桐の花

文重

桐の花

「まあ随分と立派に育ちましたこと」

 薄紫の花の頂を見上げる兄嫁の嫌味な言葉も、今日は広い心持ちで聞き流せる。一人娘の篠(しの)の嫁ぎ先が決まったのだ。


「父上をお一人にはできませぬゆえ」

 と言い張る篠に甘えていたのは事実だが、もとより婿をとって家を継がせなくてもよいとは考えていた。本家は甥の代になり安泰、分家させてもらったものの大した扶持もない御家人の次男坊だ。私の代で終わらせてもよいではないか。


 篠が生まれた時、世の慣習に倣って庭に桐の苗木を植えた。箪笥にするには切った木を何年も乾燥させるというから、本当の意味での嫁入り道具には使えぬのだろうが、榮(えい)のたっての頼みを拒む理由もなかった。


 思わぬところからの良縁に、篠も初めてまんざらでもない様子を見せたので、跡取り息子と承知の上で嫁がせることにしたが、一抹の寂しさは否めない。

「この木は切らずともよいな、榮」

 紫の梢を仰ぎ見ながら、そう独りごちた。

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桐の花 文重 @fumie0107

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