私の気なんて知らない癖に。

リア

本編



 ぽつり、ぽつりと降り注ぐ雨を見ていると、私は時々あの日のことを思い出す。街ゆく人々が織りなす雑踏、電子広告版から聞こえる流行りの音楽。何もかもいつも通りで、何の変哲もない光景が広がっていたその日。


 駅のホームから、水に濡れた都会の街を見た。光が厚い雲に遮られているものだから、当然のように外は暗い。まるで、私の気持ちを表しているかのようだ。


「ねぇねぇ〜流衣るいちゃん、待った?」


 ざわめき声に混じっているものの、はっきりと鈴を転がすような声が耳を掠める。渋々外の景色から目を離し、ゆっくりと振り返ると……そこには背の小さい随分と可愛らしい女の子が立っていた。


「……ああ、莉絵りえ。あんまり待ってないよ」


「えへへ〜そっかぁ。それなら安心した」


 安心したように笑う莉絵。彼女の周辺だけは、まるで花が咲いているかのように明るい空気が広がっている。相変わらず、外は真っ暗なのに。

 

「とりあえずまあ行こっか……そろそろ電車も来るっぽいし」


「ナイスタイミングだね〜、丁度ぴったりにこれて良かった」


 ゆっくりと近付いてくる電車の軽快なリズム、そしてそれをかき消そうとするように流れる接近メロディー。そこに『まもなく、列車が参ります』だなんて駅員さんの声が聞こえるものだから、駅のホーム内は音でごった返していた。


「今日も流衣のお家に行くんだよね? だから、この電車に乗ったあと……」


「いつもの駅で乗り換え、流石に覚えてるでしょ?」


 駅メロが流れ、ホームドアが開く。電車から数人が降り、そして私達を含めた数人が電車に乗り込んだ。


 電車は案外空いていて、私達は一番端っことその隣の席に座ることができた。当然のように莉絵は一番端っこの席に、そして私はその横。


「……莉絵、私にべたべたくっつかないでくれる?」


「あ、ごめんごめん。ちょっと寒かったから……許して?」


 そう言って体を少しだけ話す莉絵。彼女に似つかない、ほんの少しだけ悲しそうな表情が浮かんだ。


「いや、やっぱり離れなくていいや。どうせ私もちょっと寒かったところだし」


「いいの!? ありがとう」


 そう言って私に抱きついて来ると、急に表情が明るくなった。心なしか肩に当たっている手の熱さえもが伝わってくる。


「……過度にくっついていいって言っている訳ではないけどね」


「えへへ、ごめんごめん〜。いいよ〜って言われて嬉しかったの」


「ああ、そう」


 口にしている言葉とは裏腹に、莉絵の腕はどんどん私の体に絡みついて来る。次第に彼女の表情は悪戯っぽいものに変わっていって……


「なんか見る人が見ると、私達ってデートしてるみたいだね〜。私が彼女で、流衣ちゃんが彼氏?」


「そう見えるなら、そうなのかもね」


 ガタンゴトンと、規則的な音を立てて電車は先へと進んでいく。それはいつもと何ら変わりのないもので……私が内に抱える大きな感情に気が付いていないかのように、知らない顔をして調子のいい音を繰り返していた……。


「ということで独立記念に〜カンパーイっ!!」


「……乾杯」


 午後10時、一人暮らしの狭い部屋。狭い机を二人で囲み安酒を口に含んだ。


「はぁーっあ、元カレはほーんっと最悪だったわぁ。デートには普通に遅刻してくるしなんならドタキャンもするし。お金にはだらしないわ……なんであんなのと付き合ってたんだろう」


 そう、今日は莉絵が最低な元カレ・・・・・・と別れた記念日、もとい慰めお泊り会。一通りの愚痴を一息で吐き捨てた後、莉絵は一気にお酒を流し込んだ。お酒が弱いせいなのか、すぐに顔が真っ赤になっている。


「何はともあれ、おつかれさん。最後に吐き捨てられた言葉は一体何だったの?」


「別れよ、の一言。しかもさぁ……LINEでだよ!? 酷くないっ!?」


 缶を思いっきり机に叩きつける莉絵。鈍い音が部屋中に響き渡る。


「机壊れるからやめて」


「ごめんってぇ……あーあ、こんなことになるくらいだったらさぁ……流衣ちゃんと付き合っちゃおっかな〜。ねぇどーおールイルイ〜、私達付き合っちゃおうよ〜」


 真っ赤な顔をして私に抱きついてくる莉絵、そしてそれを冷めたような・・・目で見ている私。相変わらずお酒が回るのが早いなぁ、だなんて思いつつ絡められた手を素早く振り払う。


「はいはい、落ち着いて酔っぱらいさん。前もそんなこと言ってすぐに次の彼氏作ってたじゃない」


「それはそれ、これはこれなの。もう男なんてこりっごりっ!! 流衣ちゃんの方がカッコいいし優しいし。私は本気よ」


 また一口、お酒を口に流し込んだ後にこう続けた。


「流衣ちゃん!! 私と付き合ってよっ!! 一生のお願いだからさぁ」


「……今日はもう寝なさい、あなた疲れているでしょう? 相当お酒が早く回ってしまったようね」


 落ち着いて、慎重に、言葉を切り出した。彼女は男に振られるたびにこうやって私と一緒に飲んで、そして私に告白をする。


 そして、それがいっときの迷いであることを知っている私は毎回受け流すのだ。彼女が後悔しないように、彼女が私の本当の気持ちに気がつく前に。


「ほーんっと、釣れないなぁ。いいよ、今日はもう寝てやるもーんだ。明日は飲み明かすから、覚悟しておいてね流衣ちゃん」


「明日も泊まる気? 明日は宿代取るよ?」


 いつもの声……感情は外に出さない、冷たい声。莉絵がきっと聞き慣れているであろう声。


「……冗談冗談、ごめんね。今日はもうちゃんと寝るから。流衣ちゃんはどうする?」


「私はもう少し飲んでから寝るわ。もう布団はいつもの窓際に敷いてるから。ゆっくり休んで、おやすみなさい」


「おやすみ」


 ……莉絵の寝息だけが聞こえる深夜0時、締め切ったカーテン、風できしむアパートの屋根、薄暗い部屋。立ち上がって、音を建てずに歩く。そして、彼女が寝ている布団の近くに座った。


「私のなんて知らない癖に……莉絵、怒らないでね。これは私を無自覚に弄んでいるあなたへの罰よ」


 ゆっくりと、彼女に顔を近付ける。そして私は……そっと、唇を重ねた。

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私の気なんて知らない癖に。 リア @Lialice_

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