ようこそ!デーモン・ストーム・ゲームへ 5
酒場の中は先ほどよりもざわざわとしていた。
にぎやかというよりは、困惑の色のほうが近い。そっと盗み聞きすれば予想通り今さっきのノイズについてだった。
「さすがに
ルリカがつぶやいた。
副作用として頭痛やだるさ、吐き気、一時的な記憶喪失があるが、肉体に精神が戻ってこられない場合脳死状態になる可能性もあるのでそれに比べればマシだ。実は俺も過去に一度やらかしたことがあり、その時は丸一日起き上がれなかった。それだけダメージがデカい。
「体験版ということでなにかしらの不備はあるだろうけど――それでもデバッグをしているはずだからゲームとして大きな欠陥はないんじゃないか?」
僕が言うと、ルリカは肩をすくめた。
「デーモン・ストーム・ゲームは一部の間で有名なクソゲーよ? 初代の意思を引き継いでいるかもしれないじゃない」
「ゲームシステムとしてのクソ要素は誰も求めていないと思う」
「ワカバは初代をプレイしたことある?」
「あるよ。従兄弟とやったというか、やらされたというか……。あまりの理不尽さにキレてコントローラーぶん投げたよ」
従兄弟はクソゲーをするのが好きというより、クソゲーをする人間を見るのが好きなタイプだ。
家と歳が近いのもありよく一緒にゲームをしていた。
まわりまわってバーチャル美少女になってしまうとは当時の俺は想像もできなかったが。
「じゃあその時よりマシになっているといいわね。私はやったことないけど」
「ルリカはあんまりRPGゲームしないよね。ちまちましたゲーム苦手って言っていたし」
「……ずいぶんご存じなのね?」
なぜか引かれてしまった。
「動画全部見ていたから……」
「は!? 私のでも歌ってみた含めてだいたい100本はあるわよ!?」
「そのぐらいどうってことない。リリーさんとか生配信抜かせば1000本ぐらいあるもの。他の人も800本を超えている人多いよ」
「待って」
「さすがにVチューバーばかりではなくて犬や料理動画の気分のときはそっち見てる」
「待って」
ルリカは折りたたんだり伸ばしたりとせわしなく指を動かす。
その間に他の配信者たちを見ると、みんな配信ウィンドウを用意していた。開始10分前から配信開始を許可されているので、今がその10分前ということだろう。
先ほどリリーさんと俺で交わした「オフレコ」「配信枠切っている」というのはバーチャル世界での定型挨拶のようなものだ。今は素のまま話しても大丈夫ですよ――つまるところ、「私を信用してください・あなたを信用していますよ」と暗に告げている。特に配信者って信用が大事だから。
「だいたい30分の動画だとして、掛ける1000――日に直すと……20日!?」
「ぶっ続けてみるとそのぐらいになるのか」
さすがにそんな人間やめた芸当はしないが。
「あの部屋の奥にいる『風魔ござる』とか、『ぷるぷるまりりあ』もたまに覗いてる。あ、『繭翅アゲハ』も」
「あなた日常生活どうしていたの? 学生か社会人かは知らないけど」
もっともな質問が来てしまった。
俺は苦笑いする。
「……ご想像にお任せする、でいい?」
「そうね。深入りしすぎたわ」
あっさりとルリカは引き下がった。
配信者にとって、余計な詮索はのちの活動に悪影響だ。
「ああ、もうみんな配信始めているのね。私たちもしましょうか」
「そうだな」
俺は配信画面を開いて、開始ボタンに触れた。
一瞬のロードのあとに若木ワカバの顔が映る。うん、最高にかわいい。
SNSにも動画リンクとコメントを書き込んだものを投稿する。しばらく待つと、ひとりが視聴しに来た。
【草】
従兄弟だった。本当に来るとびっくりする。
「ようこそマコッチャンさん。草生やさないでもらっていいか」
【花】
「花も生やすな。美化運動進めるんじゃねえ」
周りはまじめに挨拶や参加するゲームについて語っているというのに、俺だけは身内とだらだら喋っているという体たらく。
あ、ひとり来た。すぐにいなくなった。
「もう少し視聴者増えると思ったんだけどなあ……」
【ランキング上位が何人も集まっているんだぞ。底辺Vチューバーよりそっちのほうを見に行くに決まってるだろ】
「現実を見せつけるのやめて」
【そんな悲観しなさんな。裏番組的扱いで誰か見に来るよ】
「紅白の時のガキ使みたいな扱いなのかよ」
【テレビショッピングレベル】
ちくちく言葉やめてくれねえかな。
そんなバカな話をしているうちにいつもコメントをしてくれるリスナーがふたり来てくれた。
【ワカバたん周りと交流してる?】
「こんにちは、ミッティさん。交流してるよ」
【グラ綺麗】
「牛若丸さんもこんにちは。そうなんだよ、景色がすごい綺麗」
処理落ちしないかが心配なところであるが。
連続でコメントを投稿する人たちではないので話がそこで止まる。俺が息継ぎもそこそこに喋りまくれるタイプならよかったけれど、それができるなら苦労はしない。
話題を探していると室内がふっと暗くなった。
時間を確認すれば集合時間であった。誰も遅れずに来たようだ。
酒場内にあるステージがぱっと照らされ、燕尾服を着た人物が深々とお辞儀をした。
「こんにちは! わたくし、デーモン・ストーム・ゲームFVRの開発部Vチューバー『フル太郎』と申します!」
ゲームタイトル発表時もこの人があいさつしていた。
当時の俺はネーミングセンスの悪さに驚いたものだ。なんだよフル太郎って。
「この度は体験版にご参加くださり誠にありがとうございます! 数多くの応募の中から抽選で選ばれた15人のあなたがたは大変幸運でございます!」
……まあ本当に抽選で選ばれたかは定かではないのだが。
出来レースではないかと炎上もしていた。
僕みたいな弱小配信者はそういう批判を避けるために選ばれたのではないのかと飛び火もしてしまい参ってしまった。ちなみに、登録者数は増えなかった。
「今回、あなた方は――」
にこやかな表情が凍り付いた。
俺達のことなど意に介さずに、与えられた設定によって店内を歩き回っていただけのNPC。
そいつが突如、フル太郎の胸を突き刺した。
「え?」
まるで意味が分からないと言わんばかりだ。俺だって、いや誰にも理解ができない。
フル太郎は膝から崩れ落ちた。
NPCはそれ以上の動きをせず、虚ろにどこかを眺めている。
「い……っ、痛い、嘘だろ、痛覚遮断は設定して……っ、」
彼は胸ではなく頭を押さえた。
この世界と現実世界をつなぐのは、頭に繋がれたギアを通している。
だから――異常があれば頭部に耐えがたい痛みが走るという。
「痛い、痛い痛い痛い! 死ぬ! 助けてくれ!」
もんどりうつフル太郎を呆然と見下ろすことしかできない。
誰かが我に返り、「
「やってる、出来な、痛い――痛い! できない、ふろー……ああああ! クソっ!」
リリーさんが飛びだし、フル太郎の横に跪いて叫ぶ。
「フロート! フロートって言って! それから赤い決定ボタンを押して!」
「フロート、ふろート、フろート! 痛い、駄目だ、出来ない……なんで出てこないんだよぉ――」
「代理緊急浮上――無理だ、どうして……!?」
縋るようにリリーさんの腕にしがみつき、フル太郎が声を絞り出す。
「し、死にたくな――」
びたりと動きが止まった。
絶叫も突然止み、静寂が室内を包み込む。
そして電波が悪いところで見る画質の悪い画像のように、その姿はぼんやりと滲み――消えた。
「……なに、いまの……」
「そういう演出……か?」
「どうなってる?」
「本当に死んじゃったの……?」
「フロートができないってマジで?」
「運営の指示を待とうよ」
疑問で満たされたさざめきが広がっていく。マイナスの感情があちこちで生まれている。嫌だな、と頭の片隅で思った。
隣でルリカが立ち尽くしていたが俺も自分の平静を保つので精いっぱいだ。
【何が起きた?】
「俺が聞きたい……」
従兄弟に短く答えながらまわりにNPCがいないか警戒する。俺も同じように刺されるのはごめんだ。
壁側で、銀髪の少女が――カサブランカが立っていた。
じっと配信者たちを見つめている。その様がひどく不気味に思えた。
周囲の空気が張り詰める。どんどんと不安は膨らんでいき――パニックが起きる。
その寸前。
底抜けに明るい音楽が、緊迫に満ちた空間を駆け巡っていった。
それどころか辺りに花のエフェクトやきらきらとした光エフェクトが乱舞する。
たった今ひとがひとり苦しんで消えたのが噓のように。
≪おめでとうございます!≫
各々の目の前にテキストメッセージが現れる。
≪あなた方はデスゲームに選ばれました!≫
今日日デスゲームなんて流行らないだろ。
妙に冷静に考えていた俺は、気づくと草原に放り出されていた。
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