しか経っていないのに、次に三ツ矢が口を開くまで、まさに時が止まった様に長かった。


「母さんと弟が死んだんだ。ニュースとかでやってたの見てないか?」


 けいすけが想像していた悩み事なんかより遥かに深刻な答えに頭が回らなくなっていた。

「事故、ニュース…?」


 同じ学校の同級生にそんな事が起こっていたなんて考えもしなかった。それに学校内でもそんな噂はまるで広まっていなかった。

 思い返せば、3週間程前に学校からさほど離れていない場所で交通事故があったことを母が自分に話していた、気を付ける様にと心配そうな顔で言ってきたことがあった。

 あの日の話が三ツ矢の家族の事だったのだ。

「でも…学校で三ツ矢の家族の話をしてる奴なんか誰も居なかったぞ…?」

「学校の先生には何も言わない様に頼んだ。ニュースにも警察に頼んでメディアで名前が報道されない様にしてもらった。」

「そうか… ごめんな。」


 けいすけは謝るしか無かった。どうする事も出来ずに。


「時田、気にすんなよ。お前にとっちゃ大したことじゃない。俺が解決しなきゃいけないことなんだ。」


「解決…?」


「あぁ…このことを解決してよ、また普通に学校に行って、サッカーしてぇんだ」


 三ツ矢の言葉だけを聞くと、前向きでいい言葉に聞こえた。だが、顔を見ると明らかに作った様な笑顔で、額にはシワが集まっていた。そこから感じ取れるのは、黒い感情。間違いなく憎悪に満ちた表情であった。

「またな。帰るわ。」

 三ツ矢は持っていた釣竿をその辺に放り投げ帰って行った。

 けいすけは呆然とその場に立ち尽くす。日は沈み、当たりは暗くなっていた。転がった釣竿を手に取ると、糸の先には何も付いていなかった。

「俺なんかが役に立てることないんだろうな」

 どこか浮かれた気持ちで、三ツ矢に話しかけるために降りてきた階段をゆっくりと登る。目には涙が滲み出る。

 この世界は楽しいことばかりでは無かった。



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リフレクション オブ ザ ムーン Shohey @meimei_momo

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