ポカポカスローライフ

 ━━ドラゴンの視点


 ご主人が街に出かけてしばらく経ちました!


「あなたには名前とかないわけ」

「くあ〜(訳:そういえば、ご主人は私のことをドラゴンと呼んでいますね)」


 言われてみれば、名前というものが必要な気がします。

 私は誰かに名前を呼ばれたことがなかったし、ずっと自然のなかで暮らしてたので、そういうの気にしたことがなかったです。


「仕方ないわね。私が名前をつけてあげる」

「くあー!」

「ブレスユウよ」

「く、くあー?(訳:考える間もなくそっこうで名付けられました!)」

「あなたくしゃみをよくしてるでしょう? そんなくしゃみばっかりしてるドラゴンなんて見たことないわ。だから、ブレスユウなのよ」

「くあー! くあー!(訳:よくわかりませんが考えてつけてくれたんですね、コーリングさん! 気に入りました、私は今日からブレスユウです!)」


 コーリングさんは優しいドラゴンです。

 はやくご主人と結婚して幸せな家庭を築いてほしいなぁ。


 昼下がり、コーリングさんと一緒にツリーハウスまわりに柵を増設したり、標準ドラゴン語を教えてもらったり、魔術の知識を授けてもらったり、有意義に過ごしていると、街の方から気配がしました。


 ちょうど「はやくご主人帰ってこないかなぁー」っと思ってた時でした。

 それはコーリングさんも同じみたいで、ふたりで視線を投げやります。


 ご主人の姿が見えました。

 いつものように幸薄そうな顔です。

 

 そのとなりにはあの優しい騎士さんがいました。

 私をお城から逃がしてくれた命の恩人です!


 また私に会うために、森に来てくれたんだなぁ〜。


「くあ〜!(訳:いらっしゃいませ、ゆっくりしていってください!)」

「ふふ、ドラゴンは相変わらず元気そうですね。よしよし」

「マトリ、その女がどうしてここに」


 底冷えするような声がコーリングさんから放たれます。あれれ?


「あぁ実はフラスクニスで大変なことがあってだな」


 ご主人はそこからカクカクシカジカと、邪悪な貴族をぶっとばしたヒロイックな活躍を語ってくれました! 流石はご主人! かっこいいです!


「くあ〜!(訳:ご主人、さすが! 流石ご主人!)」

「そういうわけで、オーフラビアを……いや、ルニの新しい就職先になることにしたんだ」

「はい。というわけでマトリ様に就職することになりました、ルニラスタ・オーフラビアです。よろしくお願いいたします」

「しゅう、しょく……? それはなんの冗談かしら?」


 コーリングさんすっごい目でご主人のこと睨みつけてます!


「いやいや、待ってくれ。なんで俺が睨まれてるんだよ」

「女を侍らせるなんてね。以前はそんなこと興味ないみたいな雰囲気だしてたのにね。そのルニとかいう騎士がよほど気に入ったのね。というかなにルニって。なんでそんな親しげなわけ。意味わからないんだけど」

「く、くあー!(訳:コーリングさん、落ち着いてください! ご主人はたぶんそういうつもりじゃないです! コーリングさんのこと大好きだと思います!)」

「それは俺も思ってるところだから追及されると苦しい。なあ、やっぱりオーフラビアでいいだろこれ」

「いいえ、ルニとお呼びください。そこは譲れないです。私はマトリ様の従者となったのです。主人に気を使わせるわけにはいきません」

「というわけで、やっぱり別に親しげにしたいからルニ呼びしてるわけじゃないんだ」


 私を助けてくれたルニさんが、ご主人の騎士になりました。

 これからはルニさんとも一緒ということです。

 コーリングさんとルニさん、私はどっちの味方をすればいいのかぁ?


「じゃあ、私のこともコーリンと呼びなさい」

「どういうことだ。ロジックがわからないぞ」

「くあ、くあー!(訳:ちょっと可愛い響きの呼称を要求です! コーリングさん、こんな露骨な対抗意識を燃やすなんて、やきもちしちゃってるみたいです!)」

「ルニラスタを特別扱いすることに意味が生まれるのはよくないでしょう。ここは平等に私のことも小慣れた呼び方をすることで、政治的な均衡をはからなくてはいけないわ」

「でも、お前はルニと同じ立場ではないだろう。まだ子供のドラゴンのためにいろいろ教えてあげるっていってお世話してるだけなはずだ」

「ドラゴンじゃないわ。この子はブレスユウ」

「え?」

「くあー!(訳:ブレスユウです、ご主人!)」

「くしゃみをするからブレスユウ」

「あぁそういう……意外と安直だな」

「あなたが教えてくれたんじゃない。くしゃみしたらおまじないをかけるんだって」

「俺由来の知識か」

「やれやれ、本当に心配だわ。この子は私がいなかったらこの先もドラゴンという野暮な呼び方をされて、名前も呼んでもらえなかったのでしょうね。やはり、人生の支援者として私がしばらく一緒にいなくてはままならないようね」

「くあ〜(訳:私をダシにしてむりくり一緒にいる理由を捻り出しました! 策士です、策士コーリングさんです!)」

「人生の支援者? マトリ様、この方とはどういうご関係なのですか?」

「くあー(訳:たしかにコーリングさんってご主人とどういう関係なんでしょうか? よくわかってないですけど、なんだか訳ありな感じはしますよね)」

「私はマトリと長い付き合いなのよ。もうずっと一緒にいるの。これ以上の言葉は必要ないと思うわ」


 匂わせです! 名言を避けて匂わせでルナラスタさんを追い払おうとしてます!


「まあ、そういうことらしいな」

「そうだったのですか。では、コーリング様もまた私の仕える相手ということでしょうか?」

「私に仕えてくれるの? それじゃあ最初の命令をあげるわ。解雇よ」


 コーリングさん、遠慮ないです……!


「そ、そんな! 困ります、私はあなた方に仕えなければならないのです!」

「そうだぞ、コーリング。ルニは俺の従者、俺の騎士だ。勝手に解雇するな」

「コーリン、でしょう? なんで私のことは突き放すのかしら。なにか意味があるの? その騎士がお気に入りなの?」

「いや、そういうわけじゃ、ないけど……」

「くあー(訳:ご主人、しどろもどろです。ご主人もご主人で気があると思われるのはちょっと抵抗あるみたいですね。ルニラスタさんにはあんまり興味ないのかなぁ?)」

「それじゃあ、コーリンと呼んでもらうわよ。これは決定事項」

「くあー(訳:強引にまとめていきました、これで立場はイーブンです! いえ、こんなわかりやすいアピールしてる時点で、さすがのご主人もコーリングさんの好意に気づいてしまうことでしょう!)」

「ひとりで決定事項にするなんてわがままで、自己中心的な性格なんだな、本当にいやなやつだ(ボソッ)」


 ご主人、全然気づいてないです!



 ━━マトリの視点



 成り行きでルニを助けてしまった日より、一気に暗い森での生活は賑やかになっていた。


 コーリングが、いや、コーリン━━━━まじで呼び方なんてどっちでもいいだろと思う━━━━が指示した仕事をルニがハキハキとこなすのだ。


「この森は一介の騎士には酷な環境だと思うけれど、自分の身は自分で守ってもらわないといけないわ」


 太陽がかたむいてきた頃、コーリンがそんなことを言いだした。


「私は魔術が使えるから怪物ごときに遅れはとらない。マトリの正体についても知っているでしょう? 当然、彼も怪物なんて相手じゃないわ。そしてブレスユウは言わずもがな」


 コーリンはブレスユウをなでなでする。

 そうすると「くあ〜♪」と嬉しそうな声で鳴く。

 かあいい。あまりにもかあいすぎる。


「でも、あなたはどうかしら、ルニ」

「私も腕っぷしには自信があります」

「そうでしょうね。目つきが最悪だもの。いいわ、力を見せてもらおうじゃない。私とマトリ、ブレスユウを守護する剣となり盾となれるか、確かめてあげる」


 そんなこんなではじまったのはイノシシ狩りだ。

 今夜の夕食調達という作業もかねて、ルニにこの森のイノシシが倒せるか、試練が与えられた。


 危なくなったらすぐ助けられるようにしつつ、みんなで獣道を歩き、イノシシを発見、ルニはぴょーんと飛びだしていき、一閃、イノシシのデカい頭を斬りとばして、血飛沫で森を染めあげてみせた。


 血まみれのルニが、へし折れた剣を片手にもどってくる。


「どうでしょうか。力だけは昔から自信があるのですが」

「……。いいわ、合格よ」


 コーリンは口をへの字に曲げて、すんっとして言った。


 その晩、イノシシを川辺に持って帰って、コーリンが主導しつつ、ルニに解体処理の仕方を教えつつ、夕食の準備が進められた。


「悪いがパンとか、食器とか、そのほかを調達することはできなかった」

「その代わりに街で大立ち回りをして、可愛らしい騎士をひとりをもってかえってきたのでしょう? やれやれ、言いつけもまともにこなせないとは。あなたって意外と程度が低かったのね」


 ぐぬぬ、こいつめ……!


「明日、すぐ買ってきてやる……のは無理だから、もうちょっと時間がたって、騒動が落ち浮いてからもろもろのタスクはこなすさ」

 

 そんなこんなで今夜もまた美味いイノシシ肉を、ナイフとフォークで食うことは叶わず、木の枝で突き刺して、ワイルドに食すことになった。


「あなたドラゴンに呪われているのね。強力なドラゴンに」


 夕食中、コーリンがそう切りだした。

 ルニのことを言っているらしい。


 そういえばヴァルボッサもルニが呪われているとか言っていたな。


 ステーキをもぐもぐしながら話の向かう先を黙って見守っていると、ルニはすこし言いずらそうにし、自分の角を手で触りながら答えはじめた。


「どんなドラゴンに呪われているのかはわかりませんが、どうにも私の先祖に由縁があるようでして。私のひいおじいちゃんは高名な魔術師でして、その力でドラゴンに傷を負わせたと聞いています。その時、私たちの家系は呪われてしまったのです。以来、一族の魔力は失われ、衰退がはじまり、そして私の代で完全に魔術が失われました。さらに私は異形の力まで備えることになったのです」


 ひいおじいちゃんからの呪い、か。

 それはまたすごいところから負債がかかってるものだ。


 彼女にとってこの話題は地雷だとわかってるので、俺は深掘りしないように黙々とステーキにぱくつく。


「この力のせいでたくさん恐がられました。この角も、竜のごとき眼差しも、老いない肉体さえ、すべてが他者から忌避されるものです。……つかぬことをお聞きするのですが、マトリ様やコーリン様なら、ドラゴンの呪いを解く手段を知っていたりはするのでしょうか?」


 ルニと視線があったので、すぐコーリンのほうを見やる。

 知っていたとしても、全部忘れてる。可能性があるのはコーリンだけだ。


「難しいけれど、不可能じゃないと思うわ」

「本当ですか?」

「方法は教えないけど」

「それは……やはり、魔術の深みに関わることだからでしょうか?」

「違うわ。必要ないからよ。あなたはそのままでいい。その角、私はけっこう可愛いと思うわ。うん。けっこういい感じ。目つきも悪いけど、それくらいのほうが舐められなくていいし」

「コーリン様、そんな褒められても、困ります……」


 意外といいこと言うじゃないか。

 ちょっとコーリンのこと見直した。

 こいつ気をつかえたのか。


「あなたはそれを呪いと考えているのかもしれないけど、その本質は祝福に近いと思うわ」

「祝福……そう考えたことはなかったです」

「何事も考え方次第ね。どのみち、その力は貴重なものだから大事にしたほうがいいわ。妬みも恐怖も受け入れなさい。他者より優れているものは、えてして孤独の道をいくものだもの」

「それはマトリ様のように、ということですか」


 デカい城に孤独に何世紀もこもる。流石に孤独の道をいきすぎだとは思う。


「まあそういうことね」

「なるほど……すこし気が楽になりました」

「そう」

「あの、ところでなんで祝福だと思ったのですか」

「そう見えたから」

「でも、これは先祖がドラゴンに傷を負わせた代償にかせられたものですし」

「”戦王のリクシュトラール”、あなたを祝福したドラゴンは戦いを司る竜。自分に傷を負わせた英雄に、ご褒美として祝福を与えたのよ」


 俺とルニはぽかんっとし、顔を見合わせ、コーリンへ同じタイミングで視線をもどす。


「「戦王?」」


 コーリンは俺とルニを交互に見て「知らないの?」とちょっと驚いた顔をする。


「七大竜よ。わからない?」

「わからないが?」

「あぁ七大竜はわかります。ただそれぞれの名前はちょっと……」


 ルニが知識不足を謝ると、コーリンは頭を押さえて、がっかりしたようにうなだれた。


「もうあんまりネームバリューがないのね……これだから最近の若いのは……まったく、もっと恐れ、敬いなさいよ……」


 なんかボソボソ言っとります。


「七大竜ってなんだ」


 ルニにたずねる。


「えっと、たぶん私よりはマトリ様のほうが詳しいかと。たしかジン・フラスクの伝説のなかに七大竜と戦ったとかいうものもあったような気がします。それこそ、1ヶ月前よりマトリ様の孤城に縄張りを形成している”終焉のミディーラ”はたしか七大竜だったかと」

「なんでミディーラの名前はすぐに出てくるわけ?」


 コーリンはギンッと目元に影をつくってルニを見やる。


「終焉のミディーラは有名ですからね」

「”審判のコーリング”も有名じゃない? 一番美しく、神々しいドラゴンって親に教わらなかったかしら?」

「教わらなかったです……ね」


 ルニの即レスに、コーリンが黙った。


「あっ、そういえばコーリン様と名前がいっしょですね」

「はぁ、私の親がその竜から名前をとったのよ」


 コーリンは投げやりに返答。

 なるほど、伝説上の竜の名前から名付けることもあるのか。


「まあいいわ。七大竜が地味に威厳を失ってることはわかったし。とりあえずは、戦い好きの”戦王のリクシュトラール”や、人間世界で有名になりたいから下品に嫌がらせして名前を売って承認欲求を満たすしょうもないドラゴン”終焉のミディーラ”、そして神々しく優しくて美しいことで有名な”審判のコーリング”などが、七大竜としてかつてはすごく人間に恐れられていたことだけ勉強してくれればいいわ。まあ、最低限神々しく優しくて美しいことで有名な”審判のコーリング”だけでも覚えていってくれれば構わないのだけれど」


 そう言って、コーリンは艶やかな銀髪をパサっとはらった。

 

「くあー! く、くあー!(訳:コーリングさん、自分の売り込み方が直球すぎて、その神々しく優しくて美しいことで有名な”審判のコーリング”本人だってことばれちゃいますよ! 直接言わないあたり隠す方向性はあるんでしょうが!)」


 なるほどな。

 コーリンは自分の名前のモチーフになったドラゴンが大好きなんだな。

 だから、”審判のコーリング”推しなんだ。完全に理解してしまったぜ。


「しかし、そうなるとルニのやつは本当に祝福なのかもな。強いドラゴンに認められたっていう証みたいな?」

「今ままではこの力と角を、私自信が疎んでいましたが……そう言われてみると悪いものでもないような気がしてきますね。マトリ様もコーリン様も私のことを避けないでくださいますし、いまは呪いのことも気にならないです」

 

 ルニはちょっと前向きになったようである。

 彼女とにとってこの森のなかは、存外悪い世界ではないのかもな。


 数日後。

 ツリーハウスを増築工事を進めるみんなを置いて、俺は再び、街へやってきていた。コーリンに小馬鹿にされたおつかいを完遂するためである。


 もちろん、そのままでは絶対トラブルになるのだが、あいにくと俺には認識阻害の外套がある。コーリンの想定では「そろそろあなたへの印象値がだいぶさがってるはず。街で静かに活動する分には問題ないかも」と言ってたので、一回チャレンジすることにしたのだ。


「今回は私もいるから大丈夫よ」

「別についてこなくても平気なんだけどな」


 というわけで、コーリン同伴で街にやってきた。

 門番たちに挨拶をして、フラスクニスの城壁の内側へ。

 街は思ったより変わりなく、市民らの営みは変わらずにあった。


「俺は森にブレスユウとルニを置いてきたことのほうが心配だけどな」

「ルニラスタもブレスユウもしっかりしているし、あの一帯はもうドラゴンの縄張りという意識が定着しているわ。手を出してこようなんてものはいないわ」

「ならいいんだけどな。……そうだ、買い物前に広場を見てくるか」


 数日前に大立ち回りをして暴れた城門前の広場にやってきた。

 広場にはいまだ焦げ跡が残っており、散らかった石像や、怪物と化したヴァルボッサの遺骸などもそのままになっていた。


 立ち入り禁止になっていて、道が封鎖されており、近づくことはできなかった。兵士たちが後処理をしているようだったので、じきに事件の痕跡もなくなっていくのだろう。

 

 俺は城門前広場をあとにし、おつかいリストの品々を買っていく。

 

「食器類のほかに、服とタオルを揃えないといけないわね。あとは刃物。ルニは剣の扱いが下手だし、力の制御もできてないからすぐに剣を壊してしまうから、いくつか揃えておいたほうがいいわ」

「剣って一回振ったら折れるものじゃないと思うんだけど」

「ドラゴンパワーだから仕方ないわよ」


 ドラゴンにまつわるものはなんでも強力ってわけか。


 この買い物が済めば、いろいろ生活用品はそろうはずだ。

 そうすれば快適な生活が待っている。

 住居はできあがり、美味しいものも食べられて、毎日お風呂にもはいれて、それなりにいい生活に思える。あとは魔術の勉強にとりくめる環境があればな。


「ん? 待てよ」


 ふたりでお店をまわっている最中、ふと閃いた。


「なあ、コーリン、俺たちは生活をよりよいものにするためにこうして買い物してるんだよな」

「ええそうね」

「俺は思ったんだ。城に帰ればよくね、ってな」


 だってそうだろう。

 城にはなんでもあるだろうが。

 俺は仮にも伝説的な魔術師であり、金持ち貴族だったんだろう。


 雨風をしのげる寝床に悩んだり、体を拭くタオルに困ったり、着替えがないことに不満を抱いたりすることなんてなかったはずだ。

 それどころか優雅な生活を送る環境も、魔術の勉強に集中する場所も、すべてが俺の城にはあったはずなんだ。


「ジンのプランではあなたは記憶を失っているから、城に帰るという選択肢はなかった。けど、プラン変更して開き直ったいまなら帰ってもいいかもしれないわね」

「そうだろう? なんであんな立派な自分の城があるのに、サバイバルしてんだよ。訳わからねえって」

「でも、帰るのは不可能だと思うわ」

「ミディーラ、か。たしかにあんな危険なドラゴンがいるんじゃとてもじゃないが近づけないよなぁ……七大竜だっけ? なんかすごいドラゴンみたいだし」

「別にすごくはないわよ。ただ、名前が知れ渡っているだけ。それだけ」


 コーリンがちょっとイラッとしてる気がする。なんでだよ。


「というより、ミディーラは直接の問題じゃないわ。最悪、あれは倒せばいい。ぎったんぎったんの、けちょんけちょんにすれば、どっかいくと思うわ」


 無理っぽいけどなぁ、あれめっちゃ強そうだったぞ?


「何よりの問題は、あの孤城には魔術が施されていて、たどり着くことができないということよ」

「魔術でたどり着けない……結界みたいなものか?」

「そういうこと。あの城に近づくことさえできないわ。城に続く1本道を歩いても、永遠にたどり着けない。周囲の森も同様ね。外部から普通の手段で近づくことは不可能なのよ」

「ふーん。でも、俺なら大丈夫だろう? だって俺の城なんだし」

「いまのあなたには無理だと思うけど」

「え?」

「それじゃあ聞くけど、覚えているのかしら。結界を一時的に無効にするための魔術式うんぬんを」

「……魔術式ってなんだ?」

「……。そういうことよ。いまのあなたじゃ城にはたどり着けない。城があなたを主人だと認めてくれない。体感で操作してるフラスコの魔術とはわけがちがいのよ」

「何事も試してみないとわからないじゃないか。案外、するっと抜けられるかもしれないぞ」


 そんなわけで、俺とコーリンは街で買い物を済ませ、荷物を暗い森のツリーハウスに運びいれ、ルニとブレスユウを連れて、城へ向かってみることにした。


「城から逃げてくる時はなにもおかしなことは起きなかったけどな」

「城から出ていくときは誰でも出られる。問題は入る時よ」

「なんだかわくわくします。伝説の魔術師ジン・フラスクの孤城にいくなんて」

「くあー!(訳:ご主人のお城たのしみだなぁ〜!)」


 みんなで歩きはじめ、4時間ほどで雲行きが怪しくなりはじめた。


「なんかさっきから同じ場所を繰りかえし歩いているような……マトリ様、これは大丈夫なのでしょうか?」

「く、くあ〜!(訳:あの石、さっきもみました! 絶対見ました!)」


 日が傾き始めたあたりで、俺はルニとブレスユウに真実を打ち明けて、謝罪をした。


「すまない、実はこれは実験だったんだ」

「実験、ですか。それはいいのですが、一体どういう……」

「実はだな、俺は、記憶を失ってて、自分の家に帰れなくなったみたいなんだ」

「えぇ……」

「くあ〜(訳:ご主人、まだ若いのにボケが……!)」


 結局、”ジン・フラスクの孤城”に帰ることはできなかった。

 俺たちは暗い森でサバイバルするほかないようだ。

 

「コーリン、魔術を教えてくれ」


 帰宅失敗した翌日から、俺は魔術についての勉強をはじめた。

 

「マトリ様ほどの魔術師でも、コーリン様に教えをこうのですか?」

「実は記憶を失ってて、魔術のことなんにも覚えてないんだ。これを機に学びなおそうと思ってな」

「それはまた大変なことですね……私もおそばで聴講よろしいでしょうか?」

「いいんじゃないか。なあ、コーリン」

「教えたところで実施できるものでもないけれど、まあいいわ。しかし、あなたに魔術を教えるってすっごく変な感じがするわね、マトリ」

「そうなのか」

「ええ。私はあなたに魔術を教わったんだもの」

「そうだったの、か」


 その日からコーリンの魔術講座がはじまった。

 ルニとブレスユウと3名で横並びになって、机を挟んで向かい側のコーリンに向きあう。


「魔術の基本は己の魂の属性を、魔力をもちいて現界に解き放つこと。マトリの属性は”孤独”。あなたは”孤独の属性”からあなたの代名詞である”フラスコの魔術”をつくりだした」

「孤独とフラスコになんの関係がある」

「”孤独の属性”の本質は、世界と個を切り離すこと、全体から一を弾きだすことにあるわ。”フラスコの魔術”はこの孤独のもっとも本質的な部分をつかって『事象をフラスコに閉じ込め、世界から切り離す』ことにあるわ」


 フラスコのガラスが、その内側と外側の世界を隔てているのか。

 これが”孤独の属性”からつくりだされた俺の魔術。

 なんか……俺らしいな。


「この授業を受ければ、ルニもフラスコの魔術を使えるようになるのか?」

「それはなんとも言えないわね。魂の属性が異なる場合、同じ属性の魔術をあつかうのはほとんど不可能になる。逆に魂の属性が近しい場合は、同系統の魔術を支える。ルニラスタがフラスコの魔術を使う場合、”孤独の属性”を持っている必要があるわ。あるいは代用できる属性を」

「持ってなかったら、ダメなのか。それじゃあ他人が開発した魔術をつかうのってハードル高いんだな」

「そうなるわね。だから、魔術は一族のあいだだけで継承される。それは魔術師として外部に秘技を漏らさないためという目的もあるけど、他人に教えても使うことができない、あるいは適性のある人材を確保することが難しいからという理由もあるわ。一族のなかからならば、魂の属性が似た者が生まれる可能性は高いからね」


 貴族が魔術を一族秘伝にするのは、わりと合理的な理由だったわけか。


「マトリは魔術の知識はないけど、慣れ親しんだ魔術が身体に染みついていて、無意識的にそのチカラを行使できている状態だと思うわ。魔術を体系的に学び直して、構築しなおせば、使い古したものだけじゃなくて、新しいものも発明できると思う」

「なるほど。それじゃあ、さっそく学びをはじめるか。まずは基礎から」


 いずれはフラスコの魔術ではない、新しい魔術をつくりだして、ジン・フラスクの遺産にふんぞりかえるだけでなく、マトリとして一旗あげてやろう。


 ふふふ、ちょっとずつ楽しくなってきたじゃあないか。

 ここから俺の、立派な学者になる、という夢がはじまるんだ。


 1ヶ月後。


 俺はブレスユウの魔術練習を監督していた。

 ふたりが練習してる横で俺は石をノート代わりに、魔術式を刻む。

 自分が無意識でやっていることを、学びなおす作業だ。

 なお、コーリンは今日もご飯のためにつかうハーブを採集しに森の奥地にでかけているところだ。

 

「マトリ様、見てください」


 ルニの声に視線を向ければ、ブレスユウが遠くの岩を見つめていた。かぱっと口を開くと、牙だらけの口から火の玉が飛びだし、石に着弾、爆発炎上した。

 

「ブレスユウがついに魔力放射を修得したみたいです」

「すごいな。天才じゃないか」


 コーリンいわく、魔力放射はすべての魔術師が会得できるものだという。

 つまるところ魂の属性に頼らず、体内の魔力をぶっ放してるだけなのだが、そもそも魔力の塊を非効率にぶっ放しているので、人間の魔術師にはとても扱えず、廃れた技術なんだという。

 

 ドラゴンという生物は、最強 of 最強なので、魔力量がとんでもないことになっており、人間には使えない魔術でも、使うことができるんだとか。


 ちなみに、コーリンいわくドラゴンブレスは魔力放射の一種とのこと。

 魂の属性が乗っている場合がおおく、より高度に操作されることで、さまざまな形状で放てるんだとか。ちょうど俺がステッキを用いてコントロールしているように。


 ブレスユウはこれまでくしゃみと一緒に炎が飛び出してしまう未熟なところがあったが、コーリンに指導を受けた結果、自分で火の玉を放てるようになったというわけだ。


「えらいぞ〜ブレスユウ。お前は天才ドラゴンだ」

「ブレスユウはすごいですね」

「くあ〜♪」


 俺とルニは尻尾をふりみだすブレスユウを猫可愛がりして褒めまくった。

 うちは褒めて伸ばすタイプなので、無限になでまくる。

 

「もっと練習すればくしゃみブレスも制御できるようになるかもしれないな」

「くあー!」

「ブレスユウはやる気に満ち溢れているようです」


 俺たちの修練は日々、順調でブレスユウはすこしずつドラゴンブレスの使い方がうまくなっていった。

 

 他方、俺はまたいくつかのフラスコの魔術の応用技を修めた。

 しかし、大きな成長はできていない気がする。


 なにより今は教科書を読んで、事実を確認している段階。

 まだ学問をしていない。探究の段階にはいっていない。


「やっぱり、城に帰りたいな。あそこにはジン・フラスクの最後にして最新の研究までそろっているはずなんだ」


 コーリンも言っていたが、彼女はあくまでジン・フラスクの弟子であり、また属性が同じだったわけでもないため、彼の魔術のすべてを知っているわけではない。魔術に関しては遥かにジン・フラスクのほうが優れていたという。


 その晩、1ヶ月間ずっと思っていたことをコーリンに打ち明けた。


「魔術基礎の勉強が終わったわけじゃないが、この先に進むにあたっては、やはりあの城に帰ることが何よりも近道で、重要なことだと思うんだ。教科書もなにもない状態じゃ、理解できるものも理解できない。答えが城にあるのなら、そこにいくのがなによりも効率がいい」

「でも、戻る手段はないわ」

「なにか方法はないのか。あの城に外側から歩いてたどり着けたのは俺しかいなかったのか」

「結界を突破できたのはあなただけよ。私はいつだってあなたと一緒に出入りしていたしね。城を守っている結界は、フラスコの魔術の応用だと聞いているわ。あれを攻略できるのはフラスコの魔術を使えるものだけよ」


 コーリンはそこまで言って、ふと顎に手をそえる。

 考え事をするように。


「どうしたんだ」

「……。今思い出したのだけれど、あなたには弟子がいたわ」

「え?」

「あなたが認めた天才魔術師たち。そして、あなたの技を継承できる素質をもった者たち。私も会ったことはないわ。あなたからちょろっと話を聞いただけ」

「そいつらならフラスコの魔術を使える?」

「おそらくは。だから、あなたは弟子にしたのでしょうし。話では弟子のひとりは都のほうにいって地位を築いてるとか……たしかそんな話だった気がするわ」


 コーリンは遥かな記憶を探るように、記憶違いじゃないか確認するように、ゆっくりと話してくれた。

 

「俺の弟子、か。少なくとも俺よりはフラスコの魔術を体系的に理解してるんだろうな」

「おそらくはね。彼女をたずねてみるのは悪くないアイディアかもしれないわね。でも、ひとつ懸念があるわ」

「懸念って?」

「あなた、どうやら弟子とはうまくいかなかったらしいわよ。壮絶に喧嘩別れして、ほとんど追放するような形で破門にしたんだとか……うん、たしかそんな話だった気がする」

「え、ぇぇ……いや、でも、いま頼れるのはその弟子だけだしな……」


 喧嘩したとはいえ、秘術を教え、教えられる間だったのだろう。確かな信頼がそこにはあったはずだ。久しぶりに会えば、なんだかんだ仲良くできるんじゃないか? 時間は怒りも憎しみも薄れさせてくれると思うし。


 不穏な感じはしたが、それでも俺は弟子に会いにいくことを決意した。

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