序ノ八「そして、深夜は未明へ変わる」(参)

「……で、ございましょうな。しかし、然様な代物が完成した暁には、多数の鍛冶屋が職を失いましょうな」

「? ……何を言っている。わざわざ鉄を鉄鉱石から取り出す手間を省略できるのだから、鍛冶屋は兵器を作ることに集中できるではないか」

 ……孫四郎は、ある種の莫迦であった。無論、この当時に於いて反射炉を考慮し、火薬による兵器どころか火薬を空中から作り出す旨を考案しており、孫四郎の脳裏に存在する技術を全て再現することに成功すれば世界征服すらも可能であろうと思われる程の異次元の技術考案を可能とした脳髄ないしは霊魂の持ち主であったが、彼は根本的な意味で莫迦であった。それは、どういう意味において莫迦と言いうるかと言えば……。

「……若は、相変わらずで御座いますな」

「……どういう意味だ、それ」

「若は遠くの現象が見え申すが、それ故に足下のことをあまり見えておらぬご様子。足下が留守であると、いつか大怪我を致しますぞ」

 そう、孫四郎は真の意味で天才であった。だが、天才というものは凡人には見えぬ視点が見えるから天才なのであり、同時に努力の果てという過程もなくいきなり正解が見えるから凡人や秀才の努力というものがただの回り道にしか見えない、否、それどころか「なぜこんなこともわからないのか」という視点で行動するため、ともすれば簡単に寝首を掻かれかねない人物とも言えた。以後、孫四郎の家臣団が最も心血を注ぐ場面が護衛以外では孫四郎の天啓を凡人に訳する作業なわけだが、それだけ孫四郎は「紙一重」のすれすれを走って渡る人物ですらあった。

 そして、その「紙一重に立つ灯台」は、またご無体なことを言い始めた。それ自体は、孫四郎の口癖のようなものであったが、彼達家臣団からすれば物証があってもなお信じられない程の妄念とすら言いうるほどの認識の彼方の、そのまた果ての向こう側とすら言えるものであった。

「……なあ、爺」

「はい」

「……富士山は知っているか?」

「当たり前で御座いましょう。見たことは御座いませぬが、富士の名を知らぬ日本人がいるとは思えませぬ」

「……その、富士山の麓から舟を出して、遙か彼方の東の果てに大陸がある。……信じる信じないかは別にして、そこを連中に盗られる前に此方が解放せねばならん」

 ……それは、富良東大陸の存在であった。未だ、クリストバル船団ですら発見はできていないその架空とされていた大陸を、彼は予言した!

 ……それが、どれほどの妄執かは最早定かではないが、彼は富良東大陸を予言し、そこに上陸して各種産物を本朝に輸出してもなお信じない家臣団に対して呆れると共に、なぜ理解できないのか、それを終始納得しようとはしなかった。……とはいえ、彼達がそれを現物を見ても納得できそうにないことを無能と断じるのは、さすがに酷というものだろう。と、いうよりは。

「……また、その話でございますか」

 また始まった、若の繰言が。……北山の顔には、そう書いてあった。態度にすら出ていた。だが、それを孫四郎は無視したのか、あるいは認識すらしていなかったのか、ゆえに彼は、さらに(家臣団の彼達からすれば)妄言を言い続けることを選択した。

「ああ。……ゆえに、だ」

「とはいえ、足下を見ずに遠くのみを見て歩くのは、危険で御座いますぞ」

「それは、解っているとも。だが、叩かずとも良い石橋を叩くような真似は無駄に時間を空費するばかりだ。

 より、効率的に動くためにも……」

「ためにも?」

「……今のうちから、できるだけ多く発明品を作っておく。しかも、できるだけ実用的で即物的なものを優先に」

 それは、孫四郎のある種の兵法とも言えたが、同時に技術とは模倣できる理学の産物である。ゆえに、技術的優位に頼るのは本来は危険であるのだ。あるのだが、彼はその危険な、崩れ去りかねない優位性を終始、諸外国とは隔絶したレベルで保つことにより、突破口を開くという、非常識なドクトリンを以て解決を試みた。それは、ある種の妄執か、それとも先駆か、あるいは、ただの大法螺か。それは、最早定かではなく。

「……はあ……」

 眼前の爺は、完全に孫四郎を持て余し始めていた。そして、そうこうするうちに、またしても何かの勘が働いたのか、孫四郎は先程出陣したばかりの父親のことを訊ね始めた。と、いうのも……。

「それより、父上はもう出陣したのか?」

 ……彼は父宗続の出陣を見送らずに絡繰りの生産ばかりしていたが故、いつ自身の父が出立したかも知らなかったらしい。爺もまた、それを見て取り危うさを感じながら眼前の傅役相手に世話を焼き始めた。だが、その焼いた世話によって孫四郎は間もなく、焦り始める。と、いうのも……。

「はい、嫡男の若君を連れて既に播磨へ向けて出立なさったのを、先程見届けました」

「……爺、今年って何年何月だったっけ?」

「は、応仁文明の大乱が終結して暫くした折りでございますがゆえ……文明十五年の十月といったところでしょうか」

 ここまで応答して、不自然な面はないように見えるが、眼前の孫四郎だけには、その絶妙な違和感が感じ取れたのか、あるいは、何かが「見えて」しまったからか、徐々に声がうわずり始めていた。それを聞いた北山は妙な表情のまま、応答した。

「……来年の三月まで何日ある」

「……ざっと三、四ヶ月といったところでしょうかな」

「……拙い……」

「若?」

 ……斯くて、宗続にとっての一世一代とも言える人生最大の大博奕が始まった。賭場は有馬、六甲山である。無論、賭け金は身の代どころか命そのものと言えようか。……播磨奪還作戦の条件は整った。真弓峠進攻より始まるこの作戦は、遂に佳境を迎えたのだ。

「父上の身が危ない、この前話した策を父上はいかが仰っておった!?」

「……」

 そして、孫四郎のみが焦り、爺としてはなぜ眼前の和子わこが焦っているのかも判らず……以後の言葉は、最早語るべくもないだろう。後に「六甲山急襲」という古軍歌まで作られたそこで、垣屋続成、当時は孫四郎達が行った伏撃により、赤松家惣領、政則は討ち取られた。

 この物語は、そのテンから我々の世界とは分岐した、栄光ある「城闕崇華」の世界線の初動を記述したものである。

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