3.黒く塗り潰された空は、雨が流してくれる。
ケラケラと笑い声が夜の町に響く、夜は自由だ。畏怖する人、汚す人、はたまた待つ人等々。全て夜闇に溶ける。
首切り少女は、ピンク色のファンシーな傘を片手に、夜の町を闊歩する。
飲食店のテイクアウトで頼んだ、マーボ春雨弁当の包みをニヤニヤ見ながら横断歩道を渡る。
深夜一時の駅に入ると、すでに先客がいた。子猫とギター少女だ。
私は気にせず、駅のホームのベンチに座る。
「お姉さん、聞いてくれる?」
なんだコイツと思いながらも、めんどくさいから無視をする。
「じゃあ、勝手に唄うよ」
「…知らんし」
冷めるのは嫌だし、無視して弁当を食べることにした。
「~♪」
少女のギターの演奏はともかくとして、絶望的な音痴だった。
下手なメロディー。んっ?でも聞いたことのあるフレーズ?確か町内音頭だな、これ。
「下手くそ」
「ありがと」
「何で?」
「ちゃんと聞いてくれて」
「聞いてないし、勝手に聞こえてくるだけだし」
「お姉さん、優しいんだね。下手だから、誰も聞いてくれないんだ。五月蝿いって」
「アタシだって五月蝿いし」
誰もいないお気に入りの場所で、駅の空気を感じ好物を食べる。それは私にとって大事なこと。
「…やっぱり私じゃ駄目なのかな?下手だけど頑張ったんだよ」
ギター少女は、悲しげな表情で俯いた。しかし涙は流さない。正しくは、流せないのだ。もう、枯れ果ててしまっているから。
飯が不味くなるから、勘弁してほしいな。そんなことを思っていると。
「お姉さんありがとう、最後に聞いてくれて。私もう音楽の道は諦めるよ」
少女は、そう切り出した、
「何で?」
「何でって、私に才能がないからだよ」
ギター少女は、何をわかりきったことをと、彼女の地雷を踏んでしまったようだ。
「才能って必要?」
「当たり前じゃん。私いくら頑張っても、誰も認めてくれなくて」
「あのさ、顔や声、それとダンス。そんなものが恵まれた奴は山ほどいる」
「だから何?」
「だけどさ、音楽の神様に愛された人は少ねーのさ」
「音楽の神様?」
「そう、アンタは間違いなく音楽の神様に愛されているよ」
「そんなわけない」
「何で自分が下手か考えたことある?」
「音痴だからしょうがないでしょ」
「違う、アンタは歌い方を知らないだけ」
「こんな酷い声で上手くなるわけないでしょ?」
「アタシは、アンタの声嫌いじゃない」
「意味わかんないし」
「君さ、たくさん本を読むんだね」
「えっ?」
「付箋たくさん貼ってるじゃん」
ギター少女は、慌てて本を鞄に隠した。
「時間だけじゃない、計り知れない努力の雫」
「貴女に何がわかるんですか?」
「知ってる?涓滴岩を穿つって言葉があってね。たとえ小さな雫でも、長い時間かければ岩に穴をあけるってね」
「だから何?もう嫌なの」
昔の自分を見ているようだ。あの頃とは、今は逆だけど。
「はいはい、じゃあ一回お手本見せてやるよ」
「お姉さん歌えるの?」
「~♪」
「嘘っ!」
駅のホームに心を落ち着かせる、静かなメロディーが響いた。
その歌は、青空のような。森の木々を通り抜けるそよ風を感じさせる歌声だった。
ギター少女は興奮した様子で、力強く拍手をくれた。
やべ、久しぶり歌ったから。声掠れる。でも気持ちいいな。
夜の日のアンブレラ 七星北斗(化物) @sitiseihokuto
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