ようこそ!デーモン・ストーム・ゲームへ 3

 場面転換のためのわずかな暗転のあと、目の前にはいかにも酒場といった店内が広がった。

 テーブルは樽の上に板を乗せた作りで、まわりに丸椅子がそれぞれ4つずつ置かれている。近寄るとチャットアイコンが浮かぶので交流場としての役割があるようだ。

 奥にはショースペースが設置されている。プレイヤーがここで歌を歌ったり発表をすることを想定しているのだろう。


「こんにちは、冒険者様! 酒場『揺らめく炎亭えんてい』へようこそ!」

「あ……こんにちは」

「はじめましてですね? お会いできてうれしいです」


 銀髪の少女が僕らのもとへ小走りで近づいてきた。ベージュのワンピースに黒いエプロンをつけている。


「あたしはカサブランカと言います。もしよければ、頭の上のアイコンに触れてみてください」


 彼女の言った通り、頭の上に丸いアイコンが浮かんでいるので軽く手をかざしてみる。≪看板娘 カサブランカ≫と灰色の文字が出てきた。

 ゲームサイトを予習として眺めていたときに確かこの文字色の情報も載っていたはず。数秒して思い出した。

 オレンジ色の文字がプレイヤー、灰色の文字がNPC、青色の文字が重要NPC、そして敵対NPCおよびデーモンは赤色。

 名前を色分けしているのはこのゲームだけではない、ほぼすべてのVRゲームが採用している。というのも、NPCにAIを組み込むことが多くなった昨今、あまりに「人間らしい」振る舞いや言動を行いプレイヤー側が混乱する事態が多かったのだ。そのためトラブルを避けるために色分けやアイコンでNPCと分かるようにされている。

 それだけ人間に近づいたのだからすごいよなあなんて俺は他人事のように感心してしまう。実はNPCのふりをして人間が操作していますなんて言われても信じてしまうぐらいに、簡単な会話なら自然に成立してしまう。


「もう一度触れると表示は消えます」


 名前を出しっぱなしにして処理が重くなるのも嫌なので俺はアイコンに再び触れる。

 となりで周りをきょろきょろと見まわしていたリリーさんは「カサブランカ」と呼んだ。


「訪ねたいことがあるんだけどいいかな?」

「はい、冒険者様。どのようなご用件でしょうか」


 彼女の顔の前に選択肢が現れる。

 ≪ここはどんなところ?≫≪マスターは?≫≪イベントスケジュールを教えてほしい≫……すごい、まだある。下に行くほど今の俺達には必要のないものだったので適当に切り上げる。

 ゲーム内でもこの酒場は交流の要として重要視されているらしい。


「待ち合わせをしているんだ」


 選択肢を一瞥もせず、リリーさんはカサブランカに言った。


「待ち合わせですね。あなたのお名前と、待ち合わせしている冒険者様のお名前を聞かせてください」

「花園リリー。相手の名前は『ぷるぷるまりりあ』」

「はい! テーブルCにてお待ちです。お困りでしたらお声がけください」

「ありがとう」

「どういたしまして。他にご用件はありますか?」

「特に」

「かしこまりました」


 カサブランカはにっこりと笑ってそのまま通り過ぎていく。


「すごいスマートだ……」

「そう? ワカバさんだって慣れればこんなの簡単にできてしまうよ?」

「どうしても選択肢のほうで質問してしまうんですよね。音声のほうが簡単だと分かってはいても……」

「ワカバさんってボイスチャットとテキストチャットどっちが多い?」

「……」


 思わず黙ってしまった。


「……テキストですね」

「ああ、じゃあ選択肢のほう選ぶことが多いよね。今みたいに会話でもいけるから覚えておいて」

「はい」


 ……俺、ほとんどボイスチャットしたことないんだよな。

 ネットで数人遊ぶ仲間はいるが、その人たちとも基本テキストで声を聴いたことはない。名前はおろか性別も知らない。


「じゃあ挨拶行こうか」

「え!?」

「『バーちゃーズ』事務所のメンバーと会うの、初めてだよね? 顔合わせしない?」

「いやいやいやいや」


 「ぷるぷるまりりあ」なんて花園リリーに並ぶ大御所配信者だ。

 ふたりとも同じ事務所に所属しており、よくゲーム実況やプロモーションでコラボしているのも見る。

 ――そして、ぷるぷるまりりあは花園リリーに友情や同僚を超えたなにかしらの感情を抱いているのは傍目から見ても分かる。隠しきれないというより、隠す気がない。

 そんな人のところへのこのこと出向き、「さっきそこでリリーさんと会ってここまで一緒に来ました」なんて言ったらどういう感情を持たれることか。どう考えても良い感情はもたれないだろう。下手すると敵対されるぞ。


「お、俺もほかを見て回りたいのでゆっくり挨拶してきてください」

「遠慮しなくてもいいんだよ?」


 今は優しさが心に痛い。


「……またあとで挨拶に行きます」

「そっか。じゃあまたあとでね、ワカバさん」


 リリーさんは軽く手を振って奥のテーブルへと向かっていった。

 あとでね、ということはまた話してもいいのだろうか。……さすがに社交辞令だな。


 俺は辺りを見回す。

 どうやら今回の参加者らしい人たちが隅で話しているが、そこに飛び込んでいくほどの度胸は俺にはない。

 まだ時間はあるし周辺を散策してみようかな。それに人がいないところで生配信が問題なく行えるかの確認もしたい。

 酒場を出る。内部は雰囲気のためか照明を暗くしているため、外が眩しく感じた。

 さて、地図が手元にないのでどこがなんなのかさっぱりだ。これ開始前に長のところにいって地図をもらってもいいのか? レギュレーション違反になりそうだな。

 ひとまず酒場の周りをぐるりと回ってみるか。

 話しかけてくるNPCになんとなく頭を下げながら建物の後ろに来た時だった。

 少女がこちらを向いて立っているのに気づき足を止める。服装が明らかにNPCではない。


 ところどころ青のメッシュが入った金髪ツインテール。

 白と水色をふんだんにつかったフリルの多い衣装。膝までのスカートだがスリットが大胆に入れられ、それを塞ぐように青いリボンが結ばれていた。

 ブーツは唯一藍色が使われており、全体の印象を引き締めていた。

 愛らしさをかたちにしたような姿はアイドルのようだった。

 ただひとつ、目をのぞけば。


 海のように青い瞳が、きつく俺を睨みつけている。


 向けられた敵意に、訳も分からず俺はたじろぐ。

 疑問よりも先に少女の名前を思い出した。ここ数ヶ月見かけていなかったけど、彼女もまた配信者だ。

 コハク・ルリカ。

 所属事務所はなく、俺と同じ個人配信者。

 ホラーゲームやアクションゲームをけっこうごり押しでプレイしながら実況していた記憶がある。

 俺は彼女がたまにアップロードする歌が印象的だ。

 普段とは打って変わった、静かで涼やかな歌唱を、一時期何度も聞いていた。

 

「……」


 それは今はいいとして。

 この硬直状態を何とかしなければいけない。喧嘩寸前のネコみたいな空気だぞこれ。


「……こんにちは。俺は」

「知ってる。若林ワカナでしょ」

「若木ワカバです」


 微妙に惜しい。

 訂正すると彼女は目を丸くした後にそっぽを向いた。


「……ごめん」

「どうも……」


 きまずい。こちらのせいではないとはいえ、どうすればいいんだ。

 気ままに足元を通過していくニワトリを見送ったあと、彼女は気を取り直してもう一度俺を見る。


「あなた、花園リリーとどういう関係なの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る