輝鑑 後世編纂版
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」で宜しく
第弌幕:吾、世界の敵となりても
第空話「黄金の大地」
後の暦に直して帝国暦二世紀初頭のことである、諸大名が唐入りに躍起になっている頃、その唐入りを引き起こした天下人は、直臣団を引き連れてその当時まだ名もなかった富良東大陸に足を踏み入れようとしていた。彼は、感慨深そうに「長かった」、と呟いた。無理からぬことだ、彼は富良東大陸に自身を祖とする王朝を作り上げるためだけに、本朝の天下を統一し、更には海外進出を推進していたのだから。
「殿、もう少しで富良東大陸にございます」
「上陸の準備はよろしゅうございますな」
傍らにて彼の恍惚としはじめた意識を取り戻させたのは、眼前の「天下人」を幼少期から支えてきた重臣である。右に控えるは北山次郎右衛門、左に控えるは斎藤又三郎という。
「ああ、問題ない」
恍惚とした表情のまま、喜色を隠さずに答える「天下人」。
「そうにはとても……」
表情を見て、いつものことながらこういうときの殿は非常に危ういことを把握し、抗弁する北山。それに対して、恍惚とした感情はさすがに収まってきたものの、まだ喜色も隠さず返答する「天下人」。
「今までのことを振り返っていてな、つい『長かった』と言ってしまっただけだ」
「はあ……。しからばそろそろ、上陸用の浮橋を設置いたしまする」
言外に、「浮かれて橋から転げ落ちるなよ」とくぎを刺す斎藤。だが、彼らの忠言に対して「天下人」はこう答えたという。
「ああ、それじゃ俺達は、歴史を動かすぞ!」
そして、伝説が始まった。
「…………」
感涙を浮かべながら、まだ名の出ぬ天下人は富良東大陸に足を踏み入れた。さすがに、上陸してから何も言わないのでは拙いと思い、慌てて北山が歩み寄った。
「殿、感無量の処申し訳ないのですが……」
そう言いながら、眼前の大地を見渡す北山。彼達からすれば、かなりおっかなびっくりな部分もあり、また同時にここまで広い大陸となると、耕すのにも一苦労であるからだ。
「おう、わかっているさ」
「本当でござりましょうな」
思わず口をつく斎藤。他の大名家であれば、嚇怒されそうなところではあるが、眼前の天下人はそういったところは非常に緩やかであった。甘いと言っても、まあ差支えの無いほどに。
「ああ、それじゃ今から、建国演説するぞ」
「畏まりました」
「殿の、おなーりー」
拡声器もなしに大地に響き渡るは、天下人が直々に三顧の礼で召し抱えた客将である衛藤の声。そして、この富良東大陸へ態々本朝にある所領を擲ってまで志願した、天下人にとって父祖の代から仕える歴戦の直臣達がぢっと天下人を見つめていた。
「諸君」
張り詰める空気、当然である。眼前の「殿」が何を指示するかによって、彼達の命運は違ってくるからだ。だが、眼前の天下人は思いもよらぬ口火の切り方をした。
「アメリカ合衆国はもう死んでいる!!」
……案の定、意味が分からない諸将。だが、彼達にとって、眼前の天下人はその意味の分からない行動を以て天下を治めるに成功したのだ、ゆえに「また殿の繰り言が始まった」程度にしか考えていない者すら存在していた。
「先ほどの言葉の意味、分からん者が多いのは当たり前である。我々は、そのためにここに立っているのだが、その意味を知るのは俺だけで良い。だが、吾等はここに、今から富良東大陸と名付けるこの大陸に、数々の苦難を乗り越え、戦友を失ってもたどり着いた。その価値は存分に存在する。それを今から証明しよう。……と言ってもまあ、眼前に広がる大陸、これが答えだ。諸君、富良東大陸上陸志願者諸君。この大地、すべてを切り取るぞ。この富良東大陸は本日限りで、諸君等の所領となるのだ」
徐々に、意味を理解する直臣達。そして、同時にざわめき、湧き上がるような歓声が広がった。
「長い演説は好みじゃない。だが、今日は称えあおう、今、この時が、この大地が、吾々の新世界、俺が諸君等に約束した、富良東大陸だ。そしてこの時が、吾等垣屋家の、本当の意味での始まりなのだ。
諸君、垣屋家に仕え続けてきた歴戦の譜代諸君、そして俺に惹かれて附いてきた外様諸君、吾等はここに、帝国を、日本書紀よりその名を取った「城闕崇華」と名付けし帝国を建国する!
吾等はこの日より、新世界を築く。故に称えよ、共に励め、本日より吾等は一味同心となるのだから!」
……斯くして、富良東大陸に城闕崇華帝国が建国された。その初代帝王の名は、垣屋続成という。
それではそろそろ、読者の皆様が知りたがるであろう、何ゆえにこの「垣屋続成」という男がアメリカ合衆国を知り、そしてそれを阻止するために動き、その結果天下を掌中に収め、それどころかこの本朝海、すなわち我々の世界に於ける太平洋全てに自身の旗を掲げることに成功し得たのか。それを今から、語りたいと思う……。
……遡るは太陽暦に直して二千百四十年代。それは、垣屋続成という存在がこの世に生を受けて、多少の年数が経過したころのことである……。
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