ようこそ!デーモン・ストーム・ゲームへ 2

 もしかしたら現実世界で鼻血出しているかもなあ……と考えていると、「そういえば」とリリーさんが言う。


「ワカバさんは普段どんな配信をしているの? あ、今オフレコだからなに話しても大丈夫だよ」

「俺も配信枠切ってます――どんな……あー……えっとですね……」


 改めて自分の活動を思い起こしてみるが、本当に何もない。

 リリーさんは雑談配信に、ゲーム実況、プロモーション、コラボとなんでもこなしている。

 それに比べて俺は……。


「あんまり、面白くないですよ……」


 若木ワカバとして活動を始めて半年。

 ほとんどの配信者が通るゲーム実況であるが、数回しただけで終わってしまった。わざわざ配信するほどの腕前でもないし、たいていのものはすでに遊びつくされたものだ。海外クソゲーはウイルスが、レトロゲーは希少価値により出回る数が少なすぎる。

 ここから視聴率を増やしていきたいというなら飛びぬけた編集技術や配信者自身の持ち味を出していかなければならない。そして俺にはそういうものはなかった。

 いまだに編集ソフトと格闘している俺がどうして斬新な動画を作り出せようか。発注するという手段もあるが、悲しいかな。お金がない。

 ――お金を出せば良いものを作れる世界で、ひきこもりの高校生はあまりにも無力であった。


「主に、雑談ですかね。最近読んだ本とか、映画とかの感想を言って……たまーに自分のを読んでくれって言うweb小説の作者さんに依頼を受けたりして……」

「そうなんだ、いいね」

「まあ、チャンネル数が12人しかいない弱小チャンネルに期待はしていないでしょうけど……」

「こーら、ワカバくん」


 俺のアバターより少し大きいサイズのリリーさんが俺の顔を覗き込んできた。

 ウワ! 推しの顔がいい! 


「そうやって自分のチャンネルを卑下しない。それに、12人いないじゃないの。12人いるんだよ?」

「12人も……」

「そう。わたしだって、最初はゼロから始まって、そこからコツコツ積み上げてきたの。まだまだワカバさんは成長中なんだよ?」


 150万人の人に言われてもなあという気持ちもあったが、それを上回って、推しにアドバイスをされている現状にめちゃくちゃ興奮していた。

 やばくね!? 俺はもうこの記憶だけを抱きしめて生きていきたい。


「今回のゲームでワカバさんの魅力にみんなが気づけたらいいな」

「魅力ありますかね……」

「あるよ! 残酷だけど、Vチューバ―はまず顔でリスナーが分かれる」


 リリーさんは俺の頬を包む。当然バーチャルなので体温はなかったが、脳に信号が送られ『触られている』という認識が起こる。


「わたしはね、若木ワカバを一目見てとってもかわいいなって思ったんだ。尖っているわけでも埋もれてしまうデザインでもない、素敵な造形かおだよ」

「俺も、かわいいと思います」

「でしょう? 自信をもって。ここはバーチャル世界、望めば何者にでもなれるんだから!」


 リリーさんは両腕を広げて笑った。


「望めば……」

「そう。そのキャラクターのワカバさんも十分素敵だけれど、バーチャル世界でのキャラがあるとオンオフもはっきりするしやりやすいよ」

「なるほど……」

「まあ、偉そうに言ったけどワカバさんがどうしたいかにもよるから強制はしないけれど、ね」 


 なんだか今までそういうの考えてこなかったな。キャラクターか。

 実は初期はダウナー系でやっていくつもりだったのだが、次第にグダグダになってしまって素のまましゃべるようになってしまった。リスナーは誰一人気にしていないので甘んじてこのままやってしまっている。まさかと思うが気づいていないとかではないよな?

 アイドルや俳優ではないけど、演じるなら最後まで演じきらないとな。


「……あの」


 ひとつ疑問を投げかけようとして、やめた。


「ん? どうしたの?」

「あ、いや……リリーさんも、すごくきれいです」


 なに言ってんだ俺。

 直前で言いかけた言葉をごまかそうとしたらこっぱずかしい言葉が口から飛び出していた。


「ありがとう」


 現実なら顔が真っ赤になっているであろう俺に向かって、リリーさんは優しく微笑んだ。

 ビジネススマイルだろうがなんだろうが関係ない、その表情を向けられて俺は純粋に嬉しかった。同時に罪悪感も覚える。

 

 俺は、『リリーさんは、どんなキャラクターを演じているんですか』と聞きそうになった。

 越えてはならない。触れてはいけない。覗いてはならない。暴くべきではない。

 聞いたとてリリーさんは答えないだろう。ちょっとだけ出来た関係性が崩れてしまうかもしれない。

 でもそれ以上に。

 この人の本当の顔を、俺は知りたくない。



 雑談をしながら歩いていると街が近づいてきた。次第にNPCらしき人影も見えてくる。


「なんでこんなに歩くんのでしょうね……」

「え? ワカバさん聞こえなかった? 世界観説明がずっとされていたよ?」

「え!?」


 慌てて設定メニューを開く。あっ、音量がゼロになっている!

 おおもとのバーチャル世界での設定で音量ゼロをデフォルトにしているのでそれが反映されてしまったらしい。

 バーチャル世界、脳みそに音楽を叩きこんでくるので突然だとびっくりしてしまう。だからゼロにしていたのがここで裏目に出た。


「どんな内容でしたか!?」

「かつて封印したデーモンが暴れて大変だから冒険者よどうにか倒してくれーって。初代と話は変わらないよ」

「あんまり複雑でなくて良かったです……」


 リリーさんも俺と話していたので話半分に聞いていたと思う。

 村の門番NPCに声をかける。


「よう、客人。長がお待ちだ。まっすぐ行けばたどり着くさ。おっと2つ目の曲がり角にある酒場に寄り道はしないほうがいいぜ、酔っぱらって長に会うのは勧められないぞ」


 ひとりのNPCにこんなに情報を詰めるな。

 ともあれ俺たちは街に入り、2つ目の曲がり角にある酒場に足を踏み入れたのだった。

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