第8話 釣れない魚
午後1時10分
ひよことの密会を終え、食堂で追加の昼飯を買って教室に戻っていた。2人一緒に戻るとクラスメイトに騒ぎ立てられるので、それぞれ別々のタイミングで戻るようにしたが、ひよこは何でという様子だった。本人は気付いていないのか、気にしていないのかわからないが、男のけいすけはリスクを避ける必要があった。学年のどこにひよこ親衛隊が紛れているか分からないなか、最近2人で行動していることに加え、2人で隠れてランチなんて知れたら間違いなく自分は事件に巻き込まれるだろうと考えていた。
教室に戻ってすぐに矢作と黒川がけいすけに気付いた。
「どこに行ってたんだよ!」
席に座っていた矢作がデカイ声で話しかけてくる。それに黒川も続く。
「お前が旧校舎行くの見かけたんだけどさ」
けいすけはこの言葉に生唾を飲み込んでしまう。
「は、はい!?」
この一瞬であらゆる可能性を想像し、もう冬に近いというのに体が熱くなっていた。
「矢作はバカだから気にすんなよ。旧校舎のトイレ落ち着くよな。何故か和式じゃねえし。俺もたまに使ってる。」
事を察してくれたかの様な顔で黒川はこっちを見るが全く違う。黒川が良いバカで助かったと安心し、適当に合わせることにした。
「おしまいだよ。男子学生はトイレ行くとこ見られたり、勘づかれたりしたらおしまいなんだよ…」
矢作はそれを聞いて大笑いし始める。
「間違いないな!バレたら呼び名はもう一生トイレマンだよ!」
到底高校生の発言とは思えないレベルのアホが過ぎる矢作の言葉に3人とも笑いが止まらなくなっていた。
午後の授業も終わり、ホームルームが始まった。教壇で伊瀬先生がいつもの様に連絡事項を生徒に簡単に伝えて、自分の話をしている。このラフさ加減がちょうどいいのだろうか、うちのクラスは他のクラスと比べ和気あいあいとしており、面倒なしがらみみたいなものも無いと思っている。
スマホを取り出し、SNSアプリを開いて適当に暇を潰しているとメッセージが届いた。
『今日の夜からパトロールね♡』
メッセージを読み終えた後、ほんの一瞬だけひよこの席に目線だけを向けるとこっちを向いてニヤリと口を横に広げていた。
その顔を見たけいすけはすぐさまメッセージを返す。
『無理です!嫌です!笑』
そうすると10秒も経たないうちにメッセージは返ってきた。
『ダメです!来ないなら迎えに行きます! 』
このメッセージを見てけいすけは諦める。
『それはいけません。行きます。』
再びひよこの方に目線を向けると、スマホの画面を見て納得した様に頷き、ポケットにスマホをしまっていた。その姿に少しイラッとし、白目を剥く。
疲れがピークに来ていたけいすけはホームルーム終了のチャイムが鳴って直ぐさま帰ろうとすると矢作と黒川に呼び止められる。
「けいすけ、今日は1人か!?」
「あーもういいから…」
「いや普通にカラオケ行こうぜって話なんだけど?」
「なんだよ、行きたいけど今日だけはマジで疲れてるから無理」
「こっちこそなんだよー、なぁ黒川?」
「がっかり通り越して、心にぽっかりだよ」
普段なら迷わず参加したが、今日ばかりは無理そうだ。それに夜のこともある。
「土曜日の補習の後行こうぜ!?約束だって」
けいすけはそう言って小指を前に出す。
「小指はだせえ!けどそっちの方が最高だな!」
矢作は納得し、黒川もそっちの方が良いみたいだった。テンションが上がった2人とハイタッチを交わし、教室を出る。
11月にもなれば日が落ちるのが本当に早くなる。まだ午後4時だというのに、景色はもう夜になろうとしている。
いつもの橋を歩いて渡っていると河岸にまたあいつを見つける。理由は無いが今日は話しかけてみることに決めた。
疲れているはずなのに、何故自分はこんなことをしているんだろうと岸に降りる階段を下りながら考えていた。
かなり近くまで来たがまるでけいすけの気配に気付いていない。ここまで音を潜めながら近づいてきたわけでもない。
後ろから見るその背中は大きくはあったが、生気を感じないとまではいかないが、力の様なものを全く感じ無かった。
「三ツ矢だよなあ!何釣ってんの?」
大きめの声を出したつもりだったが三ツ矢はこっちを向かない。川の方を向いて竿を垂らし続けている。
あまりにも無反応な事に慌てて、近くに寄り、肩を軽く叩き、呼び掛ける。
「三ツ矢?三ツ矢くんですよねえ?何釣ってるんですか?」
方に触れた瞬間驚いた様に反応した
ようやく反応した三ツ矢は、無視していたというより本当に気づいていなかった様だった。
けいすけはまた同じことを聞く。
「何釣ってるの?」
振り返った三ツ矢は、この世界に愛想を尽かた様な、途方に暮れた様な顔をして答えてくれた。
「何も釣ってないけど」
「え?」
けいすけはそれ以上言葉が出てこなかった。
帰り道、度々見かけていた三ツ矢こういちは、おそらく釣りなどしておらず。
川の前に座って、ただ過ぎる時を待っていたのだ。
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