第27話 アリアの記者会見(1)

  一夜が明けた。

 テレビは政府が緊急の記者会見で発表した「日本が異なる世界に来た」事について報じられた。

 記者会見では自衛隊の偵察機で撮影されたこの世界の光景が公開された。防衛省統合幕僚監部もSNS上で同じ画像を公開した。

 また、護衛艦「あまぎり」で撮影されたクラーケンと戦う動画も公開された。

 それら画像や動画はフェイクで、別の問題を隠す陰謀だと言う者もいた。

 マスコミは騒ぐものの、多くの日本人はこの異変を実感できないと言うのが本音だった。

 自衛隊が撮影した画像と動画は遠くの出来事に思えたのだ。

 それでもアメリカや中国など日本以外の国との通信できない人々は異世界へ来た事を受け入れつつあった。

 表面上、騒いでいるのはマスコミだけに見えた。

 しかし、ネット上では食料やエネルギーの輸入ができない事を指摘して不安が広がる。または宇宙人や異次元の神様の仕業と言う陰謀論も勢いは弱いが広まっていた。

 実感できないものの、うっすらとした不安を日本人達は持つようになっていた。


 「それは早いんじゃないか」

 市ノ瀬は特殊事態対策本部に登庁するや、坂下からアリアが記者会見を希望していると聞いた。

 市ノ瀬からすれば、日本に来たばかりでアリアがマスコミの追求に耐えられるか、何より価値観の違いで国民の反感を買う恐れもある。

 テレビに出すのはもう少し先にしたい。

 マスコミ対応などレクチャーしてからにしたい。

 「本人はかなりやる気のようで・・・」

 坂下は困り顔だ。アリアからかなり強く要望されたのが分かる。

 「明日は天皇陛下や総理との面会だ。騒ぎを余計に大きくしたくないんだがなあ」

 市ノ瀬は昨晩の記者会見で日本が異世界に来た事を公表した後の混乱が大きくなるのを恐れた。

 「どうした?二人でお困りの様子だが」

 そこへ辻川が来た。

 市ノ瀬はアリアが記者会見を強く希望していると説明した。

 「やらせれば良いだろう」

 辻川は簡単な事だと言わんばかりだ。

 「辻川さん、そうは言ってもマスコミ対応なんか知らない姫様ですよ。下手をしたら大炎上、国民の反発を買えば終わりなんです」

 坂下は辻川へ反論する。

 「で、何が終わるんだ?」

 辻川は坂下をからかうように尋ねた。

 「アートラス王国はモンスターに蹂躙されて滅亡です」

 真面目な坂下の答えに辻川は「そうだが、それともう1つある」と言う。

 「日本にとっての利益についてですか?」

 市ノ瀬が言うと「それだ。アートラス王国が滅ぶと同時に何が終わる?」辻川は尋ねる。

 「この世界との接点・・・」

 坂下は気づき、辻川は「そうだ」と肯定した。

 日本とこの異世界で繋がりを持てそうなのがアリアのアートラス王国だ。もしもアートラス王国との繋がりが無くなればゼロから名前も知らない国々と接触をしなければならない。

 「アートラス王国の紹介無しでこの世界の国々と国交を結ぶのは困難ですね。まず警戒されて門前払いでしょうね」

 坂下は憂鬱そうに言った。

 友好ゼロでむしろ警戒や嫌悪感が強いと敵にように見られる。国交を求めようにも得体の知れない者として追い返されるだろう。坂下と市ノ瀬・辻川はその考えを共有する。

 現代日本の姿はこの世界では異質過ぎるからだ。アートラス王国の口添えで少なくとも敵では無いと分かって貰った上で国交を結ぶ交渉を始めたい。その考えが三人の間で決まる。

 「それでも姫様の会見はリスクが高いのでは?」

 市ノ瀬はアリアを記者会見に出す事が不安だった。

 「高いさ、だが法的な縛りで自衛隊をすぐに出せないなら。感情で動かすしかない。姫様の思いをそのまま国民へぶつけるんだ」

 

 「ダメだ。姫様の発言で責任を持ちたくない」

 総理官邸の総理執務室、藤原はアリアの記者会見を開くことを拒否した。

 アリアが記者会見をすれば祖国を助けて欲しいと言うだろう。その手段として軍事的手段を求める事も。

 「しかし、姫様が何故日本へ来たか,真意を国民に報せるべきです」

 市ノ瀬は食い下がる。

 「それはそうだが、あくまで政府からは私が発表する」

 横川が官房長官による記者会見で発表すると言う。

 「自衛隊の派遣もですか?」

 「そこは場を改めて会見する」

 市ノ瀬の問いに横川は自衛隊のアートラス派遣を官房長官の会見ではしないと答えている。

 「総理、自衛隊のアートラス派遣や武器使用はモンスターの駆除が目的です。憲法問題は解釈次第でどうにかなるかと」

 市ノ瀬は根本の問題を問いかける。

 異世界に来た日本という状況でアリア達の存在、そこへ武力行使を前提とした自衛隊の派遣を決断するのは政府や総理の負担が大きい。しかし、解決方法はあるのだと市ノ瀬は訴える。

 「市ノ瀬、簡単に言うな。前例がなさ過ぎるこの状況でも与野党の根回しが必要なんだ。時間がいるんだ」

 藤原は市ノ瀬へ言い聞かせる、諭すように言う。

 こう言われては市ノ瀬は黙るしかない。

 市ノ瀬は総理執務室を去り、「特殊事態対策本部」に戻る。すると横川から携帯電話へ着信が入る。

 「市ノ瀬、姫様の記者会見はまだやるつもりか?」

 横川の問いに「はい」と即答する。

 市ノ瀬は横川に怒られるのではないかと思えた。

 「政府で姫様の会見はできない。そっちで何か良い方法でやってくれ」

 思わぬ事に市ノ瀬は足下が滑る思いになる。

 「総理はこの事を?」

 「いや知らない。だが、ケツ持ちはしてやる」

 こう言う横川の前のめりさが市ノ瀬は気になった。

 「あの、話は変わりますが与野党の根回しは上手く行ってますか?」

 「日国党と民政新党は同意した。だが、民政党・民社党に加えて進公党も反対の意志を協議で示した」

 日国党(日本国民党)と民政新党は野党であるものの保守的な姿勢の政党であるので、これまで政策協力がしやすい政党だった。

 これに対して最大野党の民政党に左派政党として古参の民社党が強く反対した。これはいつも通りと言える展開だ。

 ところがこれに加えて政権与党で連立を組む進公党が反対を示した。防衛政策に関して以前から反対する事が多い政党であり今回は特に反対した。

 「アートラスの国民を避難させる為の自衛隊派遣なら同意できる」と対案をも出した。

 「それでも国会で採決すれば過半数は行けそうですが」

 「与党がまとまって無いのはいかんのだ」

 「だから姫様の会見をこちらでするのですね?」

 市ノ瀬は進公党の同意が得られないから、状況を動かす為にアリアの会見を利用するのではないかと考えた。

 「まあ、そうだ。頼んだぞ」

 横川は市ノ瀬の考えを肯定して通話を切った。

 「ふう、やるか」

 市ノ瀬は荒れるのが分かるこれからを思いながら仕事にかかる事にした。

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異世界自衛隊モンスター討伐~害獣駆除任務ニ出動ス~ 葛城マサカズ @tmkm

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