新しい世界2


「ルチフェル……よく解ったよ……これから僕が何をすべきかが…!!」

 

 ネロはそう言うと堕天の燈火の入ったランタンを拾い上げた。

 

「堕天の燈火よ。世界と神を滅ぼすために僕に従え」

 

 ネロはそう言うとランタンを地面に叩きつけた。銀細工の枠組みがひしゃげ、硝子が粉々に砕け散ると闇よりも暗い漆黒の炎がネロを中心に渦巻いた。

 

 ネロはその炎の中にしゃがみ込むと誰にも理解できない言葉で燈火に命令した。燈火は二対の真っ黒な翼になってネロの背に覆いかぶさった。

 

 ネロは自分を支えていたベルの頭を撫でて言った。

 

「ありがとうベル。ずっと僕と一緒にいてくれ」

 

 頷くベルにネロは手をかざした。するとベルの汚れた服は、背中の空いた美しい緋色のドレスに変わった。ベルは驚いてネロを見た。

 

「ルチフェルの記憶にあったんだ。ベルに似合うと思って。嫌だった?」

 

 ベルは激しく首を横に振って顔を赤らめた。

 

 ネロはハンニバルの方に向かって歩こうとした。しかし折れた足のせいで体勢を崩した。ネロは折れた足を見つめて治れとつぶやいた。すると足はすぐさま元通りになった。

 

「ハンニバル。これから僕は神と戦うことになる。これからも僕を守ってくれる?」

 

 ネロはハンニバルに話しかけた。ハンニバルは頷いた。

 

「俺の命はお前のものだ」

 

 ネロは頷くとハンニバルの失った肩に触れた。

 

「ハンニバル。あなたはこれから竜の右腕と呼ばれる。勝利の上に勝利を重ねる最強の騎士になる」

 

 ネロがそう言い終わるやいなや、ハンニバルの肩から先が銀色の竜の腕になった。竜の手の甲にも、ネロの手についたものと同じ刻印があった。出血は止まり、ハンニバルの顔に生気が戻った。

 

 ハンニバルは立ち上がって新しい自分の腕をまじまじと見つめた。

 

「まるで自分の手のように自然だ。いや。自分の手以上だ!」

 

「鎧もその手の色に合わせないとね」

 

 ネロが鎧に触れるとボロボロだった漆黒の鎧が、まっさらな輝く白金の鎧へと変貌した。

 

 ネロはスーに微笑むと次はツァガーンのもとに駆けていった。

 

「ツァガーン。ツァガーン。起きて。黄泉の国から戻っておいで」

 

 その声にツァガーンの目がカッと見開かれた。


「ツァガーン!!」


 スーが悲鳴にも似た叫び声をあげた。


 ツァガーンはぶるりと身震いすると高らかに嘶きを上げて起き上がった。

 

 ツァガーンはモレクの血で蒼く染まっていた。それは黄泉の色だった。ツァガーンが一歩踏み出すとそこは瞬く間に凍りついて命あるものは全て息絶えた。

 

「ああ!! アタシのツァガーン!! 愛しい子!!」

 

 スーはツァガーンを抱きしめた。ツァガーンもスーに額を擦り付けて再開を喜んだ。

 

 スーはハッと気がついてルチフェルを見た。

 

「アタシの司る死っていうのは、ツァガーンのことかい?」

 

「そのとおりです。ツァガーンはこれからハデスと呼ばれ、人々から恐れられるでしょう」

 

 ルチフェルは微笑みを崩さずに言った。

 

「青色になっても、ハデスと呼ばれても、ツァガーンはツァガーンだよ。アタシの愛しい子」

 

 しばらくして、ネロ達は祭壇を降りた。するとそこには全身真っ黒に染まったパウの姿があった。

 

 パウはネロ達を見てにっこり笑うと血の涙を流して言った。

 

「ワタシ、邪悪な霊と交信しまシタ。邪悪な霊ワタシに呪い授けまシタ、呪いと一緒にワタシの家族、連れてきまシタ!!」

 

 パウの周りには死んだ家族と思しき霊魂がふわふわと漂っていた。

 

「ネロ! ワタシ一緒に戦いマス」

 

 ネロはパウに言った。

 

「世界を支配して、神との戦いに勝ったら、必ずパウの家族を生き返らせてあげる」

 

 パウはそれを聞くと涙を流して声を震わせながらタンバリンを打ち叩いて雄叫びを上げ踊った。

 

 神殺しの皇帝ネロ

 神殺しの皇帝ネロ

 

 偉大な皇帝が生まれた

 偉大な皇帝が生まれた

 

 心優しき神殺しは

 ワタシの家族を生き返らせる

 

 心優しき神殺しは

 ワタシの家族を生き返らせる

 

 それを聞いてルチフェルはネロに言った。

 

「あなたはこれからネロ・カエサルと名乗ってください」

 

「ネロ・カエサル。皇帝ネロだな! 良いじゃねぇか!」

 

 カインがネロの肩を叩いて言った。背中には黒い炎の翼がついていたからだ。

 

「ネロ・カエサル。それが僕の新しい名だ」

 

 ネロは神殿の出口に立って魔法のベールを見上げた。


「たしかに堕天の燈火だけでは、この結界は破れなかっただろう…」


 ネロは両手の指に堕天の燈火の黒い炎を纏った。


「でも今は燈火の力だけじゃない…」


 そして神殿にかけられた封印の魔法に指をかけると、両手でかき分けるように、封印のベールを左右に引き裂いた。

 

 ネロは深呼吸すると一歩神殿の外に足を踏み出した。もう後戻りはできない。今から進む道は神殺しに続く道だ。己が神になることでしか赦されない道だ。

 

 一行はこうして神殿をあとにした。

 

 神殿の外には先程までの世界とは異なる新しい世界が広がっていた。ネロがこれから統べようとする、新しい世界が。

 

『 

 ここに知恵がある……

 思慮のある者はその獣の数字を数えなさい……

 その数字はからである……

 その数字は六百六十六である……


 ヨハネの黙示録十三章十八説より   』




「さあ…虐殺という名の正義を始めよう」




 堕天の燈火 第一章 【人間の書】 完

 

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堕天の燈火 第一巻「人間の書」 深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化! @mumusha

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