最終話 先にあたしを絶望させたのはアルだから
「
「ふふっ。そんなこと気にしなくてよかったのに〜。けどありがとう、アル。あたしはアルならこんな急なお願いでも聞いてくれるって信じてたよっ!」
あっは! アルってば、完全に絶望した表情しちゃって〜。わかりやすくて可愛いんだからぁ。
もっと苦しめ。
あたしが渡した人工中絶手術の同意書に署名と捺印をしながら、今にも泣きそうなのに必死に我慢するアルの表情を見ただけで、あたしは軽く達しそうになる。
詳しいことは何も言ってないのに、いろいろと察したように何も聞かないままサインまでしてくれるアル。
あたしの役に立てるなら、自分にはなんの責任もないのに、大好きなあたしが他の男と作ったと思われる子どもを堕ろすための書類にだってサインしちゃうくらい、あたしがこの世界のすべてになってるってこと。
あたしを選ばずに中学で出会ったコウちゃん、
あのせいであたしがどれだけ苦しんだことか。その身をもって味わえばいいよ。
確かにコウちゃんは可愛らしかったとは思うよ。おっぱいも大きいし。
でも、アルはあたしを裏切っちゃダメでしょ。
あたしがどれだけ傷ついたかも自覚せずに、しれっと私と距離をおいたり、たまに学校や街中でコウちゃんとイチャイチャしてるところを見せつけてきたり。
ほんと、許せないよ。
*****
小学校1年の頃から高校生になっても一緒のあたしと
出会って早々にあたしはアルのことが好きに......いや、愛するようになっていた。
あたしの家族は当時からみんな仲良しで、姉さんたちも兄さんもパパもママたちも、優しくしてくれる。妹たちも可愛いし、前の年に弟も生まれたばかり。
一般的に見れば、いや、あたしも視野を広げさえすればきっと順風満帆な家族だったんだと思う。
けど、アルと出会ったあの頃のあたしにとっては、なんとなく上手に家族に馴染めない気がしていた。
別に何が決め手になってそう感じていたってことはない。
パパっ子だったあたしは、11人目の兄弟である弟が生まれて、大人数の子どもたちに平等に注がれる愛情に、薄くスライスされた愛情に物足りなさを感じていて、けどしょうがなさも理解していて、微妙な気分だったのかもしれない。
ただでさえパパはあたしたちよりもママたちを調教するのに心血を注いでいるし、ママたちもパパからの寵愛を受けるためならなりふり構わない部分がある。
そのせいで愛に飢えていたのかもしれない。
それが尾を引いていたのか、学校でもブスくれて友達とかうまく作れなかったあたし。
そんなあたしを太陽みたいに引っ張り上げてくれて、今みたいな明るく人気者なあたしの仮面を一緒に作ってくれたアルのことを好きになるのに時間はかからなかった。
中学の頃にはハッキリと好きを自覚していた。いや、好きなんて生っちょろい感情じゃない。もはや信仰していた、といっても過言ではない。
その頃にはあたしも家族とうまくやれるようになっていて、姉さんたちも自分の好きな男の子に狙いを定めて逃さないようにしているっていう話も聞いていて、あたしも負けてられないと思ってた。
とはいえ、じれじれした気持ちはありつつも、告白はずるずる先延ばしになっていた。
中学の卒業式の前に告白しようかと思ったけど、同じ高校に進学できるってことだったから、もし万が一断られたりしたらと思うと不安で、そこでも先延ばしにしてしまった。
ママたちも姉さんたちも、もしもあたしが振られたらアルを調教するのを手伝ってくれるって言ってたから、最悪の可能性、つまりあたしとアルがくっつかない可能性はなかった。
けど、家族とはいえ、あたし以外の女にアルが調教されるのがなんとなく嫌だったから、確実に行けるタイミングを見定めて......と思ってた。
なんなら、あわよくばアルの方から告白してくれないかなって思ってた部分もある。
そのためにもあたしは積極的に好き好きアピールをしてた。
正直、あたしは周りの人には丸わかりなくらいアピールしてたと思う。
にもかかわらず、アルはあたしのアピールに気づかないまま、高校2年になって。
そしてすぐ、アルは他の女と付き合い出した。
お相手の子はあたし達と同じ中学出身で同じ高校の女、
顔が可愛くておっぱいが大きいことと、天然で男ウケがいいこと、実際に性格はバカ正直なくらいにまっすぐなところ以外にろくにいいところがない女に、あたしの宝物は横取りされた。
憎んだし恨んだし呪ったし心の中で罵倒して叫んでぶっ殺してたくさんの男に強姦させた。妄想の中で。当然そんなことで気が晴れることもなかったけど。
そんな女への不満は大きかったけど、それ以上に絶対に許せなかったのはアルの方。
あたしがこんなにも愛してるのに、すべてを捧げる覚悟があるのに、気づかないで他の女に尻尾を振ったアル。
2人が付き合いだして1ヶ月くらいした頃に訪れた最初の6月2日。あたしとアルの誕生日。
この日は毎年2人で過ごしてきたのに、その年、アルはあたしと過ごさなかった。プレゼントすらもくれなかった。
流石にムカついてアルのあとをつけたら、両親が帰ってくる前のアルのお家で、アイツら盛り始めた。
そこであたしのアルの初体験は
あのときのあたしには止められなかった。
無力感と虚無感に襲われて、憎しみと絶望が心を満たした。
そうしてあたしは誓った。絶対に許さない、と。
アルには私が味わったのと同じ、いや、それ以上の絶望を、生涯をかけて味わわせてやる、と。
そうだ。アルを孤立させて、すべての人間から煙たがられる状況にして、あたしだけしか頼れる人間がいない状況を作ろう。
パパに教えてもらった変装術を使って、あたしがアルに成り代わってママ活しよう。
えっちまで行くとバレちゃうから、それはなしで。
でもホテルにまでは入って言い逃れできなくしよう。
既婚者としっかり関係を持とう。
そしたら、大量の慰謝料で家族に負担をかけて嫌がられるだろうし、学年のアイドルの
そうして落とした状態で、あたしが救いの手を差し伸べる。
あたしだけが心の支えで、あたしだけにすべての感情を向けるように仕向けよう。
あたしだけが寄り添ってあげて......。その上で、あたしが他の男に取られたと思わせよう。
実際にアル以外の男に触られるなんて許せないから、アルがあたしに惚れきったあたりで、適当な相手と形だけのお付き合いをしよう。
アルを地獄に叩き落すためにはデートの1、2回くらいはした方がいいかもしれない。
あたしにとっても地獄の時間になるかもしれないけど、アルに地獄の苦しみを与えて、死ぬまであたしのものにするためには仕方ない。
何年がかりになるかもわからないけど、絶対に復讐してやる。
ふふふ、覚悟しなさい。
*****
そんなふうに考えて、実行した。
あたしの計画はほとんど完璧に進んだ。
唯一、高校卒業を前にアルがあたしの家から失踪したのだけは計算外だった。
あたしが彼氏と一緒にいるのを見て苦しそうにしてるアルは最高に可愛かった。もっとたくさん苦しんでほしくて、彼氏といて幸せそうな姿を見せつけたり、コンドームを買ってるところを目撃させたり、噂を流させたりした。
彼氏のことなんて好きでもなんでもないのに、ニコニコ一緒に歩いてあげたりした。
当然、身体には一切触れさせなかったけど。あたしの身体はアルだけのものだから。
それにしてもアル。いくら苦しいからって逃げるのはだめでしょ。アルはもっと苦しまないといけないのに。
2週間くらい行方がわからなくて、パパにお願いして探してもらった。
見つけたときにはなんと離れた土地のホストクラブで働いているという。
許せなさすぎる。あたしのもとからいなくなったかと思ったら、女に愛想を振りまく仕事を始めてるとか。あたしのことをバカにしてるとしか思えない。
それであたしはもうキレちゃった。
ある程度夫婦生活を続けたら苦しみから解放してあげようかと思ってたけど、そんなのもう辞めた。
死ぬまで地獄の苦しみを味わわせるって決めた。
そうだ、あたしがアル以外の男との子どもを孕んだって思わせるのもいいかも。
そしたら、あたしのお胎が自分のものじゃないってことに絶望してくれるでしょ。あたしの初めてを奪えなかったことを死ぬまで後悔するといいよ。
でも他の男の子なんて死んでも孕みたくないし............そうだ、アルに薬でも盛って寝てる間に勝手に搾り取ろう。
アルの汚れたアソコも浄化できて、あたしも幸せ、計画も進められる一石二鳥の冴えたやり方だ。
うちの家に住ませてあげてる間にも、何度もご飯に薬を盛って眠らせて襲ったし、手慣れたもんだ。
あとはあたしが避妊しなければすぐ孕むでしょ。
でも、堕ろすのがアルの赤ちゃんってことは、アルには絶対に教えない。墓場まで持っていく。
中絶さえしてしまえば、その時の子が誰の子だったのか、永遠に闇の中に葬れる。
そうすればアルは一生、あたしの初めての妊娠の相手が自分じゃないって、後悔と絶望を感じてくれるはず。
そうだ、中絶の同意書にはアルにサインさせてあげよう。
自分の子を堕ろすサインができる栄誉を与えてあげる。初めての2人の共同作業の権利をあげる。
堕ろす子どもには申し訳ない気持ちもあるけど、あたしたちの永遠の愛のための生贄になってもらう。これはしょうがないこと。
すべての責任はアルにある。
アルに罪の意識も抱かせられて、2人の初めての共同作業もできる。素晴らしい計画だ。
その代わり、あたしの方からプロポーズしてあげよう。
だからちゃんとたくさん苦しむんだよ? 絶望するんだよ? 死ぬなんて逃げは、許さないからね。
そして最後に、あたしに永遠の愛を誓いなよね?
*****
「アル......こんなあたしなんかでほんとにいいの?」
「あぁ、俺には雅しかいないから......」
「そっか。あたし、アルのこと、大好きだよ。一生離さないからね? もうアルの命はあたしのものだよ? 勝手に死んだりしないでね?」
「......あぁ。雅、愛してるよ」
あれ以降、すっかり絶望したアル。
直後は何度も死のうとしてたけど、その度にあたしが止めて、慰めて。
何度か繰り返した頃、あたしからプロポーズしてあげた。
彼氏に振られてあたしも寂しいの、みたいなことを言ったら、さらに落ち込んだ顔してて幸せすぎた。
嬉しすぎてイッちゃったしちょっと漏らしてしまった。
バレてなかったみたいだからセーフ。
アルは他にも色々可愛いところを見せてくれてる。
エッチのときも、元カレとこんなプレイはしたことあるか、あんな体位は経験したか、とか、あたしの初めての体験を探って奪おうとするところがめちゃくちゃ可愛かった。
あたしの初体験は全部アルが奪ったのに、自分じゃないと思いこんでて、苦しそうにエッチする姿は最高に滑稽だった。
あと、アルとの行為は死ぬほど気持ちいいのに、頑張って我慢してイッてないフリ、というか、イッた演技をしたふりをしたりした。
そうして元カレと自分を比較されているかのような誤解を促してあげた。
そうすると、あたしがイクたびに、悲しそうな顔で「そんな演技させてごめん......」って謝ってくるようになった。可愛い。
もっと苦しめ。
一生、あたしのことだけ考えて、あたしのことだけ愛して、後悔し続けろ。
その代わり、とびっきりの愛を注ぐからね。
殺したいほど、愛してるけど、苦しめるだけに、留めてあげるからね。
<終わり>
先にあたしを絶望させたのはあなただから 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
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