川中高等学校環境保存部
鮮沁
ビール缶
八月の下旬。照りつける太陽に、どこでものさばる同級生ぐらいの奴らの声、風情を感じるなどといったレベルを超えた蝉の大合唱、机の上に三問解かれた宿題、夏休みの終盤はなにもかもがうるさい。
1秒でも捉え損なわないように目に力を入れて見つめる先は、先輩の太腿。このバカ暑い中、わざわざ河原でこう座っているのも、この足に対する不純な好奇心のためである。
住宅街に流れる、大して綺麗でもない川が清流かのように感じられるのは、そこに先輩の足が入っているからだが、水は先輩の太腿に当たっても、平然とした態度で流れていく。僕はあの川の水になりたい。いとも簡単に触れておきながら、サラサラと流すことができる。触れることなど到底できず、不審で粘っこい執着を見せる僕とは反対の存在。
三日前、僕は布団に入った後、魚になった。ゴミを避けながら泳いでいくとやがて人間の足が見えた。見えるのは水中の脚だけだったが、それが先輩のものであるのは分かっていた。右足と左足の間で都合よく止まり、ゆっくりと上を見た。そして今度は川ではなく、先輩の太腿を伝うように上へ上へと泳いでいき、やがて布切れ一枚の中へ入っていったところで起きた。早朝四時だった。
そんな情けない夢精体験から身勝手な罪悪感を感じてしまい、今日は妙に気まずい。先輩がゴミ袋片手にこちらに手招きするのを、精一杯カッコつけて首を横に振った。先輩はいつもの呆れ顔を見せた。可愛らしい呆れ顔。僕の一番好きな顔。わざっとらしく両肩を落として、また川へと視線を戻す。すると先輩の口が小さく小さく動いた。川の流れに向かって何かを言った。
先輩「キライ ナノカナ ワタシノ コト」
きっとこんなことだろう。違いますよ先輩。嫌いではないんですよ。なんで僕がここにいるのか考えてください。いずれハッキリと言ってやりますよ。正々堂々、男らしく。
目の前を飛ぶ小蝿たちを振り払っていると、先輩がこちらに向かってきた。僕の隣に居座るゴミ袋たちと合わせてこれで三袋目だ。今日はもう終わりだろう。週一回の活動とはいえよくこうも毎回ゴミが貯まるもんだ。この部に入ってからこの街が嫌いになってきていた。
流れてくるゴミは主に、空き缶・ペットボトル・近所のスーパーのビニール袋・ハンカチ・ポケットティッシュの袋・チラシ・錆びたルアー・縄の切れ端など、変わり映えしない。
今回はヤケにビール缶が多い。どこか橋の下で宴会でも開いている馬鹿がいるのだろう。酔っ払いは中年のイメージがあるが、こういうポイ捨てをする奴は大抵大学生ぐらいの奴が多い。世の中に自分がアルコールを飲んでいることをアピールしたいのだ。そうして理想とは違った世の中から自己を保つのだ。自己主張を強調するように、どれも凹んでいる。これはメッセージだ。
向かってくる先輩が、手を軽く上げたので先輩のリュックからはみ出しているタオルを投げ渡した。ピンクの筆箱が一瞬見えた。
「君はどうしていつも入らないんだ?」
ゴミ袋を置いて、タオルで足を拭きながら先輩はそう尋ねてきた。小石の上で片足でバランス取るのは難しいらしく、体が右に左に行ったり来たりしている。
「毎週、毎週こんなにゴミが流れてくる川になんか入りたくないですよ」
嘘じゃない。
「でも暑くない?もうゴミはこんだけ取ったし、入ってくれば。涼しいよ〜」
「じゃぁちょっとだけ」
靴下を脱いで、靴の中に丸めて詰めると先輩から少し遠ざけて置く。素足が地面につくとなんだか虫を踏んでそうで気持ちが悪かった。草むらから砂利に変わると、太陽光を吸い込んだ小石が暑くて痛くてもう最悪だった。
川の中に入ると、確かに涼しくて、気持ちがよかった。河原の先輩の方を振り向くとグーサインを向けてくれたので、僕も控えめにグーサインで返した。その姿はカッコ悪かったかもしれない。
足にコツンと何か当たった。凹んだビール缶。
「へい!パス!」
先輩がゴミ袋を広げてはしゃいでいる。暑さでやられた先輩も僕は好きだ。投げたビール缶はゴミ袋を大きく外れた。狙い通り先輩は呆れ顔を僕に見せてくれた。
川中高等学校環境保存部 鮮沁 @omorisenji
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