Episode1.略してデスゲーム

ようこそ!デーモン・ストーム・ゲームへ 1

【新規ダイブ用ガジェットと同期します。同期しました】


【生体反応感知。終了まで機器を外さないでください】


【ユーザーとパスワードを入力してください】


 ユーザー名:若木ワカバ

 パスワード:●●●●●


【認証を完了しました。こんにちは、若木ワカバさま】


【バーチャルダイブシステム起動中】


【起動完了。ダイブシステムを開始します】



 うたた寝からさめたような感覚。

 機械合成の声が、俺の脳に直接入り込んでくる。


『ダイブシステムは正常に作動しました』


 ここまで来たらあとはもう大丈夫だ。俺は息を吐く。いや、実際にはこの空間では息をしていないけれど。

 実のところ仮想空間に入るまでが一番大変だったりする。

 簡単かつ強引に言えば身体を現実に置き去りにし、魂を仮想空間に飛ばしているわけだからなんらかのエラーを出すとその復旧に手間と時間がかかってしまうのだ。

 下手すると後遺症が残ると一部の団体は反対運動を起こしているが、人類はこんな便利なツールを手放すことはできないだろう。


 ――まあそれはともかく。

 俺の意識は今、真っ白な空間の中でぷかぷかと浮いている形になる。

 頭上にはフォルダとか通話アプリだとか動画作成ソフトだとかが自由気ままに泳いでいた。几帳面な人だと壁紙のように揃えるそうだが、俺は水族館みたいで面白いのでこのままにしている。

 すいっと手を動かすとメールボックスがそばに引き寄せられた。その中にある大事に保存していたメールを開封する。


『デーモン・ストーム・ゲームFVR体験版参加者の皆様へ』


 何万回も読み返した文面をもう一度読み返した後に、表示されたリンクに触れる。

 壁が出現し俺を囲んだ。いわゆるエレベーターのようなもので、他空間へ転送されるのだ。


 その間に俺は動画サイトMetubeを開く。自動ログインを行い、配信ボタンを押す一歩手前まで表示させた。

 さらにその隣には配信に必要なデータや設定が一通り揃えられたアプリを起動させ、Metubeと同期させる。これも致命的な問題は起こらなかったのでほっとする。

 ふと思い、俺は鏡を表示させる。分かり切っている姿かたちではあるが気に入っているので何度でも見たいのである。


 腰まで伸びた姫カットの黒髪。花飾りのついたカチューシャ。

 ぱっちりとした紫目に、赤い唇。白い肌に尖った耳。

 首元にはレースのチョーカーが巻かれている。

 ブラウスからコルセットまで真っ黒なゴシック服。

 スカートは処理落ち防止のためそんなに動かないが、ふんわりとした質感だ。

 紫のタイツに黒の編み込みブーツ。


「……ふふ」


 俺は嬉しくなって何度もくるくると回る。

 現実世界でもまあできなくはないが、理想とはかけ離れた姿になるのは目に見えて分かっているし維持するのも大変だ。

 だったら仮想空間で思いっきりやりすぎた美少女を作って思いっきりかわいい恰好をさせたほうが満足度が高い。

 協力者の従兄弟を除き、とても家族や友人には言えないけどな。


「今日の俺かわいいな……」


 バーチャル体なので今日も明日もこの身体のままだが。

 声は地声である。最初のうちはボイスチェンジャーを使っていたが、何かの拍子で外れた時にリスナーに「そのままでもいいんじゃないか」と言われて以来ずっとこのスタイルだ。

 従兄弟はそもそも自分がデザインしたバーチャルゴシック服を誰かに着せるのが望みだったので俺の配信スタイルにはまるで興味がない。今回だって、ゲーム参加祝いにカチューシャを作ってくれたが配信自体は「行けたら行く」らしい。これ絶対来ないやつだろ。

 ぽんと目の前にバナーが現れる。


【認証しました。体験版を開始しますか?】


 俺は迷わずに触れた。

 一瞬ノイズが視界に走った気がする。疑問に思う間もなく、俺の足元から世界が広がった。

 目の前に大きくタイトル画面が表示される。


 ――≪デーモン・ストーム・ゲームFVR≫。

 今から20年前の2023年に発売されたデーモン・ストーム・ゲームの正式なリメイクだ。

 当時は「操作性がクソ」「ストーリーがガバ」「ネーミングセンスがアホ」と散々だったのによくリメイクを作る気になったものである。カルト的な人気を誇っていたからそれが原因かもしれない。

 トレーラーだと飛びぬけて酷い部分はなかったので大丈夫だと信じたいが……。


 俺は足を踏み出す。歩いているという感覚がないのに景色が進むのは不思議な感覚だ。

 オープンワールドなのはいいが、どこに行けばいいか迷ってしまうな。とりあえず集合場所に向かおう。

 事前連絡で、初期スポーン地近くの街の酒場に集まるよう言われているのでそこを目指す。


「マップ表示」


 試しにつぶやくと軽快な否定の音とともに『街の長老トシオイータから地図を貰ってください』という文字がポップする。

 イベントで入手するんだ、地図。というかやっぱりネーミングセンスがアホじゃねえか。

 ……まあ街らしきものは見えてるし、大人しく行くか。


 歩き出したとき、背中から「ねえ」と女性の声で話しかけられた。

 女性と言ったが微かにボイスチェンジャー特有の音の揺れがあるので実際は男性かもしれないが。

 そんなことを考えつつ振り向く。


「こんにちは。きみも今から行くところ?」


 肩まで伸びる銀髪で、インナーカラーは赤色。

 赤い瞳はラメのように輝いていた。

 白シャツの上から黒いジャケットを羽織り、ショートパンツ。剥き出しの太ももには百合の模様が描かれている。

 間違いない、このひとは――


「は、花園リリーさん!? はじめまして!」


 声が上ずってしまった。

 俺がバーチャル配信者になったきっかけの、憧れの人だ。


「あはは、そんなに緊張しないでいいですよ。きみは?」

「あ、若木ワカバです。ワカバでいいです」

「ワカバさん。今日は楽しみましょうね」


 俺はもう緊張でカチコチなのに、リリーさんからは余裕的なものを感じる。

 さすがチャンネル登録者150万人超え……。俺なんか足元にも及ばない。


「せっかくですしいっしょに行きましょう」

「いいんですか!? うれしいです! あの、この前の配信サイコーでした!」

「ふふ、今から盛り上がると疲れちゃいますよ」


 だって推しが目の前にいたら誰だってそうなるじゃん。

 そっと現実に置いてきた肉体の心拍数を見る(安全のため心拍数と酸素濃度は測られる)。

 最高血圧130超えていた。

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