6

「今日で終わりか」

 朝起きてメイクをするために鏡を見た。残り〈六時間四十分〉。もう十二時間を切っている。でも、やることはいつもと変わらない。柑とひまりと一緒に遊ぶ。いつも通り過ごして死ぬことに決めた。

「たーま!!」

「ひゃっ!!」

 外に出ると柑が飛び込んできた。私は柑のタックルになんとか耐える。

「み、柑ちゃん……」

 息を切らしながら走ってくるひまり。やっぱりこの二人といると安心する。死ぬことなんて怖くない。一緒に居られればそれでいい。

 今日も三人でいつも通り過ごして、静かに死ぬ。




 そう思っていた。




 残り時間〈四分〉。ひまりの頭にそう書いてあるから、私は〈九分〉。

「もうそろそろだね」

 比較的車通りがあって、人の通りも激しい駅前。私達の死場所はどうやらこの辺りらしい。新作のフラペチーノを飲みながら、そんなことを考える。

「ど、どう死ぬのかな」

 ひまりが怯えた表情でそう話す。

「怖がることないよ。二人の前で死ねるんだし」

 これで恐怖心を取り除くことができたのか心配だったけど、ひまりは柔らかい表情になってこっちを見ている。うん大丈夫っぽい。

「ねぇ、柑」

「ん?」

「私たちは先に行くけど、あまり早く来ないでよ?」

 柑の頭の上にある数字は果てしなく多い数だから、その心配はない。でも、言っておきたかった。

「わかってるよ。二人の分もしっかり生きるから」

「約束ね」

 柑と指切りをする。大丈夫。柑はしっかりしてるから。それでも少し心配なところはあるけれど、私ができるのはこのくらいだ。

「あたしのこと、しっかり見ててよ?」

「う、うん!」

「ちょっとひまり、近いって!」

 ひまりが柑の目の前に立ってじーっと見つめている。そういう意味じゃないけど、ひまりらしい。私がひまりを引き剥がそうとした時、腹部に強烈な痛みが走る。

「え……?」

 反射的に下を向くと、痛みの箇所に包丁が刺さっていた。大通りで人とすれ違うことなんて当たり前すぎて、変に近づいてくるこいつに気が付かなかった。顔を上げるとそいつは

「お前らさえいなければ……お前らさえいなければ!!」

 ひまりのストーカー。しばらく動きがないと思ったら! 自分が死ぬまでの時間が近くなってヤケになったのかもしれない。

「柑!!」

 名前を呼ぶだけで私の言いたいことがわかる柑。この時ばっかりは本当に助かった。これ以上大きな声で言葉を話せなかったから。これ以上立っていられなかったから。勢いよく倒れた私は腕を使って頭を守る。横になって顔を上げた時に見えた包丁。私の血がついたかなり大きい出刃包丁。あれだけ刃渡りがある包丁で刺されたんだ。私は助からない。

「邪魔なんだよ!!」

 ストーカーの包丁が柑の両目を傷つける。絶叫とともに倒れ込む。

「ひまり! 逃げて!!」

「きゃっ!!」

 柑の叫びも虚しく、転んでしまったひまりに出刃包丁が突き刺さる。甲高い声が街に響く。

「あはは……あはははっ!! これで、これで一緒に逝ける……二人でずっと愛し合って逝けるね!」

「いや! いやぁ!!」

 私は地面を這いつくばってストーカーに近づき、足を掴む。

「これ……以上は……っ!!」

「死ね!!」

 身体にもう一箇所、穴が開く。だめだ。これ以上動けない。でも、それでもひまりは守……。

 私がもう一度、ストーカーの足を掴もうとした時には、ひまりの喉から包丁が生えていた。

「これで、僕の物だ。君は僕の物なんだ……」

 ストーカーはひまりの喉から包丁を抜いた。そして、そのまま顔に標準を合わせて、包丁を振り下ろそうとした時、誰かに突き飛ばされる。

「柑……!!」

 全く目が見えていないはずなのにストーカーを突き飛ばした柑。勢いよく飛ばされたストーカーはそのまま車に撥ねられる。撥ねた車は電柱にぶつかり、騒ぎがさらに大きくなる。

「碧、碧!」

「柑」

 私は仰向けになって柑を呼ぶ。

「碧!」

 手探りで私を探す柑。その手は私の髪の毛に触れた。

「ここにいるよ。でも、流石に二箇所も穴が空いてると痛いねぇ」

「すぐに治療すれば!」

「ううん。ひまりが死んだ。ってことは私ももうそろそろ。いやぁ、意地悪な神様だよね。この痛みをあと〈三分〉も体験させてくれるなんて」

 しかも、すぐに治療が必要なのは柑じゃん。顔に綺麗な一直線の切り傷。右目から鼻、左目を綺麗に切り込んでいた。

「柑は、どんな人と結婚するのかな。これからどんな人生を歩むのかな」

「なにおばあちゃんみたいなこと言ってるの。らしくないじゃん!」

 私と同じくらい痛いはずなのに、しっかりと返事をしてくれる柑。心配かけないようにしてくれていることはすぐにわかった。

「本当、見れないのがさ、悔しいや。いい人見つけるんだよ? 心配してないけどね」

 あ、視界が暗くなってきた。いよいよか。私の人生はここで終わる。

「みかん」

「……」

「ずっと、見守ってるから。ずっと、一緒にいるから。ずっと、三人で一緒だから。心配しないでね」

「……ん! 見てて!」

 鼻を啜る音がする。全く、泣いちゃって。柑らしくないじゃん。そう言おうとしたけど、口は動かなくて。頑張って手を動かして、柑の手を探す。あ、見つけた。いつも握ってきた柑の手。確かにそこにいる。すぐ近くにいる。あぁ、なんか安心したら眠たくなってきちゃったや。

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ラスト・クロック 桜花 御心都 @o-kamikoto

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