新しい世界1
「契約?」
「はい。契約です。わたしと契約すれば私の持つ全ての知識とアストラルを自在に扱うことが出来るようになります」
「ネロ……待て……そんな旨い話があるはずがない……代償があるはずだ……」
瀕死のハンニバルが最後の力を振り絞って、ネロとルチフェルの間に割って入った。
「もちろん説明します。契約内容はこうです。私の持つ全て、すなわち私の肉体、知識とアストラル、エーテルに至るまで文字通り全てを、ネロは一生涯自由に使うことが出来ます。ちなみに私は全ての天使の中で最上位の存在です。私と契約すればあらゆることが可能になります」
そこまで話すと、ルチフェルの顔から微笑が消えて、急に暗く冷たい顔になった。
「代償はただひとつ。未来永劫、神に対して反逆し続けることを誓って頂きます」
「馬鹿げてる! ネロ! こんな契約真に受けるな!」
カインが叫ぶのを制してネロは尋ねた。
「神に反逆するとどうなるの?」
「簡単に言えば、現存する天界、すなわち天国に行くことが出来ません」
「そんな話じゃねぇ! 言ってみれば死後の魂を地獄に送る契約だぞ!? ネロ! 考え直せ!」
「そのようなことにはなりません。私の目的は残酷で無慈悲な神を倒し、ネロが新たな世界の神になることです。そうなれば死後の行き先など些末な問題です」
ネロは黙ったまま逡巡していた。契約すればルチフェルの全てと堕天の燈火が手中に収まる。代償は死後の魂。しかしその問題も神を倒せば解決する。
ルチフェルは悩むネロの顔色を観察しながら、ゆっくりと、最後の言葉を投げかけた。
「私と契約すれば仲間の命を救うことができます。神を倒せば失った命を取り戻すことも」
ネロはそれを聞くとゆっくりと顔を上げた。
「カイン。僕はカインの仲間にも会ってみたかったんだ。スーの一族にも会ってみたい」
ネロはカインとスーを真っ直ぐ見つめた。ネロの目には涙が溢れていた。
「家族を焼き殺されたパウの気持ちを考えると胸が千切れそうに痛むんだ。ハンニバルの過去を聞いた時も、もう一度、ハンニバルが家族と会えればと心から願った」
ネロはハンニバルに視線を移した。
「ネロ……俺は……もう一度息子に会えたんだ……お前を通して。だから思い残すことはない。お前を守って死ねるなら……」
「ハンニバル! 僕はハンニバルにまだまだ生きて欲しいんだ! ヴァイオリンも……教えて……もらわなきゃ……いけないし……」
ネロはもう涙を留めておくことが出来なかった。それでも嗚咽混じりに息を詰まらせながら叫んだ。
ベルはそんなネロを見つめて大粒の涙を流していた。ベルはネロにしがみついた。
「やろうよ……! きっと出来るよ…!! わたし、ずっとネロの側にいる…!! 何が出来るかわからないけど…それでもずっと側でネロのことを支えるから!!」
ネロは頷いてルチフェルの前に立った。カインももうネロを止めることはしなかった。
「僕と契約してくれルチフェル!!」
ルチフェルは微笑み、そして頷く。美しい微笑。残酷で知恵に満ち、邪悪な微笑。
ルチフェルは美しい声で歌い始めた。
私を縛る鎖はあなた
黒鉄の鎖はもう私を縛らない
十二の星を堕落させても
白い月を紅く染めても
輝く太陽を暗くしても
私とあなたは離れない
ついに永遠の闇が訪れて
奈落の底に閉ざされても
私とあなたは離れない
私はあなたの影
あなたは私の光
いつのまにかルチフェルを縛っていた太い鎖は消え失せて、ルチフェルはネロの手を取って立っていた。ルチフェルはネロの右手の甲を愛おしそうに眺め、なおも歌った。
境界線を曖昧にして
常世の万法を歪めてしまおう
古の契約を逆手に取って
神の秩序を空文にしよう
生と死を深い海に沈めて
両者の隔たりを取り除こう
契約しよう
契約しよう
さあ魂を投げ打って
契約しよう
契約しよう
消えぬ刻印を手に打って
ルチフェルはそう歌うとネロの右の手の甲に三本の指で爪痕を刻んだ。傷から血が流れ、ネロは痛みに顔を歪めた。
ルチフェルは跪くと自分の額にも三本の指で爪痕を刻んだ。血は頬を伝って顎に達すると、そこから滴って地面に落ちた。
「これで契約は完了しました。私の全ては一生の間あなたのものです。ネロ」
その瞬間ネロは手の傷が焼けるような感覚に襲われた。傷はネロの手に焼き付いて消えない刻印となった。
すぐさま膨大なルチフェルの記憶と知識が、傷痕を通じてネロの頭に流れ込んできた。
その情報の奔流に飲まれてネロは頭を抱えてうずくまる。
「ネロ!!」
ベルが慌ててネロを支えた。ネロは痛みに叫び声を上げながらのたうち回った。
「おい! どうなってやがる!!」
カインがルチフェルに掴みかかった。
「心配ありません。時期に収まります。今ネロは私の持つ全ての知識、経験、記憶、アストラルを継承しているところです」
「こんなに苦しんでる! 死んじまったらどうする気だい!?」
スーがツァガーンを抱きかかえたまま叫んだ。
「だい…じょうぶ……」
そこには左手で頭を押さえながら立ち上がるネロの姿があった。ベルはすぐさまそれを横から支えた。
「世界は……人間は……こんなにも汚れているのか……」
「はい。これこそ神が人間を野放しにした結果です」
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