The Backrooms (He's trapped)

八重垣みのる

鼻を突くようなカビ臭い匂いと、激痛で目が覚めた。あたりには耳障りな蛍光灯の雑音が響いている。


自分の身に、なにが起きたかを思い出すまでに、多少の時間がかかった。


そうだ……、いつもの、週末のサイクリングをしていたのだ。それで、この有り様か?


最初は、道にシンクホールがいきなり現れたのかと思った。あるいは標識も立てずに道路工事をしている現場に出くわしたか。


それで、目の前が真っ暗になって、落下する感覚に襲われたのだ。



なんてこったWhat the heck!」



手と足に、胸も、あちこちが痛む。ゆっくりと身体を動かして、なんとか仰向けになる。


日焼けしたような、くすんだ黄色の壁と天井。蛍光灯は古ぼけた光を放っているが、さほど明るいわけでもないのに、妙に目に刺さるような感じがした。


ここは、なんなんだ? 地下シェルターかなにかか?


天井は、そこそこの高さだ。四角く切り取られた空間に二階部分が見えて、大きな吹き抜けか、なにかのエントランスホールのような感じにみえる。


こんな高さで落下して、よく死ななかったものだ。といっても、無事なわけでもないが……。


ヘルメットのおかげか、頭は大丈夫そうだ。ただ、鼻は大丈夫そうじゃない。


呼吸とともに胸もズキズキと痛む。顔に触れてみると、手が血にまみれる。それ以前に、その手も擦り傷だらけだ。


床は傷んだカーペットのような感じで、ジメジメとしていて気持ちのいいものじゃない。


ハンドルに胸をぶつけたんだろうな。胸のあたりがかなり痛む。まさか肋骨が折れているようなことだけは勘弁してほしい。


それとたぶん、右の手首を捻挫しているような気がする。あとは、脚はなんとか大丈夫かもしれない。擦り傷だらけなのはどれも変わらないが……いや、前言撤回だ。起き上がろうとして、脚にも強い痛みを感じた。


まあ、骨折まではしていないと思うが、酷い裂傷ができてる。膝も足首も痛む。お気に入りのスポーツウェアだって上下ともにボロボロだ。


自転車は近くに転がっている。いや、自転車だったものだ。前輪はフレームから外れ、遠くに転がっている。残っている後輪も、チェーンは外れ、ひどく歪んでいる。なんて日だ。この自転車は、これまでで一番値が張るものだったのに!


這うようにして、自転車だったものに近づく。不幸中の幸いか、フレームにつけてた飲料ボトルは無事だ。


どれほど気を失っていたか分からないが、ボトルの中身を飲むと気分が少し落ち着いた。


ただ、この怪我では、こうして少し動くだけでも身体に堪える。



おーいHello!」



声を出しても胸が痛むが、無理をして声を出す。この状況では、誰かの助けが必要だ。



誰かHey! 誰かいないのかIs anyone there!」



声は壁に吸い込まれていくような感じだった。


これだけ明かりが灯っていて、大きなところだ。誰か、人がいてもいいはずだ。



おいHey! 誰か、救急を呼んでくれI need help. Please!」



しかし返事はない。誰かが来る気配もない。


聞こえるのは、耳障りな蛍光灯の雑音だけだ。


身につけていたウエストポーチからケータイを取り出てみる。だが、画面には圏外の表示。どうやらここは、電波が届かない場所のようだ。


となれば、自力でなんとかしなければ……

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