エルダートレント討伐
「北の都ゲルガフェールへいくにはそれなりに長い旅になるわね。フラスクニスで十分に旅の準備をしていったほうがいいわ」
俺の弟子がいるという北の都は、北方地域最大の都市であり、人口は数十万人にのぼるという。太古から栄える頑強な城塞都市であり、フラスクニスからは10日の道のりがかかる。それなりに離れている場所だ。
「いっても、フラスクニスが辺境にあるだけなのだけれど」
「地域としては同じリングニット地方ですしね」
ルニとコーリンがそんな会話をしていた。
北の都は特別に遠い場所ではないようだ。
この世界には車も飛行機も存在しない。
旅のスケールは前世のものとは大きく異なる。
「ブレスユウはどうすればいい。街中でドラゴンの子供を連れ歩くのは大丈夫そうか?」
「大丈夫か、大丈夫じゃないかで言えば、大丈夫ではないけれど。でも、英雄のなかには怪物を飼い慣らすものもいると聞くわ。その延長線上でなんとかなるんじゃないかしら」
「マトリ様ほどの実力者ならば、ドラゴンを従えていてもおかしくありません。多少、周囲の注意はひいてしまうでしょうが」
「くあ、くあ〜!」
まあ、目立つには目立つよな。
かといってブレスユウをどっかに預けられるわけでもない。
置いていくという選択肢もありえない。
「お前、足遅いからな。疲れたらちゃんと言うんだぞ」
「くあ〜!」
俺たちは旅の計画を練った。
俺とルニには旅の能力がまるでなかったので、コーリンが段取りをつけてくれた。必要な物資、手段、道具、食べ物の選び方などなど。
「途中に街と村があるから、そこを経由していけば急速と食べ物と水の補給はできるはず。だから、路銀をおおめに用意したほうがいいわ。水や食料よりかさばらないし、いくらあっても困らないもの」
「うちは食費がかかるからな」
「すみません、マトリ様、私がたくさん食べるばかりに」
「くあ〜……」
「いや、責めてるわけじゃないんだ」
ブレスユウはいわずもがな、ルニもよく食べる。
しれっとしてるがコーリンもよく食べる。
以前にも述べたとおり、あればあるだけ食料が消費されるのがこのチームの特徴だ。皆の食糧事情をあずかる財布として、ひもじい思いはさせたくない。
1ヶ月前のイノシシでだいぶ儲けたが、もうそのお金もなくなってる。
ここいらでもう一回働いて、みんなの食費兼路銀を稼いでおこう。
「明日は冒険者組合に顔をだしてくる」
翌朝。
ポーチにフラスコをいれ、ステッキを片手にツリーハウスをでる。
「本日はクエストでしたね。おともします」
「その外套が効果を発揮してくれればいいがな」
「大丈夫ですとも、マトリ様。これはコーリン様のマジックアイテムですから」
ルニは紺色のマントを羽織り、フードを目深にかぶった。
自信ありげな表情である。
「どうでしょうか、角は隠れていますか?」
「認識阻害の外套なのだろう。たしかフードをかぶらなくても相手は角を認識できないとか、そんな話じゃなかったか」
コーリンがルニのためにチカラを込めた外套だ。
昨夜、渡してた時に効果をレクチャーされてた気がする。
「それでも、不安なのです。こうしてフードを被っていた方が落ち着けます」
「なら別いいが」
「不思議なものですね。この前までは耐えながら街中も歩いていたというのに、いまは人目に触れるのがおそろしいと感じます」
「忌避される恐怖ではなく、ルニラスタという身分がフラスクニスではまずいからな。違う怖さなんじゃないか」
「それもあるかもしれませんが……もしかしたら諦めなのかもしれないです。マトリ様がおっしゃっていたことです。無駄な努力は存在する。わかってもらえない者たちに、わかってもらおうと真面目に対処してもバカをみるだけだと」
「よくわかってる。真面目にしてれば認めてもらえるというのは幻想だ。大人しくしていれば、相手はつけあがっていくだけだ。ちゃんと学びがいかされているようでなによりだ」
ルニが抱いているのは、学びゆえの恐怖というわけだ。
ふたりで門を通り抜ける。
門番たちは特に反応することなく、ルニを通してくれた。
物理的に顔が見えていないからか、あるいは認識阻害のおかげか。
「マトリ様、通れました!」
「だな。よかったな」
「コーリン様の魔術は偉大ですね!」
冒険者組合に足を踏み入れると、周囲の男たちの視線がチラッと集まったが、すぐに興味をなくしたように、それらは散らばった。
俺は赤い髪の受付嬢を見つけ、まっすぐ足を進める。
「あっ! ジン・フラス━━」
「ぺらぺらおしゃべりな口だな」
むぎゅっと受付嬢の口を掴んでおさえる。
「ふにゅあ!?」
「マトリだってこの前言っただろう。もう1ヶ月も前だから忘れちまったのか」
「そうでひた、まとりひゃん! まとりひゃん!」
受付嬢を解放してやる。
「まったく! 乙女にいきなりなんてことをするのですか、信じられません!」
「不可抗力だ」
「聞きましたよ、とんでもない大立ち回りをしたって。もうずいぶんと前のことのように思えますが。大変なことをしでかしましたね」
「悪党がひとり消えただけだ。なんでもないだろ、そんなこと」
「まあ、たしかにヴァルボッサ卿がいなくなって悲しんでいるものはあまり見ませんね。むしろ、突如あらわれたジン・フラスクへの崇拝が加速しているくらいです」
この1ヶ月、パンを買うためにたびたびフラスクニスにやってきていたが、随所でジン・フラスクの偉大さを語る市民らに会うことがあった。
悪い貴族を打ち倒したとして、反動として人気を集めているようだ。
悪い気分はしないが、俺はみんなが期待しているジン・フラスクではない。
いまはただのマトリなのだ。そう生きると決めている。俺と彼が。
「旅に出ようと思うんだ。そのために大きな報酬がほしい」
「えっ、マトリさんどっかいっちゃうんですか!?」
「北の都までな」
「そんな! 煌びやかな都にいったら、もうこの田舎には帰ってこないじゃないですか!」
「かもな」
「では、クエストは受けさせてあげません!」
「なんでだよ。受けさせろ」
「マトリさんとお別れするのは嫌です。なにを隠そう、私もまたジン・フラスクの支持者なのですよっ!」
お前が信者だったのかい。
「冗談だって。すぐ帰ってくる。北の都にはちょっと人探しにいくだけなんだ」
「本当ですかぁー?」
「ああ、用事が済めば帰ってくるさ」
「そういうことなら仕方ありませんねえ……ん? そちらの方は?」
受付嬢はルニのほうを見やり、フードをしたからのぞきこむようにする。
ルニはちょっと顔をあげて、受付嬢を見やる。
「まあ! ルニラス━━」
「ちょっと静かにお願いします」
ルニは受付嬢の口をむぎゅっとおさえ塞いだ。
「もうなんなんでふか、ふたりひて!」
「私もいまは厄介ごとの種なのです。どうか名を呼ぶのはお控えください」
ルニはそっと受付嬢を解放してあげる。
受付嬢はわりと不満そうだったが、了承してくれた。
「こんな美少女の私に、このような扱いをするなんて信じられませんっ、まったく本当に。でっ! ふたりはどういう関係なのですか」
「そんなことお前に関係ないだろう」
「教えてくれないのなら、クエストは受けさせてあげません!」
「面倒くさい受付嬢だな」
「マトリ様、ここは私が。受付嬢さん、いつも仲良くしてくださったのに、なにも言わずに消えて申し訳ありませんでした。実は新しくマトリ様を主人とすることに決めたのです」
「なるほど、新しいお仕事というわけですね。たしかにルニラス……ルニちゃんにはもっとふさわしい主人がいると思ってました。処刑のことも本当に許しがたい仕打ちでしたしね。いやぁ、逃げのびたとは噂で聞き及んでいましたが、生きていて本当によかったです。あっ、でも従者になったということは、一緒に北の都に旅立ってしまうのですか?」
「そういうことになります。でも、目的を果たせば帰ってくる予定ですので、今生の別れというわけではないです」
「ルニちゃんが言うのなら間違いないですね」
「俺が言うと間違えがあるみたいな言い回しだな」
「では、どのクエストにしますか? 報酬の多いものがいいのですよね?」
「おい、無視すんな。お前、本当に俺の信者か?」
受付嬢はいくつかの依頼を紹介してくれた。
だが、どれも結局は
「やはり、イノシシをもってくるか」
俺にしかできない納品、暗い森のデカイノシシ丸ごと納品。
イノシシはすべての部位に利用価値があるため、丸ごと納品すれば、それだけで莫大な報酬を得られる。それこそ1ヶ月間、大飯喰らい3名の胃袋を満たせるくらいのパンを買い続けることも可能だ。
「あーそのことなのですが」
「なんだ、歯切れが悪いな」
「実はですね、以前、暗い森のイノシシを納品なされた時に、調査が入りまして、その後のジン・フラスクの登場で、あのイノシシの討伐があなたのことだと組合内で結論がでまして。その時に私が鬼詰めされたのです。どうして黙っていたのか、と」
「あぁ……」
そうか、隠し通せるものじゃなかったか。
「記録を大急ぎで改竄して、ジン・フラスクに脅されたということで、ひとつ許してもらいましたが、また以前と同じようなことはできないでしょう。規格外の報酬を冒険者に支払った記録はどうしても残ってしまいますから」
「なるほどな……まいったな、それじゃあちまちまと依頼をこなすしか、ないのか」
「お力になれず申し訳ないです」
これは本当に困ったことになった。
無理にイノシシを納品すれば、受付嬢に迷惑がかかる。
俺の正体が割れれば、自由のみではいられない。
きっと多くの者に干渉されることになる。
出発日を先延ばしにして、路銀集めに時間を使うしかないか。
「ルニちゃんのほうで依頼を受ければいいのでは?」
「ルニのほうで?」
「あぁ、実は私は何度か冒険者組合の仕事をしていまして。私はフラスクニスでも腕がたつほうだったので、厄介な怪物退治はたびたび城主の騎士である私のところへまわってきたのです。最悪、私が死んでもだれも悲しまなかったですから」
おもい。
「ルニちゃんは
「それじゃあ一番難しい依頼をルニに受けさせてやってくれないか。俺もそれに便乗する」
「堂々と便乗する宣言されましたね」
「だめなのか?」
「だめ、じゃないですけど……依頼に参加したことにはならないですね。例えば、
受付嬢がだした条件は、あくまでクエストに参加するのはルニだけという建前のもと、俺はルニが個人的に用意した外部の協力者という位置付けでクエストに関わるという手法だった。
なんかルールの穴をつく悪いことやってる気分だ。
でも、それしか方法がないのなら仕方ない。
「依頼は『エルダートレントの討伐』です」
「エルダートレント……厄介な怪物ですね」
「ええ。1ヶ月前にフラスクニスの最高位冒険者パーティが壊滅し、エルダートレントを定期的に倒していたものたちがいなくなってしまったせいで、駆除がとどこおっています。トレントは森に生まれる妖精種の怪物で、森がある限り何度でも蘇り、森の成長を活性化させます。古い伝承では、トレントたちが異常増殖した結果、街が森にのまれたとも。エルダートレントはトレントの上位種にあたり、非常に強力です!」
「放っておけばフラスクニスごと渓谷を森林に沈めてしまいそうですね。マトリ様、ここは私たちがやりましょう」
「ああ、構わない。報酬も十分だと思う。そのクエストを頼む」
「ふたりだけで挑むつもりですか? それは流石に……。もちろん、ふたりとも実力者なのはしっていますが、エルダートレントはフラスクニス近郊で狩猟される怪物のなかで最上位なんですよ? ふだんなら
「俺たちがほかのパーティと合同で仕事できるわけないだろ。姿が割れてしまう」
「でも、おふたりとも認識阻害の魔力が付与された外套を着込んでいるではないですか」
「お前そこまでわかってたのか」
「ふふん、受付嬢というのは観察眼に優れているのです。魔力の宿ったアイテムは一目見ればわかりますし、それがどんな性質を持っているのかも、だいたいわかります」
思ったよりこの受付嬢は優秀なのかもしれないな。
「その外套の力を強く保っておけば、複数人での仕事もできるでしょう。また明日来てください。メンバーの募集をかけておきます」
「だが、断る。俺とルニだけで十分だ」
「頑なですね!?」
俺たちはなんとか受付嬢を説得した。
「どんだけ他人と関わりたくないんですか……わかりました、許可だけはだしましょう。おふたりの力を信じて。でも、約束してください。無理だと思ったらすぐ帰ってきてくださいよ? 普段は本当に14人以上でかかってようやく━━」
ごちゃごちゃ言ってる受付嬢をおいて、その日のうちに俺とルニはフラスクニスを出発し、エルダートレントの出現するという森へとむかった。
「情報によれば、暗い森に近いフラスクニス森林の奥地にエルダートレントが出現するようです」
「フラスクニス森林? 聞いたことがないな」
「フラスクニス森林は、その名の通り、フラスクニスのある渓谷の周囲に広がっている大森林です。フラスクニスから南側にあるのが魔境の暗い森で、北側がフラスクニス森林です。フラスクニスでは”森”といえば、通常はフラスクニス森林のことを示すのですよ。普通は暗い森に行くという選択肢がありません。マトリ様は住んでいる場所がおかしいだけなので、ここら辺の感覚はないのかもしれませんが」
「いまはルニの家でもあるだろう」
「それもそうです、ね」
「エルダートレント、どんなやつなのか知ってるか?」
「戦ったことはないです。ですが、フラスクニスでは万年問題になっている狩猟でもあります。時期によって強さも違っているようでして、ある時は、冒険者組合の手に負えず、ヴァルボッサ卿が40人もの兵士からなる討伐隊を組んで、なお返り討ちにされたこともあるほどです」
「化け物かよ」
「でも、マトリ様ならば大丈夫だと思います。マトリ様の魔術は至高のものですから。伝説ではマトリ様は七大竜とも渡り会い、やっつけたとも聞いてます。絶対大丈夫です」
「その記憶ないけどな」
フラスクニス森林を奥に進むと、川が見えてきた。
「川ですね。これを超えて、上流方面に進みます」
ルニの案内にしたがって、歩みを進める。
「た、たすけてくだひゃっ!」
獣道をかきわけて、血相を変えた少女が飛び出してきた。
あやうく
「どうした、冒険者か?」
「あっ、あれが、あれがくるんです、逃げなきゃッ、みんな飲み込まれるッ!」
少女はもぞもぞ暴れて、川のほうを指差し、引き返すようにうながしてきた。
大地が揺れていた。唸り声をあげている。
ミシミシと音をたてて森が動き近づいてくる。
腕のなかの少女は「はぁ、っ、はぁ、はぁっ」と過呼吸になり、震えて仕方がない。尋常ではないことが起ころうとしている。あるいはもう起こってるのか。
「逃げなきゃっ、はやくっ!」
「ルニ、これは」
ルニは目を細めて、蠢く木々の向こうに針穴を通すように視線をやる。
「……。黒樹が動いている……マトリ様、エルダートレントは急速に縄張りを離れて、こちらに向かってきてます」
「ここはもう縄張りなのか?」
「本来なら違います。まだまだ安全圏のはずですが、いまはもう違うみたいです」
ルニは俺の腕のなかで震える少女を見やる。
冒険者っぽい姿をしている。
でも、ほかに仲間は見当たらない。
よく見れば顔や髪に返り血がついている。
推測するに縄張りを離れたエルダートレントの行進に巻き込まれたというところだろうか。
「ルニ、この女の子を頼む。必ず街に連れて帰る」
「はい、マトリ様」
少女を渡す。
ルニは小脇にかかえて持つ。
川辺までゆっくり戻りつつ、動く森が近づいてくるのを待った。
異様な光景と大地をつらぬく振動が最大まで高まった時、木々の間を突き破って、蠢く木が飛びだしてきた。
動きは決してはやくない。
でも、緩慢というほどでもない。
所感で言えば、50mを13秒くらいでかけてきそうな速度感。
恐るべきはその数の多さだろうか。
「おかしいな、視界いっぱいにいるぞ。これ全部エルダートレントか?」
「いえ、おそらくトレントかと。エルダートレントを頂点とする群れのようです」
「なるほど。じゃあ、ボスを引きずり出すとしよう」
俺は手をかざす。
虚空に火炎の扉が開かれる。
毎日せっせと貯めたブレスユウのくしゃみが解放される。
「焼き尽くせ━━
火炎の波が押し寄せ、トレントたちを衝撃でふっとばした。
もちろん吹っ飛ばすだけでは終わらない。
あらゆる生物をひっくるめて、出力できる最大の火力が、トレントたちを焼き尽くし、その樹の幹を瞬間的に砕き、炭にし、灰に変えてしまう。
オーケストラの指揮者が演奏を締めるように、手をぎゅっと握り、
押し寄せていたトレントの群れは、のきなみ燃え尽きた炭となり、その炎は周囲の森を炎上させて、なおひろがっていた。
燃え盛る森から、まだ残るトレントとともに、黒くて一際大きな木の怪物が出てきた。
あれがエルダートレントか。
すぐに納得した。
「どこを持って帰れば討伐照明になるんだったか」
「エルダートレントの幹からは貴重な実がとれるんだとか。黒くて、ツヤツヤした玉とのことです。なんでも魔力の凝縮体らしいです」
「なるほど。それじゃあ、殺して解剖すればいいか」
エルダートレントの幹が裂ける。
まるで猛獣が口を開けたかのように、ギザギザのささくれだった繊維が凶暴な表情をつくっていた。怒ってるよう見えた。
エルダートレントの背後から、同じように怒りの形相を宿した、巨大な黒い木が根で大地を歩いてまえに出てくる。ほかにも似たような個体が数匹、ぞくぞくと出てくる。
「エルダートレントがあんなに……! マトリ様、これはちょっと━━」
「一網打尽だ……
俺はステッキを力強く地面に突き刺した。
俺の足元から猛烈なドラゴンブレスが地面のしたを駆け巡る。
今の俺ならこの現象を理解できる。
俺のフラスクの魔術は、世界から個を切り離し、そのコントロールまでを得る魔術。だから、一度フラスコにいれれば強力なドラゴンブレスだってコントロールできる。
物質と溶けあわせ、凝固した火炎という、不可解な魔力物質をつくりだすことだって可能になる。そして魔術を学び直し、その理論を頭で理解した俺は、より高度にフラスコの魔術を行使することが可能になった。
大地をかける火炎の亀裂が、エルダートレントとそのお仲間たちの足元に到達した瞬間、燃え盛る半個体の棘棘が飛びだし、木の怪物たちの体を貫いた。
さらに怪物たちの体のなかを食い破って進み、その身を炎上させ、内側から膨大な棘を生やして、完全に破壊しつくしてしまう。
「流石はマトリ様……余計な心配でしたね」
「言うて相手は木だからな。炎を使えばどうとでもなる。相性がいいだけだ。もうデカいのは残ってないな?」
「エルダートレントは……というか、今の攻撃でトレントたちも1匹残らず燃えているようです」
「よし、15秒後に消火活動だ」
俺はトレントたちが焼け死ぬのを観察し、倒しきったのを確認してから、『霧のフラスコ』を解放し、炎に包まれた森を消火した。
━━受付嬢の視点
受付嬢は、去っていくルニとマトリを見送り、唖然としていた。
いましがたふたりは帰ってきて「エルダートレント倒したぞ」と、クエスト達成依頼をして、嵐のように去っていったところであった。
受付嬢の手元には、討伐確認部位の『エルダートレントの魔力胚』がたしかにある。それもなぜか7個もある。
(これはエルダートレントを7匹討伐した証……誤魔化しようがないアイテムです。もしかしたら、信じられない速度で帰ってくるかもと思いつつ、報酬を用意しておいて正解でしたね。あれがフラスコの魔術師ジン・フラスク、ですか。伝説というのは本当だったみたいです。すごすぎます、これほどとは)
「エルダートレントの討伐依頼ってまだありますか? いまメンバーを集めてて」
「はえ?」
受付嬢が我に帰ると、カウンターまえに5人の男がたっていた。
それぞれがフラスニスを代表するパーティリーダーだ。
(5パーティのリーダーが組んで、エルダートレントを倒そうということですか)
受付嬢は事情をすぐに察し「申し訳ございません」とぺこっと謝った。
「もうエルダートレントは討伐されてしまいました」
「え? でも、昨日の夜はまだあるって……」
「はい、ついさっきクエスト達成報告がされたところです」
男たちは反射的に建物の入り口のほうを見やる。
「フラスクニスに俺たち以外でエルダートレントを倒せる可能性があるやつらなんているのか? どことどこのパーティが手を組んだんだ?」
「いえ、それが……あーこれは単独撃破、ということになるのでしょうか」
受付嬢は依頼報告書を眺めながら、クエスト参加者の欄の書かれた「ルニラスタ・オーフラビア」という名前を見やる。
「単独でエルダートレントを? おい、冗談だろ」
男たちは頭をおさえ、天地がひっくりかえったような仰天の表情を見せる。
その顔があまりに心地よいものだったから、受付嬢はつい言いたくなってしまう。偉業を成し遂げた英雄の名前を。
(くっ、でも、我慢しなきゃだめです! 私は受付嬢! 誇り高い受付嬢なのです! 守秘義務を守らないと! それに今度またジン・フラスクの依頼を受けたことがバレたら、また組合長に怒鳴られちゃう! くっ、くっ、でも自慢したい……!)
受付嬢は内なる自分と戦う。胸を押さえ苦しそうに「うぅ、うぅ」とうなる受付嬢に、冒険者たちは頭のうえに「?」を浮かべていた。
「はぁ…………ふっふっふ、実はですね、ジン・フラスクがさっきまでここにいまして、その強大な魔術でもって、エルダートレントを秒殺してきたんですっ! それも7匹も同時にっ! すごいでしょう━━━━っ!」
受付嬢は「あぁ……これ私怒られるんだろうなー」と思いながら、ジン・フラスクの武勇伝を自分のことのように自慢しまくった。
その直後より冒険者組合はとんでもない騒ぎに包まれることになった。
━━マトリの視点
十分な報酬を受け取り、俺とルニはコーリンに言いつけられていた品々をかいつつ、旅の準備を進め、暗い森にもどり、だけどやっぱりいくつか足りないので、もう一度コーリンを連れて買いだしにいったり、そんなことしながら旅の準備を終えた。
「よし、これで問題ないわね」
「ブレスユウ……大丈夫か?」
ブレスユウの背中には大量の荷物が紐でくくりつけられている。
「くあ〜(訳:これくらいへっちゃらです、ご主人!)」
「ドラゴンパワーを舐めない方がいいわよ、マトリ」
「そう、だな。それじゃあ、荷物の運搬は頼んだぞ、ブレスユウ」
「くあ〜♪(訳:みんなのお役にたててうれしいです!)」
翌朝、からっと晴れた気持ちいいのいい朝。
俺たちは暗い森を出発した。
目指すは北の都ゲルガフェール。
そこに俺の弟子がいるらしい。
どうにか力になってくれるといいのだが。
第一部 完
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あとがき
こんにちは
ファンタスティックです
これにて『俺だけドラゴンブレスが使える異世界』を一旦完結とさせていただきます。
本作は異世界系の物語によって、その威厳を失いつつある伝説上の怪物ドラゴンに焦点をあてた物語でした。私はさっこんのドラゴンの扱いに憤りを感じていました。転生者によってスライム感覚でボコボコにされるあまり、本来の”強くて恐ろしい最強の生物”という認識が失われているように感じたのです。
立場を奪われ、失墜したドラゴンの権威を取り戻すべく、ドラゴンが強いということを思い出してもらうために書いたのが本作です。
ドラゴンの強さをすこしでも感じていただければ幸いです。
物語はここで一旦終わりますが、マトリやブレスユウ、ルニやコーリンの物語ははじまったばかりです。これからいろいろあるのでしょう。たぶん。
この先を語る機会があれば、またどこで会えることと思います。
あとがきの締めくくりとさせていただきます。
ここまで読んでくださった読者の皆様のおかげでマトリたちの物語を書き続けることができました。
星をくれたり、コメントを残してくれたり、応援してくださったすべての読者の皆さま、本当にありがとうございました。
では、またいつかこの物語の続きで。
あるいは別の物語でお会いしましょう。
失礼いたします。
ファンタスティック小説家
【完結】 俺だけドラゴンブレスが使える異世界 ファンタスティック小説家 @ytki0920
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます