HERMIT ~掲げる者
「あんなの許せない!」
いつもの図書室、最奥部。
ものすごい勢いでまくしたてる女子生徒は、学級委員の榮倉だ。
「そりゃね、注意はしたよ? 一回だけ、男女交際は校則で禁止されてるよって。なのにあの娘たち、私がモテないだとか、制服の着方がダサいとか、周りの男子まで巻き込んでバカにして!」
榮倉は悔しそうに足をバタバタさせた。
「静かにして」
吉祥は相変わらず無表情だ。机の上にタロットカードを置いた状態で、肝心の相談内容を相手が話し出すのを待っている。
お叱りを受けてちょっときまり悪げに口を閉じた榮倉は、仕切り直すようにまっすぐ座り直した。
それを見て、吉祥も少し居住まいを正した。
「何を知りたいの」
吉祥に促され、榮倉は自分を落ち着かせながら話し始めた。
――私、頭に血が上りやすいの。それは気にしてるけど、いざとなるとダメ。間違ってると思うと正さずにいられない。喧嘩腰で戦わずにいられない。
気持ちを落ち着ける香りだとか、サプリだとか、いろいろ試したけどダメなんだ。こんな自分が嫌いなのに、体は勝手に戦い始める。周りを傷つけてるのも分かってる、正直疲れてる。どうすれば怒らなくて済むのか、それを知りたい。――
吉祥はカードを開いた。
「隠者が出てる」
目深にフードをかぶった男が、カンテラを翳して振り返る絵だ。カード通りの意味ならば、長い探求の果てに望みが叶うという意味だ。
しかし吉祥は、ほんのわずかに顔を曇らせた。
「夜道では、何があっても声を出さないで」
「なんで?」
「なんでも。絶対だからね」
「は? なんで? ――ねえ待って、説明責任を果たしてよ!吉祥さん!!」
急いで立ち去る吉祥の後ろで、榮倉が大声でわめいている。
あちこちで咳払いが聞こえたが、榮倉が口を閉じる気配はなかった。
(なんなのよ)
司書の先生にがっつり絞られた榮倉は、口をとがらせて帰路についた。
(声を出すなって、どういうことよ。まあ話す相手がいなきゃ、別に出したりしないけど)
榮倉は駅で電車を待っていた。ここは田舎だから、電車は1時間に数本しかない。
夕日はとっくに沈んだ。空に残る名残の光は、血のような赤色だ。小学校の頃、同級生が言っていた言葉を思い出す。
――赤すぎる夕焼けはね、雨が降る前触れなんだよ。
(あの時も私、キレてたなあ。夕焼けの翌日は晴れるのが常識でしょ!って)
あのあと、どんな天気だったかは分からない。しかし今日の空は奇妙な雲が集まっていて、ぬるい風も吹いている。
傘がいるかなあと考えていると、横に黒いパーカーの男が立った。フードを目深に被っているので顔は見えないが、雰囲気からすると自分と同じ高校生くらいだろうか。
なんとなく目で追っていると、男は線路に石を蹴りいれた。榮倉はたまらず立ち上がった。
「ちょっと!線路に物を投げるのは迷惑行為だよ!」
男はくるりとこちらを向いた。あまりに青白い顔に驚きはしたが、榮倉の心は鋼鉄だった。
「凄んでもダメなものはダメだから!ちゃんとルールは守らないとダメだよ、常識でしょ―――っ?」
男は大股で榮倉に近づいてきた。逃げる間もなく腕を掴まれ、ものすごい力で引きずられていく。
「え、ちょ、何?だ、誰か……うぐっ」
口の中にタオルを押し込まれた。何か月洗ってないんだろうと思うような匂い。その時になって、榮倉はやっと恐怖を自覚した。
「うるさい。迷惑だ」
男が低く唸った。榮倉は必死で暴れた。
「黙ってりゃ良かったのによ……女のキーキーした声は嫌いなんだよ」
男のどこにそんな力があったのだろう。榮倉は喉を絞められたまま、足先もつかないほど高く掲げられた。
この光景、どこかで見覚えがある。なんだったっけ。
ああ、これはさっきのタロットカードだ。フードの男が何かを掲げて、夜道を照らしているあの絵柄だ。光の代わりに私を掲げて、それからこの人はどうするんだろう。
「うるさい女は、世のため人のために抹殺しないとな」
どういう意味と問う前に、榮倉はそのまま線路に放り込まれた。そこに特急電車が飛び込んできて、榮倉の体はばらばらになった。
大粒の雨が降ってきた。
男は満足げに立ち去った。
二人がもみ合った証拠は、大雨と共に流れていった。
TOWER~堕ちる者ども 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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