ようこそ!デーモン・ストーム・ゲームへ 4
リリーさんと俺がどんな関係かって?
関係とも言えない関係なんだけど。
ぽかんとしていると彼女はますます顔を歪めた。……表情が細かに設定されているのも考えものだな……。
「所属が違うのにどうして花園リリーと一緒に歩いていたの」
「え、たまたまログインのタイミングが一緒で……。それでリリーさんとここまで一緒に来ただけ、ですが」
「それだけ?」
「それ以上でもそれ以下でもないですけど……」
恐る恐る言えば、コハク・ルリカは目を丸くした。表情がころころ変わる子だ。
「本当に、そこで会っただけ? 以前からなにかしら関りはあったんじゃないの?」
「ないですが……」
「本当に?」
「本当に」
「リアルで知り合いだとか、ゲームのチームメンバーとか……個別に相談に乗ってもらっていたとか」
「いいえ!」
思ったよりクソでかい声が出た。
「そんな恐れ多いこと俺はできないですよ!」
「あ、そう……?」
一度だけ、リリーさんの雑談生配信の時に投げ銭とともに相談を投げかけ――言葉を返してもらったことはあるけれど。
あの人にとっては数百数万さばいてきたうちの一つでしかない相談だろうから先ほどの会話ではなにも言わなかった。とっくに忘れているだろうし。
だけどたった十数秒の、俺だけに向けられた言葉が再び社会とつながりを持つようになったきっかけの一つではある。
「製菓会社とコラボパッケージを出したり、映画の試写会に呼ばれてコメントを寄せたり、フィギュアにアクスタにラバストになったり! そんなすごい人とリアルとか裏でつながっていたら、俺、心臓が持たないです!」
「そうなんだ……」
「ゲリラ配信でも瞬く間に1万人集まるんですよ!? 動画サイトもリリーさんがゲーム実況するごとにサーバー負荷がかかるからって増強したぐらいだし、リツイートした食品は次の日には売り切れているし、影響力の大きい人の横で俺がまともにいれるわけないじゃないですかっ!」
「もうまともとは思えないんだけど、言動が。純粋に気持ち悪い」
さらりと酷いことを言われた気もするがまあいい。
あと一時間ぐらいリリーさんの魅力を語れるところだが、コハク・ルリカは手のひらを俺に見せて「ストップ」と意思表示したので渋々やめる。
「疑って悪かったわ。少なくとも今の言葉に嘘はないわね」
「どうしてリリーさんと俺の関係が気になるんです? 同担拒否強火過激派なんですか?」
「……同担うんぬんはともかく、まあちょっとね」
歯切れの悪い言い方からするに、触れてほしくなさそうだ。
これは巻き込まれたら面倒な事案だろうか。
コハク・ルリカは俺に密着するぐらいに近づいて耳元でささやいた。
「――あいつを信用しすぎないほうがいいわよ」
「それってどういう……?」
彼女はしずかに俺から離れる。そして表情なく「忠告はしたから」とだけ言った。
むしろ彼女のほうがリリーさんと関りがあるのでは――?
でも、ふたりがコラボをしているのを見たことがない。それこそプライベートで知り合っていたとか?
……これ、深追いしたらやけどするやつだ。
「自己紹介もなしにごめんなさい。私はコハク・ルリカ、好きに呼んで」
「そういうのが一番困る……。じゃあリスナーみたいにルリルリって呼んでもいいですか?」
「やっぱりルリカでいいわ」
駄目なんだルリルリ。
「リスナーみたいにって、あなた私の配信見たことあるの?」
「一年半ぐらい前から見ています」
「……だいぶ前から見ているわね……」
少し困ったような声だった。
問い詰めていた相手が自分のリスナーなのちょっと扱いに困るだろうな。
何かを考える様子で宙を見つめた後、彼女は口を開く。
「ワカバ」
「あっ、はい」
「ワカバって呼ぶから、あなたもルリカでいいわよ。丁寧語もいらない」
「いや~、そっちのほうが先輩だし……」
「私も実のところ新人なのよ」
「へ」
以前コハク・ルリカのチャンネルで『祝!三周年!』というお祝い動画を視聴している。
さすがに三年目は新人とは思えないのだが。新人というくくりがそんなに広かったか配信者。
「新人で事務所に所属していないVチューバー、あなたともう一人ぐらいしかいなかったから話したいと思っていたの」
あらかじめチェックしていたんだな。だから名前を知っていたようだ。ちょっと間違えていたが。
参加者は特設サイトで公表されているのだ。意気込み、所属事務所、SNSや動画のリンクも一緒に紹介されている。ちなみに俺の登録者数は伸びなかった。
「最悪なファーストコンタクトになって申し訳ないけどね」
「たしかにびっくりしたけど、これも何かの縁だ。俺、あんまりゲームうまくないからさ。ルリカの腕前に期待してる」
「……うん」
やっぱり困ったような声色だった。なにか変なことを言ってしまっただろうか?
ルリカはごまかすように手を叩くと、俺のゴスロリを指さす。
「それ、かわいいね。シンプルだけど大人っぽい」
「俺も気に入ってる。ルリカも、白いしふわふわしてていいと思う」
「褒めるの下手な人?」
話していると、視界の端でノイズが走った。なんかこれ、さっきも――
「 、 あ ?」
地面が揺らぐ。ひどい耳鳴りが襲う。世界がさかさまになる。まっくらだ。
――反応する暇もなく、終わった。
何事もなかったように牧歌的な景色がのんきに広がっている。
「え――?」
「なに、いまの」
壁に体を預けてルリカは驚いた顔をしていた。俺も同じような表情をしているだろう。
バグ? 負荷?
体験版だからこういうこともごくまれに起こるとか?
「……。そろそろ時間だから酒場入ろうか」
「そうね、そうしましょう」
根拠のない嫌な予感を振り払うようにして、俺達は移動することにした。
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