第16話 動き出す

「それでどうしたの?」

 ソフィは隣でドライフルーツを強請るララに、優しい微笑みを浮かべながら与えた。ソフィとララの絆は深く、お互いに心地よい安らぎを与え合っている様子が伝わってきた。


「例の冒険者たちのアジトを見つけた」

 マルコは炭焼き小屋で聞いた話をソフィに伝える。

「えっ、密猟者が幻獣を捕まえる!?」

「ああ、マコール族とかいうやつらを使って、幻獣を捕まえるらしい」

「幻獣を捕まえるなんて、とんでもない話だよ! 第一、川の向こうは王領じゃない。それにシェラル山脈はうろつくだけでもヤバいところよ」

 シェラル山脈が王に保護されているのは周知の事だった。

『あそこには近づくな!』

 命に敏感な傭兵や冒険者なら、仲間からそう教わっていた。だから、理由が分からなくても近づかない。誰もがヤバいと思っているからだ。


「幻獣がいるとは知らなかったが、密猟者は捨ててはおけん」

 マルコが言うには訳がある。

「俺の出身は知ってるよな?」

「カストラの騎士団だろ? 勿論知ってるさ」

「幻獣は女神の使徒だ」

 カストラ正教国は女神信仰の国だ。その中で精霊についで幻獣は女神の使徒として信じられていた。


「我々は使徒と共存はあっても、、傷つける事は許されない。ましてや捕まえて売り払うなど以ての外だ」

 マルコの顔が怒りに歪んで、手はこぶしを握りしめていた。眉間には深いしわが刻まれ、目は針のように鋭く光っている。

 彼の姿勢は堂々としているが、その背後には圧倒的な怒りのエネルギーが漂って、彼の存在自体が怒りの象徴となっているようだ。

「必ず助け出す」

 マルコの瞳には決意と覚悟が宿っている。彼は自分の使命を果たすために全力を尽くす覚悟を持ち、困難に立ち向かう覚悟を決めているのだ。


「分かった。あたしも協力するよ」

「にゃっ!」

「もちろん、ララもね」

 その決意はソフィにも伝わり、彼を支える決意を新たにするのだった。


「ソフィはフレデリコに助けを借りたいと伝えてくれ」

「俺はジュリアンさんに説明してくる」

 ソフィにはトレヴィル傭兵団のフレデリコに助けを求めることを頼み、自分は荷主のジュリアンの説得に当たる。

「時間との勝負だ。やつら、期限がどうとか言っていた。恐らく近いうちに動き出す」

 マルコはソフィと手分けして助けをかき集めることに決めた。




       *******




 ジュリアンを探す前にマルコはテオドールに協力を仰ぐことにした。

 幻獣をさらったのは密猟者だが、買い手は貴族かそれに近い連中だろう。

 貴族相手ならテオドールに任せた方が良い。


 そう思い立ったマルコは冒険者ギルドに足を踏み入れた。


「早馬で手紙を届けたい! 手の空いてる奴は名乗りを上げてくれ!」

 冒険者ギルドに飛び込んだマルコは、たむろしている冒険者に声をあげた。

 周囲の冒険者たちは彼の声に気を引かれ、興味津々の表情で彼を見つめた。その中の一人が手を挙げマルコの方に歩いてきた。


「私、アリアンといいます。早馬での手紙の配達、お手伝いいたしますよ。どんな内容の手紙ですか?」

 アリアンはまだ若い女冒険者で、人懐っこそうに興味津々で聞いてきた。


「助かる。手紙は領都オルヴォーのクロフォード伯爵家まで運んでほしい」

 荷馬車と違って早馬なら十日ほどで領都オルヴォーに着く。

「分かりました」

 聞けばアリアンは竜馬乗りだそうで、しかも回復魔法持ちだ。

「ふふ、夜どうし走れば五日で届けて見せますわ」

「ありがたい。相場の三倍、いや五倍払うから頼む」


 マルコは、すかさず手紙に要点をまとめるとアリアンに頼んだ。





       *******




 その頃アレスはドリュアスに、事の次第を説明していた。


「なるほど、とんでもない話だね」

「うん、幻獣を助け出さないと」

「ふむふむ、幻獣の救出か。確かに難しい問題だな」

 ドリュアスの声は穏やかで、思慮深さがにじみ出ている。

 彼は頭をかきながら続けた。


「まず、幻獣がどこにいるかだ」

 そう言って、ドリュアスは指を軽く鳴らしながら空間に話しかけた。

「さあ、探しておいで」

「わぁ、精霊だ!」

 ドリュアスはニヤリと微笑み、目を細める。彼の口角が上がり、少し悪戯心を含んだ表情が浮かんだ。


 アレスはその顔を見て、何かを企んでいることに気が付いた。

「何かたくらんでるね?」

 ドリュアスの目が輝き、微笑みが浮かんだ。

 彼はアレスの目を見つめながら続けた。

「ふふふ、幻獣の救出は簡単な任務ではない。困難を伴い、危険もあるだろう。だが、アレスの決意があれば、必ず解決できるはずだよ。もちろん僕も全力でサポートするけどね」

 そう言ったドリュアスの顔に不敵な笑みが浮かび上がった。


「さて、そこの草原の民よ」

「はっ、はい」

 アウレは驚いて固まったままだ。目はドリュアスに釘付けで、驚きと敬意が混ざった表情を浮かべている。

「仲間はどのくらい集められるかな」

「あっ、はい。集落に戻ればかなり……戦士なら五十人は大丈夫です」

 受け答えはぎこちなく、まだ信じられないような状況に戸惑っている様子だ。

「よーし! それじゃ作戦開始だ!」

「おー!」

 手を挙げて掛け声を上げる二人。その声は周囲に響き渡る。

「おーって、なに?」

 アウレは驚きと困惑を隠せない。

「え、ええっ? 作戦って、どういうことですか?」

 アウレは混乱しながらも、驚きと不安が入り混じった表情を浮かべていたのだ。




       *******




 かつて人々が住んでいた集落の跡地。その場所は荒れ果て、草むらが生い茂り、廃墟のようだ。

 わずかに残る建物の中には、適当に散らかした食べ物のあとや狩猟道具が散乱している。

 そんな酒を飲んで騒ぐ連中から離れてクラシシは檻の前に立った。


「……すまない」

 クラシシは幻獣を見つめながら深い後悔の念に苛まれていた。顔には悲しみと悔しさが交錯し、目元には涙が浮かんでいる。

「幻獣様。私は愚かな人間であり、あなたを苦しめてしまった。この行いは許されるものではないことを知っています。けれど、そうするしか無かったんだ」

「キュー」

 力なく答える幻獣の額の紅玉が淡く光った。

「もう少しだけ待ってください。聖なる石を取り戻したら、きっとこの命にも代えて助けます」

 膝をついたクラシシの声は小さく震えて、それでも言葉を選ぶように話しかける。

「全てが終わったら、あなたの自由を取り戻し、本来いるべき場所に帰します。だから、それまでもう少しだけ……お願いします」


 そう言ってクラシシは立ち上がった。

 クラシシは幻獣への敬意を胸に抱き覚悟を決めた。

 その姿は罪を背負って立ち上がるように見えた。

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アレスは不思議に包まれている 鐘矢ジン @kenta19640106

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