白亜紀の化石・ユリノキ 🦖
上月くるを
白亜紀の化石・ユリノキ 🦖
何年ぶりかでふり仰いだユリノキの花は、やっぱり極端な恥ずかしがりやでした。
かりにも花ならば、人に見てもらってナンボのはずですが、そんな気はさらさら。
丈高く伸びた幹、鬱蒼と繁茂する枝や葉のすき間に咲く花は、目立たない黄緑色、しかもどれも空を向いているので、少し伸びあがったくらいでは影すら見えません。
あのとき「生きている白亜紀の化石と言われているの。東京国立博物館の公式キャラクターにもなっているのよ」と教えてくれた年輩女性の面影も茫洋としています。
🌳
思えば当時はずいぶんといろいろな集まりに参加していたものです。音楽・文学・歴史とジャンルを問わなかったのは、何でもいいから夢中になれるものが欲しくて。
一刻一刻が地獄の呼吸困難を呼びこまずに済むならどんなことでもするつもりで。
お名前も存じない地元のミュージシャンのライブに行ったのもそのひとつでした。
郊外の公民館で披露されたオリジナル曲のひとつに、同館の敷地内に立つユリノキ讃歌があり、ちょうど花の盛りと聞き、終演後、さっそくその木を見に行きました。
その一本で森をつくっているような幻想的な大木をぼんやりと見上げているとき、ふいにうしろから声をかけられました「ユリノキに関心がおありになるのかしら」。
ヨウコさんと同じく帽子に薄いサングラスの見知らぬ小柄な年配女性でしたので、ご無礼ながら話し好きの老婦人という印象でしたが、これが大変な博識の方で……。
🧚♀️
失礼ですが、白亜紀ってご存知? いまから1億4550万年前から6550万年前までの8000万年の期間でね、たくさんの種類の恐竜が生存していた最後の時代なのよ。
恐竜にご興味は? あんまり? そうよね、子どもたちのほうが詳しいわよね~。
たとえば、そうね、こんな恐竜たちがいたのよ、ユリノキが繁茂していた時代に。
🦖🦕
二足歩行の
頭骨がトサカになり、空洞に反響させて大声を出していたパラサウロロフス
史上最大の肉食恐竜で背中に帆があるスピノサウルス
未発達な角がかえってかわいらしいプロトケラトプス
草食系で三本の長い角を持つトリケラトプス
後肢にシックルクロ―(鎌爪)をもつ肉食のパキケファロサウルス
白亜紀の終わりのころに出て来た一番人気のティラノサウルス
🦕🦖
ねえ、夢があるでしょう、この樹木のそばに彼ら彼女らが棲息していたなんて。
でも、直系十キロの巨大隕石の衝突が招いた氷河期で、大方の恐竜は絶滅する。
激変を生き残ったユリノキは、現在も建築、家具調度などに利用されているの。
花言葉は「みごとな美しさ」「幸福」「田園の幸福」「早く私を幸福にして」。
……簡単にご説明すれば、そういう感じかな。どう、ワタクシのこと、いくらかは分かってくださった? そう、だとうれしいわ、これをご縁にまた会いに来てね~。
🧚♀️
さいごにふしぎな言葉を残して、老婦人のすがたはふっとかき消えていたのです。
ユリノキが遣わしてくれた老妖精(笑)のおかげでパニック症状は改善しました。
それきり忘れていたのに、ふとまた思い出したのは、事務局をつとめているメール句会の先輩俳人からの投句に「白亜紀」「ユリノキ」のワードを見つけたからです。
ユリノキに再会したヨウコさんは、気の遠くなるような長い歴史の末にちょこんと止まらせてもらっている稀有な幸運を思い、森羅万象への感謝を新たにしたもよう。
白亜紀の化石・ユリノキ 🦖 上月くるを @kurutan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます