毎日小説No.31 絶景を求めて

五月雨前線

1話完結

 高校卒業後にカメラマンとしてデビューし、世界中の絶景をフィルムに収めてきた敏腕カメラマン、舌村ぜつむら景子けいこ。出版した写真集は重版を重ね、人気カメラマンとして様々なメディアの媒体に出演。さらにイケメン俳優と夫婦円満の家庭を築くなど、舌村はとても満ち足りた人生を送っているように見えた。


 しかし、舌村は心のどこかで物足りない気持ちを感じていた。舌村が一流のカメラマンになれたのは、舌村が飽くなき探究心と向上心を抱いていたからに他ならない。もっと絶景を見てみたい。誰も知らない絶景スポットを見つけてみたい。その本能に突き動かされるように、舌村は30年間第一線で活動し続けた。


 だが30年間休みなく飛び回った結果、世界中のあらゆる場所に行き尽くしてしまったのである。もうこの地球上に未知の場所は無い、と分かった途端に舌村のモチベーションは途絶え、カメラを手に取る機会が激減してしまった。


 そんな舌村に転機が訪れたのは、ふとした拍子にJAXAの広告を目にした時だった。『一般公募 宇宙飛行士募集』という触れ書きを見た舌村は「これだ!!」と思い立ち、すぐに募集要項を読んで応募のメールを送った。


 『宇宙にはまだ見たことない絶景が沢山あるはず!』という単純明快な理由で始まった宇宙飛行士への挑戦。舌村は努力に努力を重ね、遂に正規の宇宙飛行士としての資格を手にすることが出来た。


 宇宙飛行士として新たな人生を歩み始めてから10年、舌村はベテランの域に達し、徐々に難易度の高いミッションを受け持つようになった。


 その日、舌村はホワイトホールの研究の任務を命じられ、仲間とともに超高速ロケットに乗り込んだ。離陸と同時に光速で浮き上がり、その後はワープを何十回も行い、遂に太陽系から遥か離れた星雲に辿り着いた。無限に広がる宇宙空間の中に、白い球体のようなものが浮かんでいるのが見て取れた。


「ホワイトホール、確認。これより観測に入ります」


 舌村が本部にそう連絡したところで、突然同僚が頭を抱えながら喚き始めた。舌村以外の5人の同僚は一様に苦痛に顔を歪め、床で手足をばたつかせている。


 舌村は様々な機器を確認し、ホワイトホールから未知の妨害電波が出ていることを突き止めた。この電波の影響で、私以外の飛行士が苦しむ羽目になったのだろう。では、何故私には何も起こらない? 彼らが男で、女の宇宙飛行士は私だけだからだろうか?


 思考を巡らせる舌村の前で同僚達はもがき続け、やがて口から血を吐き出しながら絶命してしまった。同僚が死んだことは悲しかったが、舌村はその悲しみを上回る高揚感を感じていた。


 ホワイトホール……なんて美しいんだろう……!!


 遥か前方で揺蕩う超弩級の白い球体の美しさに、舌村は思わず見入っていた。地球に留まっていたらこんな絶景を見ることはなかっただろう。やはり宇宙飛行士になってよかった、としみじみ思った。その後、満足するまでホワイトホールを観察し、その後本部にホワイトホールの調査情報と、同僚が事故死したことを報告した。


「ホワイトホールちゃん……また必ず見にくるからね」


 そう呟き、舌村はコントローラーを両手で握った。ワープを幾度となく繰り返し、太陽系、そして地球を目指す。ワープ中、七次元の空間を飛行している間に舌村は距離と時間の関係を計算し、そして首を傾げた。


 これ……計算間違ってないか?


 JAXAの本部が計画した今回の調査だったが、調査概要書に記されている航路の計算方法が間違っている気がしてならなかった。高性能な量子計算機を使って何度も検算してみるが、やはり答えが合わない。正しい計算結果によると……


 時間軸の計算を誤った結果、舌村が地球に帰還した際に、地球では舌村の地球出発時から10000年が経過していることになってしまう。


 広大な宇宙の中を飛び回るというのは、とても危険な行為だ。このように計算を誤れば、時間軸や光年の影響で時間の関係が崩れてしまう。


 10000年。それすなわち、舌村が知る全ての人間が死に絶えていることを意味する。愛する夫も、ともに苦楽を乗り越えた同僚も、仲の良いご近所さんも。全てが寿命を迎え、さらに文明が崩壊している可能性すらある。今思えば、地球を飛び立ってから何回か本部に連絡したものの、一度も返信は返ってこなかった。


 普通の人間ならそこで絶望に打ちひしがれ、その場で自殺する可能性も大いにあった。しかし舌村は宇宙飛行士であると同時に、飽くなき探究心と向上心を抱くカメラマンだった。涙を流すわけでもなく、絶望で顔を歪めるわけでもなく、むしろその顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「10000年後の地球……!? ぜ、絶対風景とか地形とか植生とか諸々変化してるに決まってるじゃん! やったぁぁぁ!!! これでまた一から地球を巡って絶景の写真を撮ることが出来る! 計算違いばんざーい!!!!」





 その後の調査の結果、大気汚染や環境破壊、さらに世界戦争の影響で地球の人類はほぼ絶滅し、生き残った地球人は舌村のみという事実が判明した。10000年という年月の中で独自の生態系が構築され、様々な絶景スポットを有するに至った新・地球に舌村は嬉々として降り立ち、持ち前の撮影技術を活かして膨大な数の写真をフィルムに収めた。


 撮りまくった写真から、厳選に厳選を重ねて選び抜いた写真をまとめて『新・地球絶景写真集』として販売したところ、その写真集は太陽系のみならず、全宇宙の中で大・大・大ベストセラーとなり、宇宙一のカメラマンとして人気を博した舌村が、宇宙を飛び回るようになるのはもう少し後のお話……。



                             完

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