Sin - 仰

高黄森哉

侵攻



「それで、宗教を作ろうってなったわけ」

「えっ、途中どころか最初っから聞いてなかった」


 俺は、糞どうでもいい(と思っていた)話の途中に挟まれた、宗教を作ろうの下りに興味を持ち、友人に会話の巻き戻しを要求した。


「だからほら、儲かるみたいだぜ」

「なにが」

「新興宗教だよ」

「人間ドッグになったほうがいいんじゃないか?」


 訳の分からない文で、一蹴する。そもそも、宗教が簡単に作れたら、皆金持ちになってる。


「案があるんだ」

「なにが」

「達人がいるんだよ。ほら、来たぞ」


 店の奥から、髪の毛の怪物みたいな、小汚いおっさんが現れた。


「こいつは、昔、マルチをやってたんだ。結構、ノウハウがあるみたいだぜ」

「よろしりー」


 と、彼は大仏のように、左手の平を前に突き出す。風貌からは想像もつかないほど気さくな挨拶だ。


「な、結構、親しみやすいだろ」

「本当にそんなにうまくいくのか?」


 それは誰にも分らなかった。だから、俺の問いかけには誰も答えない。


「昔、マルチで失敗した。それで、沢山の財と友を失った。リベンジをしたい」

「と、いうことだ」

「失敗したのかよ。本当に大丈夫なんだろうな。なんにせよ、俺は参加しないぜ」

「後から幹部にしてほしい、と言っても知らないからな」

「言わねえよ」


 そして三人は黙った。俺の発言で会話が途切れたので、責任を持って、なにか言わなければならない気分になった。なにかこう、話を前に進めるようなことを。


「計画はあるのか」

「ある。唯物科学の時代に、宗教ははやらねえ。だから、科学を使う」

「例えば」

「それは後々のお楽しみだ」

「本当にうまくいくのか?」


 友人は、ニヤニヤしながら、いく、と答えた。

 いく、はずがない。そんなに世の中、甘くない。そもそもこれまでにこいつの与太話が、その通りに顕現した事例はあったか。だから、この話は一過性の流行病でお終いなはずだったのである。上手くいく? しかし、それが確かに、うまくいってしまったのだった。



 *



 俺が彼らの宗教がどうなったかを知ったのは、就職した後だった。就職活動中は、友人がどこでなにをしているのかは、まったく知らなかったし、知りたいとも思わなかった。まさか、あんな馬鹿話を真面目に続けているとは、考えても居なかった。

 コンビニ、入って左側は、大体、雑誌やらなんやらの棚と決まっている。戦後ならカストリ雑誌といって摘発されているような、著しくいい加減で適当で、新規性のない、ただしジャンクフード的に刺激的な書籍類。その中に、目を惹く拍子があった。

 これは、あの教祖じゃないか。留年していた大学の先輩、マルチ商法に失敗したと言っていたな。本を手に取って記事を見開くと、偶々、彼の特集の頁だった。

 まず見出し、大学の天才が悟った宇宙の真理。ここにツッコみどころがある。彼は留年生だし、その上、ウチの大学は底辺で文系しかない。まあいい、内容に映ろう。

 さて、彼によると、仏教の教えというのは、極めて科学的に誠実であるという。まず、輪廻転生。輪廻転生はニーチェの言う永劫回帰を発展させることで、事実だと判る。ニーチェ? そもそも、ニーチェは科学者ではなく哲学者だが。

 俺は、ばたりと本を閉じ、棚に戻した。まあ、彼らはうまくやってるらしい。友と、その被害者の将来が心のどこかで不安であったのでややほっとした。変なことにこじれないといいのだが。



 *



 変なことが起こり始めている。


 学生を中心に流行し始めた、友人の宗教科学とやらが、問題をまき散らしている。まず自殺が増えた。それは一件、正しいように見える、永劫回帰論により、輪廻転生が肯定されたからに、他ならなかった。

 しかし、彼らは時間や世界が無限だとしたら、という注釈付きでこの理論を展開している。だが、この時間と世界が無限だという証拠は一切ないのである。科学的理論はあっても、科学的裏付けがなければ意味がない。まさに天国や地獄を信じるようなものだ。

 人々は巧妙に塗り固められた嘘に気づけない。と、いうことはとても意外だった。なぜなら、この SNS 社会で嘘というのは、簡単に排除されゆくと思っていたからだ。しかし、そういう場所を除けど、例のカルトに、肯定的な意見ばかり陳列されている。合理的でない論調さえみられる。


 いや、違う。何かがおかしい。


 気づけないはずないのである。気づかないわけないのである。こんな素人が作った、そして過去の遺物を掘り起こし育てた、ジャンクカルトを信望するなんて、なにかずれている。

 世界が、とんとん拍子ですすむわけがない。うまくいくはずがないじゃないか。別の大きな力が、働いているのではないか?



 *

 


 橋に差し掛かると、女が欄干に座っていた。


「危ないですよ」

「いいえ。自殺するにはここが最も安全です。なぜなら、生きてしまうことがありませんから」

「死んだら、なにもないですよ」


 俺の呼びかけに女は動揺しているようだ。そうだ、死んだらなにもない。


「輪廻転生で蘇ります」

「輪廻転生はありませんよ」


 彼女の吐き出す言葉を、端から否定していく。当然、心の病人にこんな言葉のかけかたをしてはいけない。いけないからだ。


「永劫回帰とは、あれは嘘です。嘘でないかもしれませんが、証明されていませんよ。ええ、あの変な宗教に扇動されたんでしょう。あれは俺の友人が金儲けで始めたんです。本当です。だから神聖などないんです。でたらめです」

「知ってます」


 彼女の目の、意志の強さに驚かされた。背後では川が黒々と蠢いている。知っている。知っているのに、騙されているというのか。


「いつの時代も宗教は目的ではないのです。宗教は手段です。言い訳です。言い訳と安心です。道具です。信じると、都合がよいのです。しかし、」


 しかしなんだろう。


「しかし、科学が発展して、その逃げ場所が片付けられてしまったのです。嘘でもよかったのに。でたらめでも、理由になったのに。ようやく、科学が否定しにくい宗教が現れました。私はついに死ぬ言い訳を手に入れたのです」

「しかしでたらめです。生憎、あなたは、それを知ってしまった。俺の話は聞こえていたはずだ」

「恨みます。私はあと一歩で、やり直すことが出来たのに」


 彼女は俺の腕を引っ張って、それは凄い力だった。ああ、水面が近づいてくる。この高さなら、コンクリートだ。俺は、例の宗教を否定したことを、後悔した。

 

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Sin - 仰 高黄森哉 @kamikawa2001

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